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文字数:1897字
壁や床は全面金色。建物の傘の役割を果たす金の屋根を支える柱すらも、金色。ともすれば設置されたいくつものテーブルと椅子も金色である。
金金金。四方八方から飛ばされる目が痛くなるほどの色の応酬に、今自分たちがどこに立っているのかすらも分からなくなりそうだ。
きっと莫大な財を使って造られたのだろうこの煌びやかな空間こそ、クラネの言っていた『アリマールいちの料理店』。
タイミングを図らなければ予約必至の高級料理店に入るや否や、アネラス、そしてアミルでさえも、その圧倒的異質さに萎縮していた。
「いらっしゃいませ。三名様でよろしいでしょうか?」
「ああ。予約はしていない」
呆然と突っ立つアミルたちのもとに、一人の黒い執事服を着た健老そうな男性が近寄ってきた。
白い手袋をし、胸下で九十度に折りたたんだ右腕にはこれまた白いナプキンが丁寧に垂れている。
金の次は黒と白か。見える色すべてが単色で濃ゆい。視力が落ちそうだ。
「左様でございますか。コースの方は、もうお決めになって……」
「『腕試しコース』を、三人分頼みたい」
この店には何度か来たことがあるのか、非常に落ち着いた様子で執事服の男性と言葉を交わしていくクラネ。
ひとまずは、彼女に任せておけば大丈夫そうではあるが……。
「かしこまりました。『腕試しコース』を三名様分ですね。では、こちらへ」
「行くぞ、二人とも」
執事との話を終えたのか、クラネがアミルとアネラスを手招きした。
慌てて付いて行くと、魔法が内蔵された小型の通信機を耳に当てた執事服の男性に案内されるまま、店内を歩く。
すべてが金に塗られたテーブルや椅子に着くのは、もれなく位の高そうな御仁ばかり。
入店している種族こそバラバラだが、到底一般市民が利用できるような雰囲気ではなく、食事もどこか閑静に行われている。
身に纏っている召し物も所謂"正装"と呼ばれる類のもので、鎧でカシャカシャと奏でているアネラスやクラネ、そして服装なんて生まれてから一度も気にしたことなどないアミルの簡素な身なりは、この空間内で遺憾無く浮いていた。
こんなところで食事をするのか、と半ば緊張気味だったアミルたちの前に、一つの扉が現れる。
「この奥で、料理長が皆様をお待ちしております。準備が出来次第、ご入室ください」
「え?」
これには流石のアミルも聞き返す。この奥で料理長が待っている? 自分たちはここに食事をしに来たはずだが。
当然アネラスも訳が分からないと顔に書いており、クラネだけがただ一人、扉を見つめている。
すると、
「……かつて【公国の三面相】と呼ばれた三つの顔を持つ男性が、突如として料理人という一つの顔に自らを押し込めてから早十年……。ギルドのエース、宮廷料理人、そして国を愛する一般市民……これらの顔から一つ、何故料理人の顔を選んだのか、私はずっと疑問だった」
「ク、クラネさん?」
いきなり独り言のように語りだしたクラネを、アネラスは異形なものを見る目で凝視する。
かくいうアミルも、彼女に向かって冷めた眼差しを送り始めていた。
「『腕試しコース』。これは、彼なりの私たちギルドに属する者への一種の試練なのかもしれない。『私を乗り越え、境地に達してみせろ』と……!」
「……」
もう既に、アネラスも口を挟むことはしなくなっていた。
ただただ、変わらず異形のものを見る目で彼女を見据える。
そこに感情の起伏はない。
一つ言えるのは、この扉の先には、常軌を逸した者がいるということだけ。
クラネの独り言の意味はよく分からないが、もう逃げることはできなさそうだった。
「以前一度挑んだ時は単独だった故、力の差を見せられた。……だが、私はもう、独りなどではない。剣の技術も磨きを掛けた」
例外なく染められた金の扉を力強い瞳で見つめていたクラネは、そっと瞼を伏せる。
……彼女の脳裏には一体どんな風景が映えているのだろう。それは、アミルたちの預かり知るところではない。
超高速で展開されるクラネの過去の一ページから取り残される形となった二人は、早く終わらないかなぁ、と口にこそせず心では盛大に思っていた。
両手を胸の前で組み、深呼吸。クラネの、女の子らしい華奢な肩が上下に揺れる。決意を祝福するかのように、鎧が僅かな金属音を奏でた。
「さぁ、行くぞ。私はきっとこの手で、彼の真意を問いただしてみせる……!」
ドアノブにクラネの細い腕が添えられる。
やっと終わった……とここまで特に何もしていないはずなのに疲労の嘆息が出たアミルとアネラスをよそに、固く閉ざされた金の扉はまるで三人を歓迎するように、音を立てて開かれた。
次話もよろしくお願いします
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