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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:4633字

 そこはまるで――いや、まるでというよりは、広大な"草原そのもの"だった。

 果てなく生い茂る緑と突き抜けるような蒼がどうしようもなく()()で、目を奪われそうになる。

 風は緩やかで頬を撫で付けるように吹き、雲一つない蒼穹は技術の進んだ現代に蔓延る様々な人工物をすべて否定してしまうような、どうでもよくしてしまうようなほどのものであった。

 しばしの間自分たちが何をするつもりだったのかをその遥か空の彼方に吹き飛ばしていたアミルたちだったが、何とか自力で意識を引き戻して互いに顔を見合わせる。


「ここは、一体……?」


 アネラスは背後に広がる澄み渡る青空とは真逆に、予想していたものと大きく食い違う現状に対して両眉を顰め怪訝な顔をしていた。

 そして『予想していたものと大きく食い違う現状』というアネラスの心境はクラネ、そしてアミルでさえも共有するに易かった。

 つまり、この場にいる誰もが、この見たこともない草原に転移することを予期していなかったのだ。


「まさか、敵の術中に嵌ったというのか」

「その可能性はあるね」


 若干呆け気味のアネラスとは若干異なり、クラネとアミルは現状を冷静に分析しようと周囲に目を配る。

 この空間で視認できる物体など言ってしまえば足元に広がった囁くように葉擦れが奏でる草むらだけだ。生き物のいの字すら見当たらず、遮蔽物だって欠片も存在しない。

 そしてそれはこの場を広大な草原たらしめる前に、異質な空間であることを証明するものでもあった。


『よう。考察中のところ悪ぃな』


 突如、何処からともなく青年の声が響いた。しかし、相も変わらず周囲には人の姿など見えない。


「ボードネスさん、上ですわ!」


 アネラスが首を上に向けて叫んだ。釣られて見上げると、自然な景観の中にひとつ、明らかに人工によって造られたような()()が視界に入る。

 こんなタイミングでアミルたちの前に現れるなぞ、それが()()であることはこのひらけた草原よりもはっきりとしていた。

 五(セルム)程度のサイズの楕円形の物体。人工的な光沢を放ち、何の装飾も施されていない白いその身体に薄紫の膜を張っている。よく見ればそれは、物体の周囲に舞う大量の細かな粒子からなるものであることがアミルには分かった。

 そしてその事実は、突如出現した謎の浮遊物体に対してアミルにある一つの答えを導き出させる。


(【思念魔法】……それも、独自の端子を遠隔操作するレベルか……)


 発動者の意思や様々な念、果ては意識をも対象に送り込む魔法、それが【思念魔法】だ。所謂"精神"と呼ばれる不安定な存在を扱うことから、習得の難易度はかなり高い。しかし習得できればその効力は絶大で、それこそ自らの意識を送り込めるレベルに達することができれば、対象を意のままに操ることだって可能である。

 千年前でもこの魔法の使い手は片手の指で数える程しかおらず、いずれも国家レベルで重宝されていた。

 今目の前に悠々と浮遊する白紫(はくし)の薄くぼてっとした物体――端子は、その【思念魔法】により意識を送り込まれ、さらに高位な魔力操作によって飛行を可能としている。

 しかし現状問題であるのは、端子から脳に送られてくる声が、()()()()()()()()()()()()だった。


「チッ……アネラス、準備をしておけ」


 クラネが頭上の端子を睨みつけ、腰に差した鞘に仕舞われている剣の柄を握り締める。

 と、端子の声が慌てたように響いた。


『おっと、血の気が多いのはいけねぇ。見ての通り俺はこんな姿だ、これでアンタらとやり合っても袋叩きにされるのがオチ。……ま、ボコボコにされるのは俺じゃなくて端子(コイツ)だけどな。だから、()()戦うつもりはねぇ』

「なら、何故ここに姿を現した」

『そりゃぁ、話をするためさ』


 端子越しに聞こえる青年の声は、クラネの切迫した威圧をものともしないように非常にあっけらかんとしていた。


「話……ですの?」

『そうだ。アンタら、()()()()()()を止めに来たんだろう?』


 誰にも話していないそれを、青年の声は平然として言った。アネラスが呆気にとられたように声を出す。

 情報をどこで仕入れたかは分からない。今回アミルたちが事件に介入することを知っているのは、鉄道に務めるエルム、そして都市クィルスに身を置く魔法師のレスティ、この二人だけのはずだ。

 どちらもクラネの顔見知りということになるが、彼女の反応からして青年とグルだった、なんてことはないだろう。

 証拠に、青年の発した単語にクラネは疑問を覚えたような声を発した。


「計画だと?」

『あぁ? 何だ、知らねぇのか……? ……いや、そうか。あくまでも攫ったエルフ族の奪還が目的か……』


 青年の訝しむような後半の言葉は空気に溶け込んでクラネの耳には届かない。


「何をブツブツと言っている。計画とはなんだ」

『……世の中、知らねぇほうがいいこともある』

「――――っ!」


 次の瞬間、クラネの目の前が紅の閃光に襲われ――()()した。硝煙がクラネの身を包み込む。

 何の予備動作も見られない瞬撃に、アネラスが悲鳴じみた声を上げた。


「ク、クラネさんっ!?」

「いきなり仕掛けてくるとは、いい度胸だな」


 突然の出来事に対して静かな声が煙の中から響く。次にはブン、と煙を払うように、いつの間にか鞘から抜いていたらしい剣をひと振りし無傷のクラネが姿を現した。

 振り下ろした剣が淡い水色に光る。どうやら【付与魔法】ウォル・ベールで水の膜を張ったようだ。それで先ほどの爆炎を防いだのだろう。


『へぇ。さすがは氷の魔剣士だなんて呼ばれるだけあるな。やっぱ剣に魔法をくっつけたのか?』

「……ふん、気に食わんな」


 まるで先ほどの爆発を使って試したかのような口ぶりをする青年に、クラネは顔と言葉に不満を顕にした。

【炎魔法】イル・エクスプロージョン。それが青年の起こした爆発の正体だ。初期魔法に分類される同じ【炎魔法】エクスプロージョンの上位互換。ただしエクスプロージョンよりも範囲と威力、そして突発性に長けるのが特徴だ。

 比較的魔力操作の難しい攻撃魔法を瞬時に扱えるだけでも基本的には魔法師として平均以上のレベルだとされる。理由として、魔法の効力が基本受け身なものばかりな防御や補助に寄った魔法は魔力の使い方も"安定させる"ことを重視したものがほとんどだが、攻撃に寄った魔法は魔力を体内で()()()()()()()()動かす必要があるからだ。

 加えて上位互換とされる魔法は互換前の魔法より何倍も難易度が高くなっている場合が多い。つまり青年は、魔法師として()それなりの手練であることがうかがえる。


『それにそっちの嬢ちゃんは初々しさが出てていいねぇ。んで、そっちのガキは…………っ』


 一瞬だけ、アミルに意識を移した青年の言葉が固まった。まるで何かを感じ受けたように、その無機質な端子でさえも強張り、纏う薄紫の粒子がざわめく。

 そんな時。


『No.2。少し遅いです。何をやっているんですか』


 突如、この場にいる誰のでもない声が落とされた。機械的な抑揚のない中に若く瑞々しさを残したその声は、紛れもなく"少女の声"。

 そんな少女の声に反応したのは、何かにとりつかれたように固まっていた青年だった。


『お、おう、フェル……No.3か。……いやぁな、コイツらが存外食えなくてな。ほら見ろよ、あの氷の魔剣士もいるんだぜ?』

『クラネ・アイセンスがいることは既に伝えていたはずですが』

『あ、あれ? そうだったか?』


 今まで漂っていた張り詰めた空気が僅かながら弛緩していくのが分った。青年は少女の声が聞こえてきたことに安堵しているのか、戸惑いつつも柔らかい声を上げている。

 そして、いつの間にか青年の端子の横には、同じような端子がもう一つ現れていた。


(あれが正体ってとこかな)


 アミルは無言のまま密かに確信を得ていた。それは、この空間を作り上げた正体についてだ。

 ここが【空間魔法】によって構築された場所であることを理解するのは使われた魔力を読み取ることで想像に難くなかった。ただ、ここを"作った存在"までは読み取ることができないでいたのである。まるでその情報だけフィルターが掛けられているかのように、靄がかかって読めなかったのだ。

 しかし現れたもう一つの宙飛ぶ端子。青年の端子の横に寄り添うように浮き、話し振りからして彼の仲間であることは間違いないだろう。

 聞こえてくる声は幼い少女のそれだが、その声の端々からでも、溢れんばかりの()()が感じ取れた。

 それこそ、アミルが少しばかり感嘆としてしまうくらいには。

 この澄み渡る草原世界を構築し、アミルが暴いた魔法の層を作り上げたのも。そして自身以外の意識を操るほどの驚異的な【思念魔法】の使い手も、おそらくはこの少女なのだろう。


『……ふぅ。まぁ、いいです』


 少女の機械的な声が短い溜息を漏らす。それと同時に、まるで空間自体がアミルたちに視線を向けてくるようだった。


『準備は整いました。あなたたちがどうやってこの場所を突き止めたのかは分かりませんが……多少の予想くらいはつきます。それよりも、()()が悪かったですね』


 言葉の最後、端子の奥で、少女が口端を釣り上げた気がした。本当に気がしただけで真実は分からない。ただ、次にはまるでそれを肯定するかのように、強くまばゆい光が迸った。


「――――っ!」


 切り裂くような白光にアミルたちは視界を覆う。直後、この世界に足を着ける何かの気配。

 やがて光が収まると、眼前には()()()()()()の姿があった。

 身長は恐らく二(メルム)超え。全身に生え渡る灰色の獣毛は逆立ち、筋肉によって膨らみに膨らんだ胸板が呼吸をするたびに震えている。

 両手に武器は持っていないが、その長く鋭い伸びた爪に一度刈られればただでは済まないだろうとうかがい知ることは容易であった。

 特徴的とも言える赤黒い二つの瞳は、まるで精神を悪魔にでも乗っ取られたかのように獰猛に光る。

 脚もその巨体を支えるためか、ありえないほどに発達しているようだ。


銀煌(シルバー・ラメリア)……ですの……?」


 アネラスが驚愕とともに言葉を零す。大方、彼女の予想は正しいだろうとアミルにも思えた。

 眼前に現れた大柄の狼男(ウェアウルフ)は、傭兵団『銀煌(シルバー・ラメリア)』の一員……いや、その幹部クラスか、あるいは首領である可能性も非常に考慮できる。

 前方より流れ来る、足が竦むほどの夥しい殺気を前に、隣で戦闘体制を整えていたクラネもさすがに萎縮しているのかやけに大人しくなっているようだった。


『ちょうど()も仕事が無くなってきた頃です。この辺りで最後の仕事をしてもらいましょう』

『おまっ……最初からこうするつもりだったろ』

『ええ。貴方に任せ切るのは危なっかしいですから』

『容赦ねぇ……』


 呼び出した殺意とは対照的な会話が少女と青年の間で広げられる。

 そして、


『では、()()()もらいますよ』


 少女のその言葉を最後に、再び固まっているらしい青年の端子を連れ去るようにして二つの気配がこの空間から消失した。

次話もよろしくお願いします。


TwitterID:@K_Amayanagi

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