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文字数:5012字
巨大な鉄道国家、ランゼルグ大公国。国内に存在する都市の数は五つだが、その他小さな町や村を含めれば人の住む場所は二桁にのぼる。
五つの都市のうちの一つクィルスは、人口約二千人の中規模都市だ。特にこれといった特色があるわけでもないが、それが逆にランゼルグの中では住みやすい都市として認知されている。
ランゼルグに住む種族は主に人間族エルフ族獣人族だが、ここクィルスではエルフ族がその大半を占めている。理由として、穏やかな雰囲気の都市は総じて平穏を望むエルフ族に人気があるからだ。
「着いたぞ、ここだ」
クラネに案内された、そんなクィルスの住宅街の一角。ほかの大きな建物の影に隠れるようにしてアミルたちの目の前に現れたその建物は、壁一面に植物が生い茂り、ところどころ屋根の一部が欠けていたりと、まさに廃屋と呼ぶにふさわしい様相だ。
こんなところに人が住んでいるとは到底思えないのだが、それでもクラネは迷わず足を踏み出した。
今にも朽ち果てそうな木製の扉を引き中に入ると、暗がりの大広間が眼前に広がった。
人の気配はなく、そもそも人が住んでいそうな雰囲気もあらず、家具などひとつも見当たらない。
埃もかなり舞っていて空気も悪い。本当にこんな場所にクラネの師匠がいるのだろうか……。
「レスティ師匠、お久しぶりです」
クラネが何もない空間に呼びかけた。
すると、
「――あら、クラネじゃない。本当に久しぶりね」
何もない空間から突然声がした。次いで、その空間がぐにゃりと歪む。そしてぐにゃりと歪んだ空間をすり抜けてくるように、紫のローブを羽織った色気たっぷりな金髪の女性が姿を現した。
空中に現れる形となった金髪の女性は、重力を感じさせないようなゆっくりとした動作で地に足を着ける。
(なるほど、空間魔法で姿を消していたのか)
たぶん、かなりレベルの高い魔法師だ、とアミルは彼女――レスティを評価した。
身体を巡る魔力は恐らくクラネの十倍。そして、いままで姿を消していた【空間魔法】を見るに、魔力の使い手としても相当な実力を持っていると推測できる。
それだけじゃなく、着ている紫のローブにも何かしらの細工が施されていると思えた。しかしその細工は、特殊な魔力コーティングによって外部から認識できないようになっている。
「な、何も無かったのに……」
横のアネラスは、無から現れたレスティのことを口をぽかんと開けながら見上げていた。
「こうして私の魔法にナチュラルな反応を見せてくれる子に会うのは久々ね。……そっちの子は、そういう感じじゃないみたいだけど」
レスティはその妖艶な表情をアミルに向けた。
たぶん、彼女は気付いているだろう、アミルの強さに。
それでも何も言わないのは、恐らく自分には何の関係もないことだから。
アミルを含め、魔法師や魔術師というのは学者肌ばかりで寡黙な者が多い。
「レスティ師匠、そろそろいいでしょうか」
「ええ。ま、大体は予想ついてるけど」
「話が早くて助かります」
「どうせ、今話題になってるエルフ族の誘拐事件でしょう?」
クラネは頷く。アミルたちがレスティの下に来たのは、エルフ族誘拐事件の情報を聞くためであった。
エルフ族が大半を占めるクィルスに住む彼女ならば、何か有力な情報を持っているかもしれない……そんなクラネの提案による訪問である。
一通り話を聞いたレスティは、こんなことを言い出した。
「私、実は国からお呼ばれされてるのよ。捜索メンバーとして」
「えっ、そうなのですか?」
声を上げたのはアネラスだった。クラネはレスティが捜索メンバーとして選ばれていることをある程度予想していたのだろう、あまり驚いている様子はない。
アミルに至っても、彼女の実力を見抜いた以上そこまで感情に起伏はなかった。
レスティは誰にも気づかれない程度に口角を釣り上げアネラスを見た。
「そ。ただ、正直に言うと面倒臭いのよね。私は私でやりたいことがあるし、国からのお願いといっても強制ではないし。まあそもそも、強制だとしても行く気はそんなに無いんだけど……」
「それでしたら、私たちにお任せくださいませ! 私たちがレスティさんの代わりに、捜索メンバーとして加われば良いのですわ!」
アネラスは、『とてもいい案ですわ!』とでも言わんばかりの笑顔を見せた。
「あら、いいの? それじゃあお言葉に甘えて……」
「レスティ師匠、その辺にしてください」
言葉を遮られたレスティは、まるでおもちゃを取られた時の子供のようにぷくっと頬を膨らませた。
アネラスは「へ? 冗談だったんですの?」と交互にクラネとレスティを見やっている。
「ちぇ、もうちょっとくらい遊んだっていいじゃない」
「だめです。それが師匠の悪い癖です」
「むぅ……」
顔を膨らませていたレスティは諦めたように息を吐くと、アネラスをからかっていたときの顔から引き締めて気を取り直す。
「……期待させちゃってごめんなさいね。たぶん、あなたたちがギルドに所属している以上、捜索メンバーとして加わることはできないと思うわ」
国は今回の事件にギルドが介入することを快く思っていない。その考えは捜索メンバーたちにも伝えてあるのだろう。
犯行組織を逃がさないために少ない人数で捜索するのは確かに理にかなっている。
でも、どうしてか、理由はそれだけじゃない気がする。
そんな気がしたが、とりあえず今は深く考えないことにした。
「でもそうなると、やはり私たち三人だけで動く必要があるのですね……」
「いや、"三人だけ"ではない」
クラネがいった。
彼女の視線はレスティに向いている。
「レスティ師匠。貴女は今回の事件について、"自分の考え"をある程度持っているはずです。それを聞かせてください」
「相変わらず、そういう押しは強いわね。誰に似たんだか」
レスティはふっと含み笑いを落とすと、アミルたちに話しを始めた。
「私の見立てでは、今回、捕まえるべき組織の人数は決して多くないわ。いえ、組織の人数が多くないというよりは、実際に行動している数が少ない、と言ったほうが正しいのでしょうね」
「つまり、見つけること自体はそこまで難しくないと?」
「ええ。それから、組織の素性はある程度予想できる。あなたたちがやってきたアリマールに本社を構えるランゼルグ大公国いちの換金グループ、『ジオネイル換金社』よ」
ジオネイル換金社。公都アリマールに本社を構える、起業一年にして一大企業へと上り詰めた新参会社。
会社名の通り、様々なものをジャンル問わず買い取り金銭に交換したり、買い取ったものを店頭で売ったりという便利なシステムを初めて構築した会社で、使い古した武器や防具、森で採れる薬草やその他素材、さらにはモンスターの死骸の一部など、ときにはギルドに持っていくよりも高額で買い取ってくれたりするらしい。
その便利さと今までにない斬新さで、結果、短期間での知名度流布に成功した。
……そして、アミルたちも一度訪れたことのある会社だった。
レスティは話を続ける。
「ジオネイル換金は会社柄、いろんなところと交流があるらしいのよ。その内の一つに、獣人と人間を中心とした傭兵団『銀煌』がいるわけ」
「銀煌……!」
「クラネ、知っているの?」
アミルの問いかけに、クラネはゆっくりと頷いた。
「あ、ああ……。肩書きは傭兵団としているが、その実態はかなり素行の悪い構成員が集まった問題ばかりの傭兵団だ。本来傭兵団というものは、契約金を受け取り護衛対象者を魔物の驚異から安全に護ることを生業とするが……銀煌は、自分たちが気に食わなければ平然と護衛対象者を見捨てたり、挙句の果てには持ち物を奪い取るために護衛対象者を襲ったりもする下劣な集団だ」
「私も聞いたことがありますわ。以前ルレリックにその傭兵団を雇ってやってきた研究者の数人が、道中で何度も見捨てられかけたと。『格安だがあんなところにはもう二度と頼まない』と愚痴をこぼしていらっしゃいましたわ」
「ふぅ、まさかとは思ったけど他の国にも伝播しているとはね……。とにかく、その銀煌が、たぶん今回のエルフ族誘拐の実行役を買って出ているんだと思うわ」
アミルが最初にミラーで見たエルフ族と人間族の夫婦や、今日出会ったレミを襲っていたのが人間族や獣人族であったのはこれが理由に当たりそうだ。
となるとあとは、何故ジオネイル換金が傭兵団を雇ってまでエルフ族を誘拐しているのかという動機の部分が気になる。
しかし、その辺りはレスティにもまだ分からないのだという。
「もし今回の事件を調べるなら、ジオネイル換金のことは常に念頭に置いておきなさい。新参会社で会社自体の情報が少ない上に、いろんなところとコネクションを持っているからどんな手段に出てくるか予想しきれないわ」
確かに彼女の言う通りではある。大まかな予想ではあるが、恐らく戦力的にアミルに匹敵するといったようなことは可能性として低い。
だが、"戦力以外"の部分でこちらを陥れてくる可能性ならある、そういうことを、レスティは言いたかったのだろう。
相手は数多の手数を持っている。大企業ゆえに、事件に充てられる資金や人員も桁違いだろう。
数の利では間違いなく負けている。他の捜索メンバーとの連携も取れない。
レスティの言葉通り、尻尾を掴んだとしても、ジオネイル換金社のことを常に最大限警戒しておくことに損はなさそうだ。
◇◆◇
久々に弟子が自分の下にやってきた。とても喜ばしいことだ。指導している頃からかなり気が強く、自分のもとを発ってからもう二度とここに来ることはないかと思っていたのに。
さらに、二人の仲間を連れていた。決して強そうな見た目ではなかったから多少は心配だが、あの紺髪の少年はタダモノではない、それだけは間違いないと、国公魔法師である。
それでも、レスティは一抹の不安に胸を締め付けられていた。
「ガーフ……」
レスティは【空間魔法】で生み出した自分の研究室にこもりながら、一枚の写真に目を落としていた。
写真には、荘厳な雰囲気ながらはにかむひとりの男性と若い頃のレステイ、そして、いまでは面影などない無邪気に笑う小さな少女が写っている。
男性のほうはガーフ・アイセンスといい、小さな少女はクラネ・アイセンスといった。
「言わなくて、良かったのよね」
レスティはまるでその写真に写るガーフに話しかけるようにして言った。
屈強そうな鎧に身を包み、左胸には公国正騎士団団長の紋章が堂々と光る。
ガーフは数年前、ある者に殺された。
名実ともにランゼルグ最強の剣士であり、いまや『氷の魔剣士』としてギルドを中心に名を馳せているクラネの剣の師でもあったガーフ。
そんな彼の死は、当時の国の判断により、ほぼ隠蔽と言っていいほどに隠された。
国民には不安を煽らないよう、ガーフの病気による騎士団長引退と情報操作もした。
葬式は、親族と一部の親しかった知り合いらで静かに行われた。レスティもそこに同席している。
弟子であるクラネは今日、レスティの下に、最近起き始めたエルフ族誘拐事件の情報を聞きに来ていた。
レスティは弟子のために情報を伝えた。本来は国によって口止めされているのだが、たぶんクラネならそれを国側に悟られるようなことはしないだろうとの判断からだ。
でも、ただ一つだけ。彼女には伝えていない情報があった。
それを伝えてしまえば、きっと彼女は周りが見えなくなってしまうから。
小さい頃から家族ぐるみの交流で知り、さらに約四年間に渡って彼女に魔法を教えてきたレスティには、彼女のとりそうな行動など一発でわかる。
だから敢えて伝えなかった。
この事件に関わっていけば、嫌でもガーフを殺した人物と相まみえることだろう。
その時、彼女は己を保っていられるのか。物心付く前に両親を失った少女の肉親は祖父であるガーフただひとりであると言っていい。そんな祖父をも奪った存在。それが、この事件を起こした組織にいると知った時、彼女はどんな行動を取るのか。
レスティは、クラネが無事ならそれでいいと思っていた。でも、彼女がそれを許しはしないだろう。
もう、大切な人を失いたくない――そんなレスティの儚き想いは少女に届くことはない。それは、レスティ自身が一番、よくわかっていた。
次話もよろしくお願いします
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