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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:3547字

 少女は話の中で自分の名を『レミ』であると語った。

 レミから聞いた、女性エルフ族の連続連れ去り事件は以下のとおり。


 ひと月ほど前から、王都アリマールを中心としてランゼルグからエルフ族の女性が何人も連れ去られているという。もちろん国のほうで捜索が始められているらしいのだが、現在まで進展したという話はないらしい。

 この事件を知る者はみな連れ去っている存在を『組織』と呼ぶが、その実態はほとんど判明していない。ただ、これだけ大規模な事件なら一個人や少人数による犯行とは考えづらいため、必然的にある程度の規模を持った集団……ここでいう、"組織"という表現が一番適切なのだろう。

 連れ去られる時間帯はまちまちで、朝昼夜どのタイミングでもありえる。しかし予想によれば大抵は人目のつかない街の路地裏や、近くの森などに偶然来ていた対象が狙われるとのこと。

 実際に連れ去りを実行に移しているのは獣人族の男性が九割。ごくまれに人間族も混じっているのだそう。獣人族が多い理由としては、基本的な身体能力が他の種族と比べて比較的高いからだろうと睨んでいるらしい。

 ちなみにエルフ族の女性たちは近くの同じ境遇にあるエルフ族たちと秘密裏にネットワークを構築しているらしく、レミも含めてそれのおかげで何とか逃げのびている者たちもいるそうだ。

 一通り話を聞いたあと、クラネが腕を組みながら深刻な顔をした。


「まさか、そんなことがこの国で起きているとはな……」

「クラネさんほどの人が、ギルドの方から何も聞いていなかったんですの?」

「いや、たぶんギルドの関係者はだれも話されていないんだと思うよ。あまりおおきな人数を動かすと組織側が気付きかねないからね」

「はい、その通りだと思います。国は国でエルフ族の女性たちに密告のような形で注意喚起をしたりしているので、一部のギルドに所属しているエルフ族は当然理解していると思いますが……それでもやっぱり、ギルドのほかの人に言わないよう口止めをされているんだと思います」


 ギルドに組織の捜索を斡旋をさせれば、勘付かれて国外へ逃亡されることは想像に難くない。

 それならば、斡旋はせずに国のほうで集めた少数精鋭で捜索させたほうが、結果的には解決につながるといった考えのもとだろう。

 しかし、一ヶ月と少し経った現在でも見つかっていないということは……


「アミル。いまキミが考えていることを言ってみろ」


 クラネが、アミルをまっすぐに見据えて言った。

 どうやら目の前の少女は、アミルの考えていることに気付いていながらも敢えて聞いてきているように思える。

 レミも心配げな表情を崩さぬままアミルを見上げ、ただ一人アネラスだけが、「ど、どういうことですの?」とよくわかっていない様子でアミルとクラネを交互に見ていた。


「可能性としては二つ。一つは、ただ単に組織側の搜索に難航している可能性。でも、もう一つの方は……」


 アミルは少し言い淀む。何せこれを口にしてしまえば、この都市……いや、この国自体が"組織に支配されかけている"と認めてしまうようなものなのだから。

 クラネを見る。彼女は強い眼差しでアミルを見据えたままだ。覚悟ができている、と言い換えてもいいかも知れない。

 レミを見る。少女は未だ襲われたショックからか怯えたような表情のままだが、その瞳には確かに、この事件と向き合いたい、立ち向かいたいという決意が見て取れる。

 そして、アネラスは。


「ボードネスさん。私は……っ」


 アネラスは自分の中でどうこの事態を理解しようとしているのか。両手を胸の前できゅっと重ね、期待と不安が入り混じったような、そんな表情をしていた。

 彼女の期待は、国が組織に支配されかけていないということに対して。不安は、その逆に対してだろう。

 アネラスは、ドが付くほどの正義感にあふれた人間だ。そんな彼女に、この国が突き付ける事実はあまりにも残酷だ。

 でも、心の中では分かっているはずなのだ。彼女もまた、この混沌世界に生きるひとりの人間なのだから。


 そうしてアミルは、この場にいる全員の顔を見渡したあと、ひとつ頷いてから言った。


「もう一つの可能性は……この国と組織が内部で繋がっている可能性だ」



◇◆◇



「アミル、ひとついいか?」

「うん? どうしたの、クラネ」


 路地裏から出て一人で帰れると言ったレミを見えなくなるまで見送ったアミルたちは、その足である場所へと向かっていた。

 それは、クラネに魔法を教えた人物の下である。

 名をレスティというらしいその人物は、この王都アリマールを出た先のクィリスと呼ばれる同じくランゼルグ大公国にある街に暮らしているという。

 クラネの剣の師匠であり実の祖父でもあるガーフという男性の知り合いで、その縁もあってクラネはレスティに魔法を習ったと聞いている。


「これからレスティ師匠のところへ行くのは構わないのだが……」


 クラネは歩きながら、ちらりと自分より少し後ろを歩く少女を気にした。

 そこには、ふらふらとした足取りで付いて来る虚ろな表情のアネラスの姿がある。

 千鳥足で「民を守るはずの国が民を虐げて……」とぶつぶつと呟いては、ときおりポカンと口を開けたまま空を見上げていたりするのが見えた。


「話を聞いてからずっとあの調子だが、大丈夫なのか?」

「まあ、レムクルーゼさんは国を指導していく立場にあるからね。今回の話にショックを受けていてもおかしくないと思うよ」


 アネラスは、国を導く者としての経験を積むために国を出たと言っていた。そんな彼女の国を想う気持ちはアミルもよく分かっているつもりだった。

 そして、彼女の気持ちは何も自国であるルレリックに向けられただけのものではない。この世界に存在する全ての国に同じ気持ちを抱いているのだとアミルは勝手に思っている。

 そんな彼女だからこそ、国としてあるまじき実態に触れようとしている今回の件にはショックを受けてしまっているのだろう。

 アミルの最後の言葉を聞くまでは正気を保っていたようだったが、やはり心にきたダメージは深刻な様子だ。


「……正直、私は今回の事件にアネラスを巻き込みたくないと考えているんだ。彼女は確かに強いが……同時にとても脆い」


 クラネの評価は正しい。アネラスという、将来一国の主となる運命を背負った少女は、確かに強い意志を持っているが、強すぎるがゆえときにそれが空回りしてしまう。空回りした強い意志は、ときとしてガラスのように簡単に割れて砕けてしまうのだ。

 だから、クラネの気持ちも大いにわかる。とくにクラネの場合、一週間前から今日まで、ずっとすぐそばでアネラスを見てきていたのだ。その一週間で何があったのかアミルは聞いていないが、恐らく、そこで彼女の強さについて何か知ったのだろう。

 でも、


「仮にそれをレムクルーゼさんに言ったとしても、たぶん意味がないんじゃないかな。だって、"国"や"民"に関してなら、彼女が一番真剣に考えているだろうから。本当にどうするべきかは、彼女が一番分かっていると思う」

「それは……」


 このことについてはクラネも分かっているようだった。だからこそ、こうしてアネラスに聞こえないよう配慮して、アミルにだけ話しているのだろうから。

 ……当の本人はこちらの話どころではない精神状態だろうけど。

 そんな時、


「あ……!」


 いままでずっと虚ろな表情だったアネラスの顔に、一筋の光が差した。まるで遠くを見るように、顔をぐっと持ち上げる。

 そしてアミルも、釣られるように顔を見上げた。


「もしかして、ここかい? クラネ」

「ああ。二人はたぶん、初めての利用になるか――」


 そう言ったクラネが一歩前に出ると、まるでいつぞやのクラネとの決闘時に溢れかえっていた入口前を思わせる程の人ごみを背にしてアミルとアネラスの方に振り返る。

 クラネの肩ごしに見える何かの大型施設に記された文字は、『Arimarl Railway Station』。

 金色に彫られて堂々と輝くその文字列は、国が、そして世界が技術的にも科学的にも進歩していると確信させるものだ。

 巨大な灰色の鉄骨が幾重にもなってひとつの巨大な『門』を造り上げる。そして『門』の先にも、鉄骨でできた空間は続いている。そのあまりの大きさはどこか不安を募らせるものであるかもしれないが、それ以上に、初めて見た者には強烈な印象を植え付けることだろう。

 千年前にはこんな建物など存在しなかった。さらにこれが、魔法や魔術だけで生み出されたものでないこともまた、アミルにとっての驚きだった。一体どれだけの人々の協力を得て完成させたのだろうか。


 そして、そんなあらゆる能力(ちから)や想いが結集したような建物を前に、クラネがいう。


「――紹介しよう。ここが、ランゼルグ大公国が誇る世界最大の公共交通機関『鉄道』への入口だ」

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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