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文字数:3685字
それから、アネラスはしばらくの間クラネから武術関連の指導を受けることとなった。
しかし、そこにアミルが一緒にいてもすることがないわけで。アネラスが指導を受けている間は別行動をすることにした。
ギルドから出される様々な依頼を一人で受けてはこなしを繰り返し、はや一週間ほどが経とうとしていた頃。
「ボードネスさんっ!」
今日もまた一日の依頼を全てこなしたアミルの下に、彼の名を呼びながら少女が駆け寄ってくる。
「レムクルーゼさん? 戻ってきたってことは……」
「とりあえず、アネラスには一通り教え終わった」
彼女の横には、クラネの姿があった。
「そうなんだ、良かった。それにしても、随分と早かったね? もう少しかかると思っていたんだけど」
「ふふん。それはこの、アネラス・フォン・レムクルーゼの真の才能が開花してしまったからですわー!」
鼻を鳴らしながら、ふんぞり返るんじゃないかというくらいの角度まで胸を張るアネラス。
正直、それだと強がりにしか見えないのだが……。
「実際、アネラスは物覚えがかなりいいほうだと思うぞ。私も今まで何人かに指導したことがあるが、その中でも群を抜いて吸収力があった」
「へぇ。そうなんだ」
クラネが素直に褒めると、その横でアネラスの顔がボフッと赤なるのが見えた。
ふんぞり返ったままにクラネに言われたので、そのまま顔を赤くしながら固まっている。
「まあ、そういうわけで、今日から私たちも合流しよう。ちなみに、今日のやることは全て終わったのか?」
「うん。今日受けた依頼は一通り終わらせたよ」
アミルが単独でアリマールでの依頼をこなしていく中、"乱れ"に該当しそうな事件や出来事には遭遇しなかった。
受ける依頼をあえて怪しそうなものにしてみたこともあったが、それでも空振り。この街の"乱れ"は中々に尻尾を掴ませてはくれない。
すると、
『や、やめてくださいっ!』
人々が和気藹々と闊歩する街中で突如、雰囲気にそぐわない、何かを強く拒絶するような女性の声が聴こえた。
「どうした?」
様子の変わったアミルに、クラネが聞いてきた。
「クラネ……今の声、どこから聴こえた?」
「声だと?」
どうやら、クラネには聞こえていないようだった。
ふんぞり返ったまま固まっていたアネラスもアミルの表情の変化を察したのか「何かあったんですの?」と近寄ってきた。
確かに小さい音量ではあったため、注意していないと聴こえないものだったかもしれない。
それでも、アミルには確かに聴こえたのだ。
ぐるりと周囲を見渡す。
しかしこの人の多いアリマールの大通りで、拒絶の態度を取っている女性の姿はどこにもない。
気のせいだったのか?
そう思い直し始めた頃、再びアミルの耳に"さっきの声"が届いた。
『やめ……やめて……っ!』
今度は、さっきよりも大きな声。
「アミル……もしかして、今のか?」
「わ、私も聞こえましたわ」
クラネとアネラスは二人してアミルを見る。
うん、とアミルは頷いた。
「今のは少女の悲鳴のように聞こえたが……それらしき様子が見当たらないな」
「いや、起きているのは多分大通りじゃない」
そう言って、アミルは指で示した。
大通りから少し外れたところにある、小さな路地裏へと続く道。
そこは一見すれば建物と建物の間に偶然出来た単なる隙間のようにも見える。
「あそこから……ですの?」
アネラスは「まさか」といったような表情で言う。
アミルも、あそこに女性が誰か入っていくのを見たりしたわけではない。
ただ、"過去"には見たことがあった。
「多分……というか、ほぼ間違いないと思う」
「だが、これだけの人がいるんだぞ? いくら分かり辛い路地裏でとは言え、流石に一人くらいは気付くだろう」
「いや、気付いてはいると思うよ」
「そ、それって……」
アネラスの顔が段々と青くなっていく。
クラネの表情も、アミルが言わんとしていることを汲んだのだろう、険しいものになっている。
「――ここにいる人たちは、気付かないフリをしているだけだ」
「そんな!」
国や民を守る立場にあるアネラスが、アミルの言葉に声を荒らげた。
無理もない。もしアミルの予想が正しいのならば、このすぐそばで民が虐げられ、それが野放しになっているということなのだから。
「……分かった。とにかく、あの路地裏へと行ってみる必要がありそうだな」
「今すぐ向かいますわ!」
雑踏をかき分けるように勢いよく飛び出したアネラスを追うようにして、アミルとクラネも路地裏へと駆け出す。
暗い路地裏へ足を踏み入れると、まるで別世界に来たかのような空気がアミルたちを包み込んだ。
そして、声が聞こえる。
『やめてください……っ!』
『抵抗するな!』
明らかに穏やかじゃないやり取りだ。
アミルたちは息を殺しながら路地裏の奥へと少しづつ足を進める。
途中の曲がり角を越して、足を止めた。
「大人しくしろって言ってるだろ!」
「離してください!」
アミルたちの視界に入ってきたのは、エルフ耳の少女がいかつい風貌の獣人族の男に詰め寄られている光景だった。
獣人族の男は、エルフの少女が未だ抵抗してくる焦りからか、その灰色の毛並みを逆立てさせている。
この光景は、"過去"にも見たことがあった。
そう、アミルが目覚めてすぐ、魔法によって世界を覗いたときだ。
エルフの女性と、その恋人らしき男性が路地裏で数人の男たちに虐げられていたのを思い出す。
「おい、そこのお前。一体何をしている」
「誰だ!?」
クラネの声に、獣人族の男が振り返る。
「質問に質問で返すな。私は貴様に、ここで何をしているのかと聞いている」
「お、お前は……『氷の魔剣士』か……!」
男は苦虫を噛み潰したような表情を作ると、エルフの少女を抑えていた手を離し、自らの腰に携えた小剣に手をかざす。
「ほう、質問に答えない挙句刃を向けるつもりか」
「ふ……ふん! いくら氷の魔剣士でも、こんな狭いところで"挟み撃ち"にされちゃあ、どうなる……?」
その言葉を合図にするように、上からもうひとりの獣人族の男が現れた。
「は、挟み撃ちですわ!」
「落ち着け、アネラス」
オウム返しをするほど動揺するアネラスをクラネが宥める。
「さて……お前はこんな狭いところで使えなさそうなのを二人も抱えながら、どうやって戦うつもりだ?」
新たな獣人族の男がいう。彼の手にも、暗がりに光る小剣が握られていた。
すると、
「……そうか。貴様らは"使えない"と評価するか」
「なに?」
瞬間、クラネが最初の獣人族の男に飛びかかる。
それを見た二人目の獣人族の男が、アミルとアネラスを飛び越えるように壁を蹴った。
「馬鹿が! 背中がガラ空き……!」
「させませんわっ!」
壁を蹴ってクラネを追おうとした男を、アネラスの剣が下から突く。咄嗟に回避行動を上に向かって取るが、次いでアネラスの手から放たれた【風魔法】ウィンド・ボウルが男を追従する。
「チッ、邪魔くせぇ!」
「アネラス、そっちは任せたぞ」
アネラスはクラネの言葉に力強く頷き、次第降りてきた獣人族を再び捉える。
クラネはクラネで、目の前の獣人族に刃を突き立てた。
「くそっ! 魔剣士は一匹狼じゃなかったのかよ!」
舌打ちしながら、獣人族の男はクラネの攻撃に対して抵抗する。
だが、彼の剣さばきはアミルから見ても稚拙なものだった。
描く軌道は全てクラネによって読まれていて、全く歯が立っていない。
「こいつ……っ! ちょこまかと避けやがって……!」
アネラスと対峙していた男も顔を歪ませる。
アミルを挟む形で、クラネとアネラスが獣人族の男たちと剣戟を続ける。
そして、
「おい、ここは一旦退くぞ! ターゲットを変える!」
「チッ!」
慌てた様子の男たちは同時に壁を蹴って上に跳躍し、そのまま獣人族特有の身のこなしで屋根を伝って去っていった。
「逃がしたか」
「す、すばしっこいやつらでしたわ……」
クラネとアネラスは互いに剣を仕舞う。
すると、いままで男に襲われていたエルフの少女がこちらに近寄ってきた。
「あ、あの……助けていただいてありがとうございました」
少女は頭を下げる。
「どうしてキミはあいつらに襲われていたんだ?」
「そうですわ。なにか危ないことに巻き込まれているのではありませんの?」
「そ、それは……」
「それはたぶん、この都市でエルフの女の人を集中的に狙う"何か"がいるからだよね?」
少女が言い淀んだのを見て、アミルが代わりにいった。
そんなアミルを見て目を丸くした少女は、こくりと小さく頷いた。
「……はい。じつはこの都市で、ひと月ほど前からランゼルグじゅうのエルフ族の女性がさらわれているんです」
「やっぱり、か」
その少女の言葉で、アミルはひとつ確信を得た。
「ボードネスさん、やっぱりということは、まさかある程度このことを予想されて……?」
「いや、予想していたというよりは可能性的に考えて、って感じかな」
アミルは横のアネラスにそう答えてから、改めるように少女の方へと向き直る。
そして、少女にこう問いた。
「その話、僕たちに詳しく聞かせてもらえないかな?」
次話もよろしくお願いします
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