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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:2500字

『うおおおおおおおおお!』


 アミルがクラネを下した瞬間、物見客から割れんばかりの大喝采が轟いた。

 その喝采に交じるように「すげぇ!」や「やりやがった!」などといった賞賛の言葉も飛び交っている。

 クラネは膝をついていたが、しばらくすると落としていた剣を拾い上げ立ち上がった。


「私の完敗だ、アミル・ボードネス」


 うつむかせていた顔を上げてそう言った彼女の瞳には、もう既に強い光が宿っていた。

 千年前もまた、彼女のような強い瞳を宿している人物がいた。そういった強者の特徴というのは、長い年月を経ても変わっていない。


「ボードネスさんっ!」


 物見客の一番最前列で二人の戦いを見守っていたアネラスが小走りで近寄ってくる。その表情はアミルが勝負に勝った嬉しさからか、弾けるような笑顔だ。


「……」


 アネラスがアミルの横に来ると、クラネは二人を見比べるように視線を這わせた。二度三度と繰り返すと、口を開く。


「アミル・ボードネス。キミは、どうして私との手合わせを受けた?」

「気が変わった、それだけです。最初にも言ったじゃないですか」

「本当にそれだけか?」


 クラネの灰の瞳がアミルの心の底を覗こうとする。心の奥の奥に眠った真実を。

 しかしクラネは、最後まで覗ききろうとはしなかった。覗くことはできただろうに、途中で止め、探るような瞳の動きは整然と元に戻る。

「まあいい」そう言ってから、話を切り替えるようにしてクラネは口を開いた。


「キミに、ひとつ頼みがある」

「頼み?」

「ああ。私と組まないか?」


 唐突になされたその問いを、アミルは一瞬だけ理解できなかった。

 アミルが自身で問いの意味を見出す前に、アネラスが叫んだ。


「な、なにを仰っているんですの!?」


 アネラスの顔は真っ赤に染まっていた。だがそれは照れたからでも恥ずかしいからでもなく、ただ純粋に怒りによるもののようだった。


「いくら貴女が有名で腕の立つ人だからといって、割り込みはよくありませんわ。ボードネスさんは私と先に組んでいるのです!」


 その言葉を聞いて、アミルはふと、そもそも"組む"という概念がギルド加入者同士に存在するのかが疑問に思えた。

 クラネはただ単純に、アミルと共に行動したいと言っているだけではないだろうか。それに、もし"組む"という概念が存在しているのなら、アミルとアネラスは別に正式に組んでいるわけではないんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、クラネがアミルをに視線を移しながらこう言った。


「ならば、本人に聞いてみるのが一番確実というものだ」



◇◆◇



「どうしてですのっ!」

「どうしてって言われてもなぁ……」


 クラネとの手合わせが終わってから三十分ほど経った頃、アミルとアネラスは二人で街中を歩いていた。

 正門前にごった返していた人の波はもう無くなっており、先程まで集まっていた物見客たちはそれぞれ散り散りになっている。

 アネラスは横を歩く困り顔のアミルを見て、溜息を吐いた。


「……どうして、三人で組むなんてことに……」

「だって、それが一番平和的な解決じゃない」


 アミルは手合わせの後、クラネから"一緒に組まないか"と提案された。ここでいう"組む"とは、共にギルドの依頼をこなしたり一緒に行動したりすることを指す。

 するとアネラスがそれを強く拒んだ。拒んだ理由は分からないが、あまりにも必死だったためにクラネも気圧されていた。

 そこでクラネは、アミルに決断を求めた。その結果、彼が弾き出した答えが、"クラネを含めた三人で組む"というものだった。


「レムクルーゼさん。"クラネ"のこと、もしかして苦手?」

「……! い、いえ、別にそういうわけでは……ないですわ」


 アネラスはアミルの言葉に胸を打たれるような感覚を覚えた。

 ――いつの間にか、いや、アネラスの目の前で、あのクラネという少女はアミルに向かって"名前"で呼ぶよう言っていたのだった。

 まだ自分だって苗字呼びなのに。そんなことを思いもするが、かと言って人の価値がその呼び名で決まるとも思っていないわけで、アネラスは、そんな小さいことにわずかな憤りを感じている自分に、逆に憤りを感じてしいるというよく分からない精神状態に陥っていた。


(何が『私のことは、クラネと呼び捨てでいい。代わりに私もキミのことをアミルと呼ぼう』ですの! あの人には恥じらいというものが存在しないんですの!?)


 そうして、アネラスが今はいない相手に向かって半ば八つ当たりとも取れる念を飛ばしている間に、目的地へとたどり着いた。


「ちょうど良かったな」


 目的地……ギルドの前までやってきたアミルとアネラスの前に現れたのはクラネだ。

 彼女は先ほど、アミルが三人で組むと決断した直後『ギルドに用事があるから二人は後から来てくれ』と早々にギルドへ一人で向かっていったのである。


「用事は終わったの?」

「ああ。私が先ほど受けていた魔物の討伐、それをこの三人での討伐に変更してもらってきた。場所は、ここから東に行った街道の外れだ」

「魔物の……討伐?」

「かなりでかいヤツらしくてな。これからしばらくは組む事になるなら、互いの連携を確認しておく必要もあるだろう」

「……! そうですわ……」


 アネラスは、何故かクラネの言葉に意識を取られているようだった。そして、何かをぶつぶつと言いながら考え込み始める。


「どうしたの、レムクルーゼさん?」

「どうしたのだ、アネラス」


 アミルとクラネが心配げな顔をする。しかしアネラスはそれに気付いた様子もない。そして、ぶつぶつと言っていた口が閉じたかと思えば、ばっと顔を上げた。


「――よし、これなら行けますわ! さぁ、お二人共、ちゃっちゃと魔物の討伐に行きますわよ!」

「へ? きゅ、急にどうしたっていうの」


 アネラスはアミルとクラネの腕を取ると、ずかずかと正門に向かって歩き始めた。

 腕を引っ張られながら、アミルは思う。アネラスの様子がどうやら先ほどからおかしい。

 ちょうどクラネとの手合わせを終えた辺りからか。しかし、彼にはアネラスがおかしくなるような理由が思い当たらなかった。

 ただ、このままのアネラスをほうっておくとなにか良くないことが起こる、そんな曖昧な感覚が背筋を這った気がした。

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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