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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:3254字

「こ、こんな高い買い物をタダでしてしまって大丈夫でしょうか……」

「いいんだよ、向こうから言ってきたことだし。それに今更。もう僕たちはあの店から出てる」


 あれから一時間ほどが経過し、アミルたちはミクス自身から提案してきた内容に則り、彼に防具を二つ購入させていた。ちなみにギルドの加入者であればギルドの館の地下にある保管庫で余った武器や防具、その他様々な物を一定量まで保管してくれるので、そこに預けることとなっている。

 分配としては平等に、アネラスとアミルそれぞれ一つずつ。アネラスは当初の目的でもあった軽鎧を購入し、アミルは羽織ったマントの内側に着ていたシャツを新調した。

 本来は二つともアネラスの防具を選んであげるつもりだったのだが、彼女はアミルの助言を聞きながらささっと自分の物を選ぶと、「今度はアミルさんの番ですわよ」と言いながら満面の笑みで彼の防具を選び出したのだ。

 当然アミルは止めに入ったが彼女は聞く耳を持たず、さらにはどこかネジが外れてしまったようなテンションでアミルに色々と着せては脱がし、着せては脱がしを繰り返させてもいた。今にして思えば、あの時のアミルはまるで着せ替え人形のようであったとも言える。

 アネラスの普段以上の押しの強さに半ば面倒臭くなりかけていたアミルは時の流れに身を任せることにし、そして今に至る。

 結果、シャツの性能は耐熱、耐氷どちらでも良かったが、後者を選択。経過した一時間の九割ほどを彼女に持って行かれていたアミルにはどっと疲れが出ていた。

 その後東部に戻ってきたアミルたちは示し合わせた行動の通りにギルドへと向かった。


「レムクルーゼさん、一つ忠告。……世の中、貰えるものは貰った方がいいんだよ」


 ギルドの館の前まで来てどこか達観したような表情でそう言うアミルに、アネラスはぽかんと口を開けていた。



◇◆◇



 ギルド内部は相変わらず屈強な男たちや聡明そうな女性などで溢れかえっている。しかし昨日と違うのは、館内にいる誰も、一言も発していないという点だった。

 皆酷く緊張……いや、畏怖(・・)しているようにも思える。


「な、何ですの、この空気は……」


 続いて入ってきたアネラスも、顔を顰めながら館内を見渡してそう言った。


「多分、彼女のせいじゃないかな」


 アミルは前方、受付カウンター付近を指差す。アネラスも視線を動かす。するとそこにいたのは、まるで氷のような冷たい青色の髪を持つ、一人の少女。館内にいる全員の視線は、違うことなく彼女に集まっていた。


「まぁ、いいや。とりあえず依頼を受けに……」

「ちょ、ちょっとお待ちください!」


 なに食わぬ顔で掲示板へと行こうとするアミルを、必死の形相でアネラスが止めた。服の裾が引っ張られてガクンとなる。


「まさか、この状況で普通に依頼を受けるおつもりですの!?」

「うん? そうだけど……どうかしたの?」

「どうしたもこうしたも、今は明らかに時間を置くべきですわ! あの少女……間違いなく厄介人ですわ」


 アネラスは前方の少女を睨むようにして小声で言った。確かに周囲から見られている少女がただの少女なわけがない。しかもその周りの視線は彼女を畏怖するものだ。

 それに、彼女はここにいる屈強な男たちのように鎧を着て腰に剣を携えている。鎧は今のアネラスが着ているような軽鎧に分類されるものだが、その出来はかなりいいものだと伺えた。重鎧のように全身を金属で覆いつつ、金属自体がそもそも軽いのだろう、少女が動くたびにカシャンと軽快な音を奏でる。剣だってかなりの上物だ、シンプルなデザインながらもそれは剣にとって不必要なものをすべて取り除いているからであって、剣としてみれば最高の出来に違いない。ジオネイル換金含め、あのレベルの剣は特注(オーダーメイド)でなければ造るのは不可能だろう。

 つまり彼女は、相当レベルの高い剣士だということにほかならなかった。


「そうは言っても、待つのも面倒臭いし」

「で、ですが」

「じゃあ、僕一人で行ってくるよ。アネラスさんはここで待ってて」

「あ、ちょっちょっと!」


 アネラスの制止を振り切り、アミルは受付へと足を向けた。彼が一歩進むたび、横で少女に畏怖している人々が驚きの視線を向けてくる。「お前、今行くのか?」そんな視線を。


(まさかここにいる全員が彼女と関係を持っているわけでもないだろうに、どうしてそんなに気になるんだろう)


 面倒臭がり屋のアミルには分からなかった。どうしてこんな、いち少女の動向をそんなに気にするのか。彼女の放つ雰囲気は確かにおっかないものだが、さして気にするほどのものではない。

 アミルは見上げるほどに高い依頼掲示板の前まで着くと、いくつかの討伐依頼をまとめて剥がした。くるりと横を向き、そのまま少女もいる受付に足を伸ばす。アミルの存在に気付いた受付の女性は、昨日の夜依頼を報告に行った際に対応してくれたエルフ族の女性だった。


「あ……。も、申し訳ございません。只今こちらの方の要件が先でして……」

「でも、さっきから何もしていないじゃないですか」


 アミルは、自分の斜め前に立つ少女を指で示してきっぱりと言い放った。それもそう。少なくともアミルがギルドにやってきてから、少女はカウンターの前に立つだけで特に何もしていない。

 面倒臭いからさっさと終わらせたい。そんなアミルの気持ちを乗せた指にさされた少女はゆっくりとこちらに向く。さらりと、彼女の青く短い髪が頬の辺りを流れた。端正な顔立ちだ。瞳は深く暗い黒に近いグレーで、表情に一切の笑みはない。あるのは、アミルを睨んでいるといっても過言ではない鋭い眼付きだけだった。

 少女は口を開く。


「私はこれから、街道に出没した魔獣を討伐しに行くのだ。そのための手続きを今、ギルドの者にしてもらっている。済まないが、もう少しだけ待っていてくれ」


 開いた少女の口から女性にしては低く、凛々しさを垣間見えさせる声音が響いた。さらに、存外礼儀正しい人物だ。周りの怯えるような視線から、てっきりもっと横暴な人物かと思ってしまったが。


「……ん?」


 しかし、アミルに向いた少女の視線がはたと止まる。じっとアミルを見つめてくる。少女の端正な顔立ちが目の前まで迫った。

 そして、


「ほう、もしかしてキミは……アミル・ボードネスか?」


 後方にある依頼達成リストの掲示板を指で示しながらそう言った。まさかあれを見てアミルを特定したのだろうか? しかし、依頼達成リストに載るのは達成日時と名前だけだ。アミルは自分の名前が記載されたアクセサリなども持ち歩いていないし、現時点ではアミルをアミルだと判断する材料が少なすぎるはずである。

 すると青髪の少女は持論を展開し始めた。


「その手に持っている依頼。討伐依頼を一度にそんな沢山請けるのは戦いに慣れた者たちだけだ。しかしキミは、ここらでは見ない顔。そして私はつい先ほど、昨日このギルドに登録しながらも一度に五個以上の依頼をこなしたという新人の話を聞いたばかりでな」

「ごめんなさい……つい話してしまいました……」


 エルフ族の女性の長く尖った耳が申し訳なさげに項垂れた。


「そうだったんですか。まあ、別に気にしてはいませんよ」


 アミルは申し訳なさそうにする女性を宥めたあと、青髪の少女に向き直る。


「あなたの予想通り、確かに僕はアミル・ボードネスですけど、それがなにか?」

「どうだ、私と手合わせをしてみないか?」

「……手合わせ?」


 その言葉にアミルは首かしげた。そんな彼を見てか少女はふっと、無表情なその中に笑みを讃えてみせる。短く整えられた青髪が上がった頬によって僅かに動く。アミルを見つめるグレーの瞳が好奇心に煌めいた。


「そう、手合わせだ。アミル・ボードネス、私と戦ってくれ」

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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