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おまけ②「鬼の居ぬ間に」

おまけ②【鬼の居ぬ間に】














 鳳如が戻ってきてから一週間が経った。

 いないときは確かに色々と大変だったが、鳳如が戻ってきたことで大変なこともある。

 そのうち一つが、書類の提出だった。

 「琉峯、なんでここシワシワになってるんだ?」

 「それはですね、ジュースを零してしまったからです」

 「麗翔、読み難いから丸文字書くなって言っただろうが」

 「えー。もう癖なんだもん。仕方ないでしょ」

 「煙桜、なんでここ焦げてるんだ」

 「なんでって、煙草吸いながら書いたからに決まってるだろ」

 「帝斗、お前書類どうした」

 「は?書いてねえけど?」

 こんな具合に、書き直しがほとんどだった。

 ちょっとした間違いくらいなら許せるのだが、書類自体が汚れていたり、ましてや帝斗のように書いていないなんてことがあると、さすがに鳳如もぶち切れる。

 「お前等、そこになおれ」

 「え、俺達切腹でもさせられんの?」

 4人は鳳如の前で正座をさせられる。

 「琉峯、お前はなんでいつも書類を書くときにジュースを飲むんだ」

 「喉が渇くからです。自然現象ですから。水分を欲すると言う人間の欲求は止められませんので」

 「・・・まあいい。麗翔はなんで殴り書きの時と丸文字の時があるんだ。ていうか、もっと綺麗に書けないのか」

 「だって、面倒臭いんだもん。思い出したときにぱぱっと書くと、殴り書きになっちゃうのよねー。丸文字は可愛いからいいでしょ?読めないことないんだし」

 「あのなあ・・・。煙桜はまず、なんでもう正座崩して胡坐になってんだ」

 「正座は痺れるだろうが」

 「わかったわかった。で、なんでお前はいっつもいっつも書類に焦げを作るんだよ。書類書いてるときくらい、煙草我慢出来ねぇのか」

 「自然現象だからよ。吸いたくなっちまうんだよ」

 「煙草は自然現象じゃねえよ。それから帝斗、お前は・・・ああ、なんかもう俺が疲れてきた」

 「大変だな。肩でも揉んでやろうか」

 「結構だ。俺の肩揉む暇があるなら、溜まってる書類一枚でも終わらせろ」

 「なんか忘れちまうんだよな。いや、別に書くのが嫌だとか、面倒だとか、インクがねえとか、そういうわけじゃねえんだぞ?ただ、なんとなくこう、忘れちまうんだよな」

 「それはもはや書く気がねえってこった」

 4人を部屋に帰してからも、鳳如は書類の不備をチェックする。

 真夜中になってようやく一区切りつくと、鳳如は腰に手をおいてうーんと伸ばす。

 それから部屋を出ると、煙桜が煙草を吸っているのが見えた。

 「一本くれ」

 「・・・・・・」

 無言のままケースを差し出してきた煙桜に、鳳如はそこから一本煙草を取り出すと、煙桜が火をくれた。

 そして昔は吸わなかったその煙草の味に、久しぶりに美味しいと感じる。

 会話がないまま時間だけが過ぎて行くと、煙桜が口を開く。

 「なんでまた急に書類に目を通し始めたんだ?」

 「・・・なんでだろうな」

 「んな理由で呼びだされたんじゃたまんねえよ」

 以前までも書類は書いていたし、鳳如にもチェックしてもらっていたのだが、間違いがあると呼ばれた程度だ。

 それがこうして厳しくなったのには理由があるのかと聞けば、特にないという。

 「なんかよ、わかんなくなっちまった」

 「ああ?分かんねえのはいつものこったろ」

 「まあな」

 そこへ、琉峯たちもやってきた。

 煙草を吸っている2人を見て、帝斗は琉峯にこんなことを言っていた。

 「いいか琉峯。あんな大人になっちゃダメだぞ」

 「・・・俺はもう大人ですが」

 「なんだお前ら、まだ起きてたのか」

 もうすっかり寝ていると思っていたが、琉峯も帝斗も、手には何か持っていた。

 それを鳳如に手渡しながら、欠伸をする。

 「なんだよ。お前が直せっていうから直してたんだろうが、なあ琉峯?」

 「一応書きなおしました」

 手渡された書類は、確かに綺麗に書きなおされており、間違いも無さそうだ。

 それを預かった鳳如は、ふっと笑った。

 ―まったく、真面目な奴らだよ。

 「それより、鳳如っていつから煙草吸ってるんだ?俺達と会った頃って吸ってたっけ?」 

 ぐいっと身体を前のめりにさせて、帝斗が聞いてきた。

 「まあ、ある程度はな。けど煙草持ち歩いてるわけじゃねえし、吸ってる奴がいたらもらってたくらいだな」

 「だよな。煙桜みたいにしょっちゅう吸ってるイメージないし。それに比べて、煙桜は肺がんになるぞ」

 「うるせえよ。肺がんになったらなったで良いんだよ。俺は死ぬまで酒も煙草も止めねぇって決めてんだ」

 「何だその決意」

 俺にも吸わせろと、帝斗が煙桜から一本煙草を貰って吸ってみたが、思い切り咽ていた。

 ゴホゴホと涙目になったかと思うと、吸い途中のその煙草を琉峯に預けてきた。

 どうすれば良いのか分からない琉峯は、とりあえずそれを預かったが、結局琉峯は吸わずに煙桜が持っている灰皿へと捨てさせてもらった。

 一気に顔色が悪くなっていた帝斗は、もう二度と煙草は吸わないと誓った。

 「俺わかった」

 「何がだ帝斗?」

 「煙草をずっと吸ってると、煙桜みたいになるんだなーって」

 「なんだそれ」

 「帝斗、お前しばくぞ」

 ふと、鳳如が隣を見てみると、琉峯がじーっと空を見ていた。

 「どうした琉峯」

 「・・・いえ、明日は晴れるのかな、と思いまして」

 「晴れそうか?」

 「・・・雨ですかね」

 晴れても雨でも、特別やることは変わらないのだが、個人的には雨が好きな琉峯。

 晴れの日はあまりに眩しすぎて、外に出るのが嫌になってしまう。

 すると、帝斗も空を見て、確かに雨になりそうだと言った。

 「まあ、最近晴ればっかりだったし、たまには雨でも悪くはねえな」

 「雨の日は湿気るからな」

 「え?煙桜が禿げる?」

 「帝斗、お前んとこの猫おろちの餌にしてやるからな」

 それを聞くと、帝斗は慌てて煙桜に土下座をして謝っていた。

 しばらくはそんな話をしていた4人は、時間になるとそれぞれ部屋に戻って行った。

 翌日、4人が起きると、何やら鼻にツーンとくるような、怪しい、怖い、おどろおどろしい、そんな臭いがした。

 何だろうと思ってみな調理場に向かうと、そこにはエプロンをつけてルンルンと鼻歌を唄っている麗翔がいた。

 麗翔の背中を見ながら、4人は顔を青くしていた。

 「何で麗翔が飯作ってんだ?」

 「この強烈な臭いは何から出てやがる?」

 「・・・うっ」

 「多分、琉峯が寝坊したから作ってあげよう、とかそんな感じだろうな」

 いつもは大体琉峯が作っている。

 なぜなら、それは美味しいから。

 しかし、麗翔が作る料理は料理とは呼び難い、なんというか、臓物が入っているのではないかと思うほどのものだ。

 換気扇を回しているのに、ここまでおかしな臭いがするとなると、相当なものだ。

 「あれ?」

 帝斗が気付くと、すでに煙桜はいなかった。

 あんなもの食べるくらいならと、きっとさっさと仕事に行ってしまったのだろう。

 「お?」

 ぐいっと引っ張られたかと思うと、帝斗の首に鳳如が腕を回していた。

 そして反対の腕は琉峯の首に回し、鳳如は少しだけ顔を引き攣らせながら、笑ってこう言った。

 「逃げるぞ」

 それから、料理を作り終えた麗翔が、みんなを起こしに部屋に行ったそうだが、誰一人として会えなかったとか。

 麗翔が作ったそれは、畑の肥やしになったとか、ならなかったとか・・・。



 それからすぐ、こんな札が調理室の前に立てられた。

 ―麗翔、入るべからず。


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