魔術の限界
「こんなところで座っていても休まらないよねん。背凭れすら窮屈に感じてしまうよねん」
「御曹司なんだろう? もっと派手でもよくないか」
「リルリッドの顔を汚すことは出来ないよねん。僕の行動のひとつひとつが、リルリッドを決めると言っても過言じゃないよねん」
「息子の育ち具合で家を見るのよ。生まれた瞬間から、その家を背負っているんだわ」
「肩身が狭いんだなあ。俺なら逃げてるな」
「リーさんの場合はもう一つ。リーさんが魔術師であることを公にするのは痛手になるのよ」
「傷が治せるんだぞ。何で痛手になっちまうんだ?」
「言ったでしょう? 魔術師は嫌われているって。そんな魔術師を息子に持っているとバレたら、リルリッドは転覆するわよ」
「それだけじゃないよねん。治癒なんていっても、全ての傷を治せるわけじゃない。病気には無力だしよねん」
「万能じゃないのか!?」
「治癒といっても、自然治癒力を促進させているに過ぎないよねん。自然に治る時間を早めているに過ぎないよねん」
「病気には無力ってのはマジ?」
「風邪を治すことはおろか、その症状を和らげることすら無理よねん。傷専門、それも軽傷のよねん」
「魔術師といっても人間だわね。どんなことにも限界があるわ。スラムでの惨状が表れよ」
「なんだよそれ! 医療系は全滅かよ」
「万能な世界なんて無いわ。異世界に理想を抱き過ぎだわね」
「夢くらい見させてくれよ」
「スラムについては認識しているよねん。アロポリアの慈善団体が名を挙げて動いているよねん。現状の回復に繋がってくれたらいいよねん」
「リルリッドは動かないのかよ」
「リルリッドにはリルリッドの役目があるよねん。出来ることがあるのなら、リルリッドも惜しまないだろうよねん」
「頼んだぞ御曹司。自慢の富と名声を活用してくれよ」
「分かったよねん」
ニッコリ右手を差し出したリーリッド。
その右手に右手で応えるハル。身分は違えど話に応じてくれたリーリッドに、少し親近感を感じた。
「それじゃあ……」
「待ってよねん、ルキルキ!」
「用は済みましたから。ワタシ達が長居するには場違いだわ」
「寂しいんだよねん!」
「また来るわよ」
部屋を出るのに扉を開けたルキ。しかし、そのルキの行く手を阻む者が立っていた。背丈はルキよりも低く、なによりも若かった。
「いらっしゃい。兄さんの我が儘に呆れた顔だね」
「ハッキリ言い過ぎだわ」
「兄さん? リーの弟か?」
「うん。ボクはラル」
「そっか。俺は祭囃子ハルだ、よろしくな」
「うん」
二人の間をすり抜けていくラル。小さな身体で本を抱えている。その本を渡されたリーリッドは困りだした。その困り顔を二人に向けてくる。
「助けてくれよねん~」
「どうした?」
「僕、工作は苦手よねん」
「工作?」
「うん。これを折りたいんだ」
ラルが持っていた本には、沢山の絵が描かれていた。それは説明書であった。折り紙の説明書だ。
「こんなもんがあったなんてなあ。鶴を折りたいのか?」
「うん。でも難しくて失敗してばっかりなんだ」
「それなら任せろって! 俺、折り紙なら自信あるからよ」
「折ってくれるの!?」
「おう! 折ってやるし、教えてやる」
「ありがとう!」
ハルの手を引っ張っていくラル。ぶっきらぼうな表情から一転、年相応の笑顔を浮かべていた。
「久々に見たよねん、ラルロアのあんな表情」
「兄弟仲良く歩くのはいいんじゃなくて? リルリッドにとってもプラスになるわよ」
閉まった扉を見つめながら、リーリッドのデスクの紙に手を伸ばしたルキ。しばらく帰れないと諦めたのだった。