治癒の魔術師
買った服に着替えたハル。着ていた服は袋に仕舞っている。服を変えただけで気分が変わる。なんだか背筋も不思議と伸びる。
「ラフだわね。パンツとワイシャツだなんて」
「ジャケットも考えたんだけどよ、よくよく思えば俺、ジャケットなんか着ないやってな。今ならこれで充分」
「そう。別に、キミが何を着ようと興味ないわね。裸でなければなんだっていいわよ」
「露出狂じゃねえよ!?」
「そう、ならば安心だわよ。これから向かう場所に裸で入ろうものなら、キミの人生は終わるわ」
「どこに行くんだよ?」
「アロポリアで一番高いビル。そこの最上階よ」
「ビル?」
「キミ、高いのは平気かしら?」
「平気平気」
※ ※ ※
「ルキルキ。用がある時は事前の連絡をと言ってあるよねん?」
「連絡するよりも、身体が勝手に動いたので」
「酷いよねん。ルキルキ、とんだ小悪魔よねん」
「あの……そろそろ失礼したいんですが」
「行かないでよねん! 僕は寂しいよねん!」
「せ、セクハラで訴えますよ!」
ルキの腕を掴んで離さない男性。背丈の中間まで伸びた金髪はキラキラと輝いており、中性的な顔立ちをしている為、女性と勘違いしてしまう者もいる。特等席に座ってはいるものの、威厳だとか覇気みたいなのは感じ取れない。
「そんなこと言わないでよねん!」
「リーさん! ワタシは女です! 充分にセクハラになります!」
「そんなものはポイッ! 僕を寂しくしないでよねん」
「リーさん!」
カードを取り出したルキは、リーの顔に目掛けて水を出した。リーの顔はずぶ濡れになり、キラキラしていた髪も台無しである。
「誰なんだよ?」
「これでも一応、アロポリアで一番の御曹司なのだけれど、こういう性格が難なのよ」
「御曹司! 金持ちかよ!」
「平たく言うとね。それだけに財力はあるし、事業は好調みたいだしね」
「何の事業?」
「知らないわ。教えてくれないし」
「ふーん」
そうこうしていると、すっかり水気を拭き取ったリーが戻ってきた。特等席に座るとハルを見る。見つめてくる。
「名前は?」
「ハルだ」
「僕はリー。リーリッド・リルリッドっていうよねん。長いからリーで」
「行きましょう、ハル。リーさん、それじゃあ……」
「待ってえー! ルキルキ! ハルハル!」
ガバッと首根っこを掴んできたリー。二人を絶対に帰すつもりはないらしい。その目を潤ませて訴えてきている。
「くるしぃ!」
「はっ、はなし……て!」
「帰っちゃ駄目だよねん、お分かり?」
黙って頷くしかなかった。リーの視線が怖かった。苦しみから解放され、どうしてここに来たのかをルキに尋ねたハル。リーの方へ向き直ったルキは、服装を正しながら静かに呟いた。
「あの人、治癒の魔術師なのよ。キミ、腕に傷があるのには気付いていて?」
「……あ、本当だ」
「やっぱり。おそらく、熊に負わされた傷でしょうね。治すことが一番だから来たのよ」
「治せるのかよ?」
「コソコソ何よねん。その傷治すよねん」
ハルに触れた手が光る。リーの温もりがハルに伝わる。傷口が綺麗に塞がる光景は、本当に不思議なものだった。