リンゴの優しさ
渡された路銀を数えながら歩く。なんとなく空腹を覚えたミントは、店先に並んだ惣菜に目を奪われていた。
「焼き鳥っぽいのが百か。こっちの相場が分からねえし、こっちの現金の価値も分からん。百ってんなら百円ってことか? だとすると高いって。アタシの近所じゃ五十円だ」
焼き鳥の横に視線を移す。蒸かしたジャガイモが並んでおり、その香りが鼻を誘う。
「ジャガイモかー。マヨでもバターでもいけるな。一個が八十かー。胃に溜まる方がいいよな」
「いらっしゃい!」
「ジャガイモ二つ。一個は塩、一個はバター」
「二つも食べるのか!?」
「十六歳の食べ盛りなんでね。はい、二つ分の代金」
「確かに頂戴した! ほれ、塩とバター」
「確かに!」
受け取ったジャガイモを頬張りながら歩いていく。他にも様々なお店が並んでおり、ミントはそれを見て楽しんでいく。
(商店街みたいな街だな。活気があるじゃねえか。アタシの街の商店街は廃れてらー)
食器が並ぶ店の前に来た。ハッキリ言って食器には興味がないミントは素通りしていく……つもりでいた。が、店番をしている人物を二度見してしまう。そして、その人物と目が合ってしまった。
「興味……ありますか?」
「全くだ。強いて言やあ、アンタに興味があんだけど」
「は……い?」
店番をしていたのは、ぬいぐるみを抱いた少女であった。前髪が目を覆ってしまっており、自他共に見え辛そうである。
「アンタの今の風貌じゃ駄目だな。気味悪くて近寄らねえ」
「アミは大丈夫。クーちゃんが一緒だから」
「ぬいぐるみに名前を付けてんのか。そいつは寂しいこって」
「アミは大丈夫。クーちゃんと一緒なら寂しくない」
「この店の店主は?」
「お出掛けしてる」
「ホントに?」
「本当だよ」
「フーン。アンタは強いみたいじゃん。そういうヤツは生き残れる」
「無理だよ。死火には逆らえないから」
「死火?」
「知らないの? 人間はね、怪我でも病気でも死なないの。死火で燃えないと死なないの」
「そいつは初耳だ。その死火ってのは、どうやって燃えるんだ?」
「分からないよ、いきなりだから」
「そいつは笑えねえ」
苦笑いを浮かべながら立ち去ろうとするミントだったが、ジャガイモの受け皿として一枚お皿を買うことにする。
「何でもいい。アンタが選んでくれ」
「アミが?」
「今の店番はアンタだろ。だったら、客の要望に応えるべきじゃねえか?」
「分かった」
アミがお皿を選んでいる間、近くの果物屋に向かう。口の中の水分を持っていかれた為、絞りたてのジュースを買いに行ったのだ。ジュースを買って戻ってくると、丁寧にお皿を包装をしていた。
「開けてからのお楽しみです」
「丁寧にどっも」
「えーと」
「幾らだ?」
「五百ガルです」
「これでいいか?」
(ガル、か)
「確かに受け取りました」
「アタシはな。これはアンタにやる」
アミにリンゴを差し出すミント。実は、ジュースを買ったついでに買っていたのである。個数は二個。
「アミにくれるの?」
「貴重な話が聞けたからね。その礼だ」
「優しいんだ」
「アタシが優しい? そいつは誤解だね」
「優しくないの?」
「甘いと優しいは違う。甘さの中にも厳しさがあるのが優しさってやつだ。アタシはアンタを厳しくしてねえ。だから誤解だ」
「やっぱり優しいよ、お姉さん」
「しゃーないねー。アンタがそう思うのは自由だし」
手を振って立ち去る。自分用に買ったリンゴをひとかじり。
(死火、か。なんだか物騒な世界みたいじゃねえか。それにしても、このリンゴは甘え)




