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血染めの芝生

 牙を剥き飛び掛かる番犬。訓練されている筈なのに、守るべき人間に噛み付いた。ハルも〝守るべき人間〟である。その人間に牙を向けてくる以上、反撃するしかなかった。


「どうしたってんだよ!?」


 短剣を散らつかせ意識を逸らす。そうして出来た隙を突き、おもいっきりタックルを喰らわせた。番犬は吹っ飛び、ハル自身も芝生に転がる。訓練された番犬の身体は硬く、普通の人間が襲われたら、一溜まりもない。タックルをしたハルの方がダメージが大きく、痛みで起き上がれずにいた。

 番犬が狙いを定めている。涎を垂らして走り出す。ハルから太陽を遮るように覆い被さり、鼻を近付けて匂いを嗅いでくる。


「離れろ! 俺を食ったって不味いぞ!」


 短剣を握り締めて突き刺す。番犬の身体から血が流れ出る。短剣を伝ってハルの手に。ハルの手は赤く染まり、服の上にも垂れてくる。それでも襲いくる番犬に再び突き刺す。痛みで怯んだところを突き飛ばし、倒れている番犬から短剣を引き抜いた。


「……ちくしょう……」


 この世界での人間の死は、死火によって燃やされる以外ない。たとえ首を咬まれようともだ。大量の血が芝生を染める。涙を流して横たわる門番。

 力なく立つことしか出来ないハルの耳に声が聞こえてくる。その声を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立つ。近付いてくる声の方を向く。苦労して倒した番犬とは別の番犬が近付いてくる。それも一匹ではない。


「冗談じゃない! 五匹も相手に出来るかよ!」


 短剣を構えるものの、五匹一斉に飛び掛かってきた為、全く対応が出来なかった。必死に払い除けようと身体を動かすが、完全に力負けしてしまう。服は破かれ、体重を掛けられて息苦しくなる。身体に痛みが走る。手を咬まれた痛みが走る。痛みで声を張り上げ、反射的に身体を動かした。びくともしなかった番犬達を退かすことは出来たが、短剣を持つ右手を咬まれた為、左手で持つしかなかった。ハルの利き手は右である。


「躾がなってない犬だな。番犬の肩書きが泣いてるぞ」


 右手から流れ出る自分の血を芝生に垂らす。芝生に出来たハルの血溜まりに、番犬達の気が向いた。そのうちに逃げ出そうとするが、犬の嗅覚と聴覚は鋭い。ハルの微かな動きに敏感に反応し、すぐさま追い掛けてきた。


「面倒だってんだよ!」


 追い掛けてきた一匹の気を短剣で気を引き、その一匹を踏み台に飛び上がると、懐中時計を別の一匹に叩き付けた。目の前で二匹が倒れたことに怯えたのか、残りの三匹は狼狽えている。


「ど、どんなもんだい!」


「大したものだ」


「!?」


 ハルが振り向くと、黒いローブを纏った人が立っていた。フードで顔を隠している為、素顔は分からない。


「もっと容易くいくかと思ったが、とんだ邪魔が入ったようだ。絶好の時なのだがな」


(黒いローブ……そうだ! ネネを痛め付けた奴等に手を貸していた奴だ!)


「お前は標的外だ。が、計画の邪魔をするというのなら容赦しない」


「何が目的だ?」


「魔術師を排除する」


「お前も魔術師の筈だ。おかしくないか」


「魔術師を排除する。変更はない」


「そうかよ……じゃあ邪魔するしかない!」


「やめておけ」


「そういうわけにはいかないんだよ!」


 刺しに動くと見せ掛けて短剣を投げ飛ばす。しかし、簡単にローブで防がれてしまい、接近されてしまった。


「度胸は認めよう。無謀は感心しないが」


 ハルの身体に拳が打ち込まれる。堪らずしゃがみ込んだところを膝蹴りされ吐血、後頭部を肘打ちされて気を失う。それでも攻撃は終わらない。芝生にハルの顔を幾度も叩き付けた挙げ句、トドメに蹴り飛ばした。


「呆気ない。威勢だけは上等だった。さて……」


 ハルの腹部が切られ、赤く染まる。傷こそ浅いものの、血の臭いに番犬達が近付いてくる。


「……それは食っていい」


※ ※ ※


「妙な気配がするせえ」


 食事中のシャリアの表情が強張る。隣に座るナナは、その変化に気付くと、食事をやめて立ち上がった。


「ナナ、どうしたの?」


「ハルはどこなんよ!」


「ハル? ボクは知らないよ」


「ナナちゃん。ハルがどうかしたのかしら?」


「シャリア姉の、妙な気配がするっていうのは一大事なんよ! 今回皆が呼ばれたことと関係があるんよ!」


「ナナの言う通りせえ。ワタクシのは当たるせえ。良くも悪くも」


「行くだけ行ってみようねん。ハルハルが心配だよねん」

 

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