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ハルの解答

 朝食を終えたハルは、休む間もなく駆り出された。立てるように、歩けるようになったとはいえ、右も左も分からない土地で、見ず知らずの母親からコキ使われるのは納得出来かねる。しかも、その内容というのも畑仕事だ。祖母の畑を手伝うよう言われたのだ。祖母と言われても、ハルにとっては実感がない。


「来たのかい」


「あ、ああうん」


「乗り気じゃないのは知っとるよ。若いもんはそんなもんだ」


「何をすれば?」


「畑を耕すのさ。何事も準備が大事だよ」


「はー。簡単に言ってくれる。充分な重労働じゃないか」


「年寄りの趣味だ。そんなに気負うこったない」


 畑を耕し始める二人。老体とはいえ、その流れるような身のこなしは目を見張るほどだ。綺麗に耕されていく土からは、土の匂いが香ってくる。都会に住んでいると忘れてしまいがちな香りは、今のハルには新鮮だった。土の感触が思いの外よく、無駄に足踏みをしてしまう。


「トロトロするでない。置いていってしまうぞい」


「随分と余裕じゃないかよ!」


(俺、必要だったか?)


 負けじと追い掛けるハルだったが、再び祖母の背中を見ることはなかった。ほぼ初めての畑仕事に筋肉痛になってしまうのだった。


※ ※ ※


 畑から帰ったハルは疲れて眠ってしまい、目を覚ましたのは昼過ぎだった。動いたことでお腹を空かせたからなのか、鼻に香ってくる匂いを瞬時に察知して起き上がる。


「一丁前に二度寝して。若いあんたがへばってどうするのよ」


「しょうがないだろう。慣れないことをしたんだから」


「口答えも一丁前に。随分な態度じゃないの」


「反抗期じゃないぞ」


「それは残念。いつでも挑まれる準備は整ってるよ」


「それは朗報だ。まあ先ずは腹拵えだけど」


「食欲も一丁前だこと」


 出されていた料理を食べていくハル。どれもこれも普通に美味しかったので拍子抜けしてしまう。何か食べれば分かるかと思っていたが、特に思い出したことはなかった。それどころか、ますます疑問が深まってしまう。


(……家の味じゃない……)


「そうだハル! ちょっと枝を拾ってきてよ。お風呂を沸かす為の薪が切れちゃったんだ。あんたじゃ薪割りは無理そうだから、今日は枝で我慢しよう」


「今時、薪風呂かよ!?」


「この街じゃ常識じゃない! 今更文句?」


「街というより村だけどよ」


「つべこべ言わない! ちょっと森に行くだけなんだから。若い内に歩いとかないと、歳を取った時に後悔するよ」


「へーい」


(とりあえず、何はともあれ一人になれる。一人になって考える時間が欲しい)


 昼食を食べ終え、森へ行く支度を済ませたハル。いざ行こうとした時、母親から刃物を渡された。護身用と言われ困惑しつつ、枝を入れる篭を背負って出発した。


※ ※ ※


 森には沢山の木の実がなっていたが、所々で食べられた形跡が見られ、ハルは嫌な予感をしていた。渡された刃物は短剣の為、正直心許ないのである。猛獣と遭遇すれば、早々に逃げるほかないだろう。


(何にも来んなよ! 枝を拾えば帰ってやるからよ!)


 足早になる。なってしまう。心臓の鼓動が早くなり、額には汗がジンワリと表れる。右手に握った短剣には力が入る。自然と震え始め、それを抑えようと更に力が入る。


(来んなよ! 来んなよ!!)


 一度は立ち止まったハルが、再び踏み出そうとしたその時、ハルが踏み切るよりも早く音が聞こえてきた。ポキッという軽い音からギシッという重い音に変わっていく。次第にそれは地鳴りとなって響いてきた。


(あ……あ……)


 背後に感じる気配。振り返るのを躊躇いながらも、早く逃げ出したいと思いながらも、その身体は動かないでいた。不随だった下半身のように動かない。恐怖という金縛りが、ハルを苦しめていた。


「ウウ!」


「ひぃっ!?」


 背後からの叫びに体勢を崩したハル。閉じていた瞼を開いた途端に映った生物に、ハルは死を覚悟し、ある解答に辿り着いた。


(ここはもしかして……異世界なのか!? 身体中に目がある熊なんて、見たことも聞いたこともないぞ!)


「ウウ!」


(それならば納得出来る、か。俺の下半身が動いたのも、そもそも生きている理由も。多分、俺は転生したんだ。全く知らない街も家族もそれで説明がつく)


「ウウ!」


(俺のこれまでの十六年の分、ここで俺は十六年過ごしてきたことになっているんだ。それ以外に説明つかないし、何も思いつかない!)


「ウウ!」


 熊の爪と短剣がぶつかり合う。キンッという金属がぶつかり合う音が鳴る時点で、熊の爪が普通でないことは明白であった。


「折角歩けるようになったんだ。もう死んでやんねー!」


 短剣を身構えるハルに対し、熊も仁王立ちで応える。その大きさは四メートルはあり、ハルを凌駕していた。

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