文豪令嬢
ソファーに腰掛け佇むシャリア。差し出された紅茶を優雅に一口運ぶ。毛先を遊んだ髪を触りながら、綺麗に塗られたネイルを眺めている。鼻歌までする程にリラックスしており、何度もリルリッド家を訪れているのが垣間見える。
「何の用だよねん?」
「フィアンセに会うのに理由が必要せえ?」
「来週絶対に顔を合わすのによねん」
「愛しの彼に会いたいという乙女心を理解せえ」
「僕は理解に苦しむよねん。色々と立て込んでいる時に」
「どうせパーティーのスピーチの予行だろうに。丸暗記で充分だろうに」
「僕が活字を苦手としているのを知っているよねん? 僕の邪魔をしているという自覚はないのよねん」
「どうせ無理だろうに。紙を持って披露せえ」
「兎に角、邪魔だよねん! 帰ってよねん!」
「折角の紅茶を残すのは無礼だろうに。ちゃんと飲み干すのが礼儀せえ」
スピーチの練習をするリーリッド、紅茶を飲むシャリア。自分の部屋に居るにも拘わらず落ち着かないリーリッドに対し、自分の部屋のように落ち着いているシャリア。カップ半分まで飲んだくらいで、まるで思い出したかのように喋り出したシャリア。靴を脱いでソファーに寝転がる。
「リルリッドは参加するせえ?」
「何がよねん?」
「オークションだろうに。聞いてないせえ?」
「初耳だよ。何が賭けられるよねん」
「アンオール・タワーせえ」
「国所有の筈だよねん」
「そのアンオールが手放すことが決まったせえ。半世紀前までは大きな財源だったけど、近頃は維持費が上回っているという話せえ。それならば民間に売ってしまおうという訳せえ」
「維持費が掛かるんじゃ……」
「只の観光名所のままならそうだせえ? けどそこに価値を付加すれば変わるだろうに」
「価値?」
「シャナーズ家ならば、あのタワーを生まれ変わらせることも出来るせえ。例えば……記念館とかせえ」
「シャナーズ記念館? シャナーズと言えば有名な小説一家だけど、祖父のロン様と御父上のユベル様のファンに受けるかどうか疑問だよねん」
「祖父様も父様も素晴らしい小説家せえ。あとは華があれば充分せえ」
「シャリア、まさか!?」
「そうせえ、このシャリア・シャナーズが華を添えれば完璧。シャナーズを愛でる者達の聖地にしてみせようせえ!」
一人盛り上がるシャリア。残った紅茶を飲み干すと、何事もなかったかのように去っていった。
それと入れ替わるように入ってきたラルロア。一冊の本を青ざめた顔で持ってきた。
「ラルロア?」
「……兄さん。これ、ボクには早かったよ」
タイトルを見ただけで背けるリーリッド。その本のタイトルは、〈愛とは素晴らしい〉である。ラルロアは愚か、人類が理解出来るのかも疑問な内容だ。その一文にはこうある。
『おはよう! 今日もお早いのね、愛しのチビ! いつもお出迎え感謝するわ! さぁ、遊んでらっしゃい!』
「どうして石に話し掛けているの? 川の石に、落ちていた石に話し掛けているの? 兄さん。ボク、分からない」
「ら、来週訊けばいいよねん」
著者名は、先ほどまで居た許嫁である。彼女の自信満々の発言を思い出し、リーリッドは溜め息を吐いた。
(シャリア・シャナーズ。彼女の書いた小説を読み切った者は伝説になれるらしいよねん)