始まりの死
よく晴れた空の下、元気いっぱいに駆け回る子供達がいる。春の陽気に誘われて寝ている老夫婦、ベビーカーを押して歩く夫婦もいる。多くの市民に愛されている公園。そんな公園に、車椅子で来た少年。駆け回る子供達を羨ましそうに見つめていた。
(気持ちいいだろうなあ。自由に走れて)
無意識に太股を拳で叩く。叩いてしまう。叩くしかない。悔しさを太股にぶつけてしまう。
(くっそ! 何で動かないんだよ! 何で! 何で! 何で! 何で、下半身不随なんてなっちまったんだ!)
立ち上がりたくとも上がれない。もう動かないと言われた下半身を睨み付ける。俯いたまま、悔し涙を流す。流してしまう。
「ごめんなさーい! ボール、お願いします!」
(ボール……)
子供達が蹴っていたボールが転がってきた。そのボールを拾い上げ、子供達に投げ渡す。受け取った子供はお礼を言って去っていく。走り去っていく。ボールも蹴られていく。
(ボールでさえ転がれるのに!)
公園を逃げるように立ち去る。立ち去ってしまう。自由に動かせる両腕を必死に動かす。歯を食い縛りながら。
どれくらいの距離を漕いだのか。腕が疲れて止まった場所は、今の自分となった原因の場所であった。少年は何度もこの場にやって来ていた。退院してからの日課になっていた。
(ドライバーがどうなろうが、この下半身が治ることはないんだ!)
道路に向かって漕いでいく。漕いでしまう。車が行き交うのも気にせず、無我夢中に飛び出した。
(ボールだって転がれる! それなのに!)
車椅子から降りた少年は、上半身で這っていく。それは正しい行動ではない。勇気でもない。少年の限界であった。
「うおおおお!!」
軽自動車に轢かれてしまう。轢いてしまったドライバーが降りてくる。白髪の似合うお婆さんだった。
「誰か! 誰か!」
助けを呼びながら、必死に少年に向かって叫ぶお婆さん。だがもう、その声が届くことはない。その亡骸は、苦痛から解放されたように穏やかな顔をしていた。
※ ※ ※
どこか心地のいい感触に身体を預けてしまう。何度も寝返りをしたくなる感触に、再び意識を持っていかれそうになる。
「ハル! 起きなさい、ハル!」
(は……る? 何だ一体?)
「もう朝よ! よい子は起きている時間」
(じか……ん? 何言って……)
ハルと呼ばれた少年は目を開ける。瞬きをする。暫くの沈黙ののち、ガバッと驚き起き上がった。見知らぬ部屋に見知らぬ寝間着。そして見知らぬ女性。その女性の声に起こされたのだ。
「さっさっ! 顔を洗ってきなさい。そんなだらしない顔で歩かせる訳にはいきません」
「何言って!?」
「つべこべ言わず行った行った!」
無理矢理ベッドから転がされたハルは、多少の痛みを覚えながら立ち上がる。それは当然の動きであるが、ハルにとっては別であった。
(た……立てる!? ど、どうして!?)
混乱しながら歩いていく。知らない筈なのに、身体は勝手に動いていく。顔を水で洗っていく。その冷たさに目が覚める。そうして冷静さを取り戻していく。
「冷たい……水が冷たい。いや、それ以前の話だ。俺、あの時死んだよな? 道路に飛び出して死んだよな!」
頬をつねって再確認。壁を蹴って再確認。死んだら感じない痛み、二度と動かないと思った下半身。信じられない現実を再確認したハルは、大声を上げて嬉しさを爆発させた。
「何でか分からないけど、俺は見放されてなんかなかった! さーて、そうと決まれば帰るとするか」
意気揚々と外に出たハルだったが、そこに広がっていたのは見知らぬ街並みだった。そこにはビルも無く、車やバイクも走っていない。道路と呼べる道すらも。そこに広がるのは、木で造られた平屋に似た家に、どこまでも広がっているかのような畑の数々。ド田舎という言葉が似合う有り様である。
「ハル。まだ朝ごはんを食べてないよ!」
「……ここはどこ? ……」
「はあ? 生まれ育った故郷を目の当たりにしてどうしたのよ。ファルインよ、ファルイン。寝惚けも大概にしなさいよ。母さん、そうそう付き合ってられないよ」
「母さん!?」
「今更ながらの反抗期なわけ? いつでも受けて立とうじゃない」
「違う!」
「そう。ならちゃっちゃと食べちゃいな」
(違う! あの人は母さんじゃない。それにファルインなんて街、行ったことも聞いたこともない!)
立って歩けるという喜びも束の間、ハルの頭は混乱していた。夢ではない現実の、現実離れした現実に。