反時計回りに「6」をさしている
賑やかなファースト店を出ると、明るかったはずの外の景色が夕日に染まっていた。
季節は秋。もう日が落ちるのも早い。
オレンジ色に染まった帰路を歩いていると、不意に涙がこぼれた。
悲しいわけじゃない。
嬉しいんだ。
いつも私のことを一番に考えてくれたお姉ちゃんが、幸せそうなのが。
私とお姉ちゃんには、血の繋がりがない。
それは、私たちの親が、お互いに連れ子同士の結婚だったから。
二人が結婚したのは、私が小学校に上がる前。
私はお母さんが死んでしまったことが悲しくて。
それなのに、新しいお母さんが来るなんてーーーーお父さんがお母さんのことを忘れてしまうように感じて、新しいお母さんに反抗ばっかりしていた。
それはもちろん、お母さんの連れこであるお姉ちゃんにも。
いつも、お姉ちゃんのことを無視したり、時にはものを隠したり、お姉ちゃんのふりをして新しいお母さんのものを壊して、お姉ちゃんが叱られるようにいたずらしたりしていた。
そうすれば、お姉ちゃんが私のことを嫌いになって、お姉ちゃんがお母さんと一緒に出て行ってくれると思ったから。
それが間違いだって、気がついたのは、いつのことだったか。
その日。
今日は新しいお母さんとお姉ちゃんが私を迎えに来る日。
いつもは、仕事帰りのお父さんが迎えに来てくれるのに、お仕事の都合がつかないからって二人が迎えに来るらしい。
私はそれが大っ嫌いだった。
本当のお父さんと二人っきりで過ごせる唯一の時間。家に帰れば、知らない他人も同然の二人組がいるんだから。
でも最近のお父さんは、新しいお母さんとお姉ちゃんと仲良くするようにってばかり言う。
そんなの、私はいやなのに・・・・・。
だから、いつも帰りは、迎えに来ても見つからないように、保育園の一番奥にある砂場で遊ぶようにしていた。
そこにいたら、家に帰るのが少し遅くなるから。
私だって、本当はこんな砂場にひとりでいるんじゃなくて、友達のゆうちゃんと、みかちゃんと遊んでたいのに。
それもこれも、お父さんが新しいお母さんなんて連れてきたからだ。
「あー、ほしのっ、これはおれのものだぞ!」
突然、使っていたスコップが、奪い取られた。
あまりにも、勢いよく奪われたものだから、砂が顔にかかった。
「っ!」
キッ、とにらみつけると、そこには保育園のガキ大将がいた。
最近、よくちょっかいをかけてくる。
みんなと一緒にいる間はたいしたことが出来ないせいか、こうしてひとりでいる時間を狙ってきたのだろう。
周りに取り巻きを三名つれている。
どこかへ行こうとして、腕を捕まれた。
「・・・・・はなしてっ!」
そのまま、砂場に押し倒され、尻餅をついた。
・・・・・痛い。
「これはおれのものだぞ! ほしののドロボー!」
「「「「ドロボー、ドロボー、ドロボー!」」」」
ガキ大将の周りにいた三名が、囃し立てる。
「ドロボーじゃないもん!!!」
私は、そのまま近くにいた取り巻きの一人を砂場に押し倒してめちゃくちゃに掴みかかった。
それから後のことは、よく覚えていない。
気がつくと、私が掴みかかった男の子は大泣きして、保育園は騒ぎになって。
迎えに来たお父さんが。
私のことを、なんともいえないーーーーがっかりしたような顔で。
その時のことは、全面的に私が悪かった事になっていた。
私がガキ大将のスコップを盗んだ。
ガキ大将と取り巻きが私のことを囃し立てた事は、きれいに覆い隠されていた。
ガキ大将のスコップを使っていた事は事実だが、それは元々砂場に忘れてあったものだ。
「どうしてそんなことをしたんだ」という、自分のことを信じてくれないお父さんの言葉が悲しくて、私はそのことを言わなかった。
「ほしのちゃん、前はこんな事する子じゃなかったのにね・・・やっぱりお父さんの再婚が原因かしら?」という保育士の言葉がきっかけとなり、その出来事は終わった。
それ以来、私は両親の再婚が原因で荒れている危険な子供という烙印が押され、友達がいなくなっていった。
また、そのことが原因でお父さんもお母さんも、私のことを腫れ物に扱うかのようになり、私は家庭でも、保育園でも徐々に孤立していった。
「かえして!」
「やーだねっ、これはおれのものだぞ!」
「・・・・たろうくんのものじゃないでしょっ、かえして!」
「おっ、またなぐるのか!」
「ほしのは、きょーぼーだからな!」
「かえしてよ、これはわたしのものなの!!」
だって、そのオモチャには私の名前が書いてあるんだから!
あれ以来、友達が少なくなった私は、こうしてガキ大将と男子に絡まれていた。
前まで助けてくれた友達は、遠巻きに私のことを見るだけ。
そして、騒ぎを聞きつけた保育園の先生は事情も聞かずに、私のことを叱った。
それを見たガキ大将とその取り巻きは、先生の誤解をいいことに私のことをなぐったり、蹴ったりするようになった。
それを私が嫌がれば、今度は大げさに倒れて「星乃に突き飛ばされた」と言う。そして私は先生に叱られて、それを見てガキ大将はにやにやと笑う。
そして、保育園の先生はお父さんにそのことを相談したらしく、私のことを以前よりもっと腫れ物を扱うように接するようになった。悪循環だった。
誰も、気づいてくれない・・・・。
なんで、私ばっかりっ!!
それもこれも、全部新しいお母さんが、来たせいだ。
「ほしの!」
お姉ちゃんが、今日も私を呼ぶ。
「ほしの、今日は一緒に絵を描こう?」
保育園の年長さんにいるお姉ちゃんは、こうやって私のことを訪ねてくる。
この新しいお姉ちゃんがいるときだけ、ガキ大将とその取り巻きは近づいてこない。
本当は、お姉ちゃんと一緒に遊ぶのはいやだけど、背に腹は代えられない・・・・・でも、嫌だ。
びぃっ、と。
わざと、クレヨンでお姉ちゃんの服を汚した。
これは、昨日のお姉ちゃんの誕生日、お父さんが買ってきた新しいお洋服だ。
お姉ちゃんは、この服をずっと欲しがってた。アニメのキャラクターのお洋服。
「あ・・・・・っ」
無残にも、青いクレヨンで真っ二つにされた笑顔のキャラクター。
「・・・・・・・・・」
泣くかな、と思った。今にも泣きそうだ。
「・・・・・・」
お姉ちゃんは、私の顔を見て、何も言わなかった。わざとだって、絶対に気づいてる。
「あっ、ほしの、これはチューリップかな?上手だねー」
何も見なかったふりをして、私の絵を褒めた。
どうして?
どうして、私のこと、怒らないの?
普段、ガキ大将やその取り巻きにやられていることよりも確実に悪意があったのに・・・・。
その日。
お姉ちゃんはお母さんに叱られていた。パアンッという痛そうな平手打ちの音。
「どうして、秋彦さんからのプレゼントをこんなにして帰ってくるの!?あんたも私の結婚が嫌なわけ?はぁ、こんなお荷物、あの人に引き取ってもらえれば良かったのに。あの子といい、あんたといい、邪魔なのよね!」
お姉ちゃんは、頬を押さえて尻餅をつく。本当だったら、そこに私がいたはずだ。
それなのに、お姉ちゃんは一切私のことを言わなかった。
私のことを言ったら、お姉ちゃんは叩かれる事もなかったはずなのに。
新しいお母さんは、私には向けない怖い顔でお姉ちゃんのことを怒鳴り散らすと、私に気づいて気まずそうにどこかに行った。
「ほしの、今日は何して遊ぼうか?」
次の日も、お姉ちゃんは私のところに来た。昨日の事なんてなかったみたいに。
結局、あのお洋服は汚れが落ちなくて、捨てることになったみたいだ。
謝ろう。そう思っていたのに。
「すなば・・・」
出てきたのは、小さな声だけだった。
「分かった!いこう?」
お姉ちゃんは、嬉しそうに私の手を引いて。いつも通りに大げさに私のことを褒めた。
今まで、お姉ちゃんは新しいお母さんに言われて、私に気に入られようとしてるんだって思ってた。
その日から、何かが変わった。
毎日、お姉ちゃんはここに来て私と遊んでくれた。
いつのまにか、ガキ大将は私に近づかなくなって、私は以前の友達と一緒に遊ぶようになっていた。
ーーーーーそして。
「ゆうなぎ、お姉ちゃん・・・あのね、おようふくのこと、ごめんなさい・・・」
一生懸命書いた、お姉ちゃんの大好きなアニメのキャラクターの絵。
「・・・・!」
お姉ちゃんは、一瞬、驚いた顔をして、笑った。
「ありがとう」
そして「大切にするね」と言って、私の絵を受け取った。
私とお姉ちゃんが一緒にいるようになって、私はお姉ちゃんがお母さんに嫌われていることを知った。
時折、私には向けない目をお姉ちゃんに向ける。
お姉ちゃんの分だけ、おやつがないこともあった。無意味に、殴られているときもあった。
今になって考えると、私が新しいお母さんに懐かないから、その事をお姉ちゃんに当たり散らしていたんだと思う。
そのことに全然気がつかなかった。
それなのに、いつもお姉ちゃんは、私の事を守ってくれた。
私の事を、憎んでも良かったのに。
だから、私は決めたんだ。
お姉ちゃんが私を助けて、守ってくれたように、次は私がお姉ちゃんの事、守るって。
それなのに、お姉ちゃんは、高校生になった今でも私のことばっかり考えている。
私が部活に専念できるように、家事を一手に引き受けたりして。
だから、心配だった。
あんなに素敵なお姉ちゃんが、彼氏もいないで、デートもしたことがないって事が。
でも。
だからって。
その相手が誰でもいいって訳じゃない。
「もし変な相手だったら、絶対に別れさせてやるっ!」って思っていたけれど、今日のお姉ちゃんの顔を見たら、大丈夫そうだった。
あんなに、楽しそうなお姉ちゃんは見たことがない。
だから・・・・・根掘り葉掘り相手のことを調べてやろうって思ったけれど。
やめた。
相手がどこの誰だろうと・・・お姉ちゃんが幸せなら、それでいい。
その人のことを知らなくてもいい。
そう思えたから。
でも、でもね。だからといって。
「私」のお姉ちゃんは「まだ」譲らないんだから・・・・っ。
お姉ちゃんは、私が守る。
今日の所は、一時撤退なだけなんだから!