時計の針は「12」をさしている
香月星乃。
この名前から分かるように、私の妹は美少女さんだ。
綺麗な黒髪と、形のいい眉、大きな瞳、可愛い鼻、桜色の唇。
美人というよりも可愛いという言葉が似合う美少女さん。
対する私は平凡、地味。
実は・・・・なんて展開はない。
「妹と違って姉の方はそうでもないね」とか「妹と似てないね」なんてよく言われる。
当たり前よ!私と妹が似てなくてよかったわ!
私の妹は可愛いの!その感情を他人と共有出来るなんて嬉しいわっ!!
私と似てたら、そんな事出来ないだろうし。
もちろん、妹が美少女さんであろうとなかろうと、私にとって妹は可愛くて愛しい存在だ。
そんな妹・星乃は、よく病院に来る。
というか、私がいるからだ。
「お姉ちゃんー!」
「ねぇ、いつ退院出来るの?」と、私は聞かない。
妹は、来た瞬間にまくしたてる。
「先生が言ってたんだけど、明日も検査でねっ、まだ病院にいなくちゃいけないんだって!もう、長いよねーっ!ほらっ、なんとかスキャンって予約がたくさん入ってるんだってー困っちゃうよねーあはは」
その妹の言うなんとかスキャンはもうとっくの昔に終わってるし、いくら検査といっても一ヶ月以上も続かないでしょ、とは思うのだが。
「CTスキャンね」
一向に覚える気無いだろうが、訂正しておく。
「そうそう・・・・そうだっけ?他にもなかった?こう覚えられない難しい、なん、何スキャン・・・だっけ?」
妹の台詞は日を追うごとに長くなっていくし、言い訳めいてるし、嘘くさいし。グダグダだし。
そんでもって最後は目が泳いでるし。
・・・・・何となく。予感めいたものはあった。
ただ、早いな。とは思う。
身体の調子が、悪い。
悪いというか、思い通りに動かないというか。
何となく、ベットから起き上がるのも億劫になってきて、そのまま一日中ベットの上で過ごすことが多くなった。
怖い。ふとした瞬間に気づいてしまうことが。
最近では、トイレに行くだけでも、よく転ぶ。
自分の身体のはずなのに、思い通りに動いてくれない時がある。
ーーーー気づいているのに、気付きたくない。
ふとした拍子に妹が泣きそうな顔になっている事とか。
身体の調子が悪い時は、自分の考えている事すら、分からなくなっていく。
思考が、全然自分の思った通りに行かない。
・・・もう、全然彼には会っていない。
会いたくない訳じゃない、ただ真実を知るのが怖い。確かめてしまう事が、怖い。
もしかしたら、彼は私がこうなる事をーーーーー考えたくない。
そう考えることで、考えた事が本当になりそうで、怖い。
彼は、今私がこうして病院にいることを知らない。
知らせたくない、という気持ちがない訳じゃない。
ただ、単純に彼の連絡先を知らなかったから。
いつも私が学校終わった後には、どこからともなく待ち合わせをしてずっと喋っていたのに。
喋って、た?
ーーーーーーーーー夕凪さん、今日はどんな風に過ごしてました?
学校からの帰り道。
いつの間にか、ひょっこり現れる彼。
少し前までは文字通り突然現れる彼に、心臓が止まりそうなほどびっくりしてした。
そして・・・・疑問に思った。
・・・・・もしかして。私を待っている間は不審者になっている・・・・・のかな?
「いつも、隠れてるんですか?」
「夕凪さんのびっくりした顔が見たくて」
不安は的中した。
「はいっ?」
それ、本当ですか?
本当に、それだけの為に、毎日毎回花壇とかの物陰に大の男が隠れてるんですか?
イケメンだから通報免れてますけど、普通の人がやったら・・・・
「馬鹿!」
そんな事やらないで下さいっ!
檻の中に入った彼の姿を想像してしまった。
はっ、と陽太郎は何かに気づいた顔をして。
「その顔も、可愛い」
「か、かわいっ?」
予想外の台詞。
「・・・ば、ばばばばばば馬鹿ぁっ!!何考えてるんですかっ!!~~~~~~~~っ!!」
最後の、台詞である「へ、変態」とは流石に口に出せず。
ここは真っ昼間の住宅街で通学路。私は世間体を気にするのだ。
「~~~~~~~~~っ」
結局口に出せない言葉が、
「夕凪さん、真っ赤なりんごみたいになってます、おいしそうですね」
くすくすくす、口元を押さえて笑うイケメン教師。
対する私は、頭から湯気が出てる。
こここここ、こんの、変態っ!
今にも叫びだしそうになるのを押さえ、反対側を向く。
今、そっち側を向いたら、どうしていいのか分からなくなる。
これだから、イケメンは嫌いなんだっ!
何しても絵になるんだから!
「・・・・・・夕凪さん?」
うっ、そんな声を出されたら。
違う、違う。
違う事を考えるんだ。
・・・・・・私をつぶらな瞳で見上げてくる子犬、とか・・・・?
「・・・夕凪さん?」
そうそう、こんな風に、って、ちがーーーう!!
もうやめて下さいっ、と振り向いたら。
ちゅっと、おでこに柔らかい感触。
彼の顔が、離れていった。
「・・・・・・・」
いま、なに、が・・・・・?
時が止まった。
「夕凪さんがあまりにも可愛くて」
「・・・・・・・・・・・・・・」
フリーズ。
ここは、住宅街で、通学路。
学校が終わって、家に帰る途中の時間で。
まだ少し早い時間だから、太陽は傾いてなくて。
そんな真っ昼間と変わらない時間に。
今の・・・・・
「えっ、夕凪さんっ!?・・・・・早いですっ、もう少しゆっくり、お願いします!!」
スタスタスタ・・・・
自分の足が、びっくりするほど早く動いてくれる。
馬鹿っ!変態!
誰かに見られてたら、どうするんだ。
それに、誰かに見られていたとしても恥ずかしすぎて何もできないし。
明日から、どんな顔して学校に行けばいいのっ!
と言うのを、家に帰って。家のドアを閉めてから。
ーーーー妹が帰ってくるまで説教したのだが。
あまりにも、幸せそうに「可愛い、可愛い」って言うものだから、心が折れた。
もういいよ。
また、別の日には。
ーーーーー夕凪さんの好きなものはなんですか?
好きなもの・・・・?
特にないかも。
子供の時から大事にしている物とかはあるけれど、そういうのもなんだかこの質問の意図とは違う気がするし。
「特に、ない」
ああ、私ってばつまらない人間なのかも。そっけない物言いになってしまった。
こんな人間、どうして好きになったんだろうとか、失望されてしまうかも。
「・・・・・・」
「・・・・じゃあ、すきな、人とか」
うっ、そういう事か。
ちらり。心なしか、少し顔が赤い。
・・・・・あなたが照れてどうするんだ。
少しの不安が、ほっとなくなった。
・・・・・すこし、悪戯心がわいた。
「妹よ」
「・・・・・妹さん?」
「そう、妹の星乃。私より4つ下で、今中学生にあがったばかりで、それで中学校のミスコンテストで優勝するほど可愛くて、それで料理も出来るし、まだ中学生一年生なのにしっかりしてるし、お手伝いもしっかりしてるし、最近なんか席次が・・・」
話している間に、妹への愛が抑えられなくなってきた。
だから、気づかなかった。
ずっと、私だけが喋っていた事に。
ふと我にかえり
「よ、陽太郎の、好きな事は?」
「夕凪、可愛い」
「馬鹿っ!!」
不意打ちは卑怯だって、今はその話をしているんじゃない!
気を取り直して。
「他には何が好きなんですか?」
「可愛い」
「もういい、別の話をしよう」
そうして、別の話をした。
次の日も、また次の日も。
今から思い返せば、うまくかわされている。
自分だけたくさん喋って、彼の事は全然知らない。
彼はたぶん、私の事をなんでも知っているのだろう。
もしかしたら、なんだって知っているのかもしれない。
私自身が知らない、私自身の事だって、知ってるのかもしれない。
「・・・・・お姉ちゃん?眠いの?」
側で花瓶の花をいじっている妹の声がした。
「・・・・・・」
うん、眠い、かも。
何かに引きづられてるみたいに、意識が遠くなる。
ああ、眠いなーーーー。
それで、気づいた。
ーーーーー私、彼のこと、何も知らない。