妖精さん
同じクラスの俊也君は、私のお母さんの友達の子供です。だから私は俊也君と別に仲良くは無いけど、たまに晩御飯を一緒に食べたりします。でも、一緒に遊ぶほど仲良くはありません。
俊也君は学校ではあまり友達が多くありません。だから俊也君のお母さんはいつも、私に俊也君の面倒を見てくれと言ってきます。でも、私は正直俊也君の事が苦手です。
「ねえねえ、俊也君また一人で喋ってるよ?」
「ちょっと止めなって……係わるとろくな事無いわよ?」
同じクラスの女子が話している声が聞こえてきました。俊也君は私だけでなく、他の皆からもあまり好かれてはいませんでした。
「おい俊也!お前今日宿題やって来たか!?」
「……」
「無視すんなよ!」
男子は俊也君をいじめて遊ぶのが日課になっています。でも、俊也君はいつも笑っていました。
「なにニヤニヤしてんだよ!おい!」
「妖精さんが……」
「はぁ?なんて?」
妖精さん?確かに私にはそう聞こえました。なんのことだろう……。
「ドッジ行こうぜ!今日は負けないからな!」
「お!待てよ!」
男子が去った後も、俊也君は一人机に座ってブツブツなにか喋っていました。
お昼休み、私は今日教室の掃除当番の日です。四人で一組、私の班は仲良しの日和ちゃんと、いつも俊也君を虐めている彰君、そして俊也君と私の四人です。
今日は彰君が掃除をサボって遊びに行ってしまったので、三人で掃除をしていました。今は日和ちゃんがゴミ捨てに行ってしまったので、俊也君と教室で二人きりです。
「……」
俊也君はずっと掃除道具入れに向かって喋っています。私は少し気になって聞いてみました。
「俊也君……誰かと話してるの?」
「……特別に教えてあげる」
俊也君がまともに話を返してくれるのは珍しいです。いつもはワザと聞こえないぐらいの声で話すからです。
「妖精さんと話してるんだ」
「そうなんだ……」
そう言った俊也君の顔は凄く真面目で、いつもヘラヘラ笑っている俊也君じゃ無いみたいでした。嘘をついている様にも見えないし、私は少し怖くなってそれ以上なにも聞きませんでした。
「おい俊也!お前なんで掃除道具入れに喋りかけてんだよ!」
「……」
あれから数日。クラスの男子が俊也君の秘密を知ってしまったようです。放課後に掃除道具入れに喋りかけている俊也君を見た子がいたみたいです。
「妖精さん……」
「はぁ?なに言ってんの?妖精?」
「こいつ頭おかしいんじゃないの!?キャッハッハ!」
私も同じことを考えたから、あんまり言えませんが、あれはちょっと酷いと思いました。
「お前この中に妖精がいると思ってるの!?マジで!?」
「じゃあ妖精さんに来てもらいましょう!どうぞおおお!」
男子がふざけて道具入れを開けましたが、中にはやっぱりなにもいません。当たり前です、毎日掃除の時間に開けるんですから。
「ほら!いるんだろ!?話しかけろよ!」
「……今はいない」
「いるよ!ほら!入れ!」
その後俊也君は、道具入れに入れられてしばらく出して貰えませんでした。
それからクラスの中で、俊也君の前で掃除道具入れを開ける遊びが流行りました。俊也君を連れて来て、目の前で掃除道具入れを開けて妖精がいない事を馬鹿にするのです。
それでも俊也君はいつも、今は駄目とだけ言って相手にしません。ただずっと笑っています。閉じ込められても、外からバンバン叩かれても、出てくるとニコニコ笑っています。
「ねえ、俊也君……大丈夫?先生に言ってあげようか?」
放課後、相変わらず掃除道具入れに向かって話す俊也君を見て、私は心配になって言いました。でも……。
「僕には妖精さんがいるから大丈夫」
それでも俊也君は笑っています。それどころか私に、よく分からないことを言ってきました。
「妖精さん……紹介してあげる……」
「え?い、いいよ……私は別に……」
「特別だよ?」
俊也君は掃除道具入れに向かってなにかブツブツと喋ると、後ろを向いてニコッと笑いました。
「これで君も友達だって……」
私はなんだか気味が悪くなってその場から走って逃げました。それからです、私が変な声を聴くようになったのは。
授業中、給食の時間、休み時間。時折聞こえるはずの無い声が聞こえてきます。誰かの笑い声、俊也君みたいに小さい声で独り言を言っているような声。それは全部、掃除道具入れから聞こえてくるのです。私の席は掃除道具入れのすぐ前、だから余計に気になってしまいます。
「おい俊也!今日も妖精さんはここにいるのか!?」
「今は駄目……」
「駄目じゃねえよ!妖精さんが会いたいってよ!ほら!」
今日もまた男子が俊也君を掃除道具入れに閉じ込めました。実は私は今、掃除道具入れが開けられる度にちょっとだけ怖い思いをします。だって中に、なにかいるから……。
「……」
授業中、後ろから小さな声でなにかを言っているのが聞こえます。聞きたくないから耳を塞いでいたら、隣の席の男子に妖精さんの声が聞こえるのかって馬鹿にされました。私は恥ずかしくなって耳を塞ぐのを止めました。
でもそうしたらずっと聞こえてきます。後ろから見られているような気がします。私を見て笑っているのです。
その時俊也君を見ると、なぜか声と同じように笑っていました。先生が黒板に文字を書いているのに、それを見ることも無く、掃除道具入れを真直ぐに見て、笑っていました。
「こいつも妖精さんの声が聞こえるらしいぞお!」
「うっそ!マジで!?」
「ち!違うよ!聞こえる訳ないじゃない!」
なぜか私までからかわれるようになりました。私は俊也君と仲がいいから、仲間なんだそうです。私は嫌になって皆に言いました。
「私は俊也君なんて嫌いだもん!妖精さんなんかいないよ!気持ち悪い!」
虐められたくなかった。でも、酷いことを言ったと思いました。だからその日、私はちゃんと俊也君に謝りました。
「ごめんね?俊也君……あんなこと言って……でも……」
俊也君だって悪いんです。妖精さんとか言って、皆に気味悪がられているから。だから私も仲間にされて、馬鹿にされるんです。
「いいよ、妖精さんがいるから」
でも、俊也君は分かってくれませんでした。ずっと笑っているだけです。
何日経っても声は聞こえてきます。怖くなってお母さんに相談したら、それは幻聴って言うらしいです。聞こえないはずの声とかが聞こえる事もあるけど、それは気のせいなんです。俊也君もきっとそうで、私もそうなんです。
「ねえ、俊也君……」
私は放課後、俊也君がいつもの様に、掃除道具入れの前で喋っている時に話しかけました。
「妖精さんなんていないんだよ?」
私がそう言うと、俊也君は目を見開いて凄く驚いていました。笑ってない俊也君は珍しいです。
「いるよ?妖精さん、いるよ?だって君も聞こえるでしょ?」
俊也君が私に詰め寄ります。私は掃除道具入れを背に、追いつめられました。背中に掃除道具入れが当たっています。いつもよりもっと違い距離、そしてやっぱり中からはなにか聞こえてくるのです。
「く……せ……ろ」
いつもよりしっかり聞こえるその声は、確かになにかを伝えようとしています。私は凄く怖かったけど、このままじゃ俊也君がずっと虐められると思ったから、勇気を振り絞りました。
「これは幻聴なんだよ!?気のせいなの!この中にはなにもいないんでしょ!?」
私が振り向いて掃除道具入れを開けようとすると、俊也君が焦って言いました。
「い!今は駄目!」
いつもそうです。開けられそうになったら、今は駄目って言います。今は中にはいないからって。
「中にはなにもいないんだよ!」
私はそう言って扉を開けました。
「駄目……今は……中にいるから……」
「食わせろ……食わせろ……」
中は真っ暗で……あれ?これは……口?
「聞いた?隣のクラスの女子死んじゃったんだって……」
「知ってる!今日お通夜なんでしょ!?」
「なんで死んだの?」
「教室で倒れてたんだって……」
「こわあああい!」