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異世界で旅館経営します!  作者: 秋沢タカシ
序章1 心の迷宮編
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8

暗闇の中に2人の女性がいた。


目の前には夕飯と言えるが言えない。そんな食べ物が置いてある。レトルトに冷凍食品。出来立てとは訳が違い、湯気も立たずに濃い匂いだけを辺りに放出する。


口に一口も入れず、ただそこにあるだけ。食べて欲しいと言わんばかりに香りを撒き散らす。


「ねえ、お母さん。何か食べないと体に悪いよ。」


最初に口を開いたのは私であった。

椅子に座り俯いている母。涙を出し尽くし、いつもより痩せ細った様に見える。唇は綺麗な赤色から、青が混じり紫色に変色している。

目元には隈。髪の毛はバサバサになり、まるで幽霊だ。


「私はいいわ。舞子、明日早いんでしょ・・・?それ食べて早く寝なさい。」


冷たい声。温かみが一切感じられない。



私は目の前に置いてあった冷凍スペゲッティーに手を付けた。トマトベースの甘い汁が麺と交ざり、とても美味しい。


このスパゲッティーを用意して1時間は経っているだろう。

温かくも無く、ただ冷たい。レンジで温める前の様。そんな物を美味しいと感じれる私はどうかしてしまっているのか。

冷たい料理を電気をつけていない真っ暗な闇の中で食べているのに。美味しいと感じてしまう。


私は壊れているのだろうか。

お腹の辺りからグーグーと空腹感から出る効果音を聞きながら、箸も使わずに目の前の冷えた料理にがっつく。


何度も喉に詰りそうになりながらも、カラカラになった喉に食べ物を放りこみ続けた。

息が苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。


「はあ。はぁ。はぁ」



水分という水分を体中から出しつくした今。水が欲しいはずなのに水を飲みたくない。

泣くという行為が嫌だから。

目の前でミイラの様に動かない母をこれ以上苦しませない為にも、私は気丈に振舞わなければならない。泣いてはならないのだ。



明日のためにも体力をつけて、頑張らなくては。

だから・・・・。



「う・・・。」


料理を口に放りこんでいた私に突如、何とも言えぬ異様な気分の悪さが襲う。

座っていた椅子から立ち上がり、急いである場所へと向かった。


汚れた手で電気ON・OFFスイッチに触れて扉を開け放つ。閉まっていたフタを豪快に開けて、口を突き出す。

次の瞬間。



「ゲホッ。ゲホッ。おぇぇぇぇ。」


胸が焼けるように熱くなり、さきほど胃に蓄えていたはずの物が一気に口から流れ出す。

眼からは苦しみからの涙がポロポロ落ち、鼻には胃液とさきほどの食べ物の匂いが一挙に押し寄せ、地獄絵図だ。


「はぁ。はぁ。う・・・。」


口から唾が、鼻からは鼻水。喉は悲鳴を。


「最悪だ・・・。」


着ていた制服で口元を綺麗に拭き取る。

シワシワになったカッターシャツには薄いオレンジ色が付き、凄まじい激臭が残る。



トイレの洗い場で一度手を洗い、綺麗になったのを確認して、便座を閉めて、水流しを行う。勢いの良い流音を立て先ほどの異物を一掃。最後に取り付けてあるタオルで手と顔を拭き、トイレを後にする。


真っ暗な廊下の電気を点けて、そのままお風呂場へと向かった。



不潔感が顕著に現れている衣服を脱ぎ捨てて、大きめのタオルを手に持ち風呂場に入る。

浴槽を見ると、昨日の湯が残っている。一日経った浴槽を傍目に目の前の小さい椅子に座る。


電源ボタンを先に押して、湯の温度を42℃に設定し、シャワーから温かい湯が出るのを待ちながら、設置されていた鏡を凝視する。



「何この顔。」


独り言でそう呟いた。

見ている先には自分かどうか判断できないほどの窶れた自分の姿が写っていた。

眼はまるで犯罪者の様に細く。

唇は自分で噛んで切った傷跡。ほっぺは真っ赤に腫れ上がり、いちご大福かと馬鹿にされそうだ。



「こんなんで人前立てないよ・・・。」


暖かい湯を頭にかけて、ボサボサの髪の毛を丁寧に揉み解す。愛用のシャンプーをいつもより多く使い、勢い良く泡を立ててから、洗い流す。


次にリンス。そして、ボディーソープと。決められた手順で行い、風呂場から退出。バスタオルで全身を清めてから、普段着に着替る。



頬を自分の手で思いっきり叩く。

「よし。」


自分に踏ん切りをつけた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お母さん。布団で寝ないと体に悪いよ。」


リビングに電気を灯し、父親の死に爛れていた母を正気に戻そうと、何度か声を掛ける。

テーブルに置いてあった食べ物や食べ終わった後の皿を洗い場へと持って行き、綺麗に始末する。

冷蔵庫から自分で作れそうな料理の具財を取り出し、明日の弁当の事前用意をする。


玉子焼き・ちくわの胡瓜巻き・タコさんウインナー。

弁当箱と水筒をキッチンの前に置いておく。これで朝はスムーズに行けるはず。




「お母さん。もう遅いから寝よう。ね?」


母の肩を何回か叩く。「えぇ。」聞き取りずらい声で頷き、ガクガクとした足で立ち上がる。

それを支えるように腕を持ち、部屋まで母を運ぶ。


ベッドの上に母を寝転ばせて、布団を上から掛ける。

クーラーを2時間切りにセットしてから、「おやすみ。」と声を掛けて、静かに部屋の扉を閉める。




時刻は0時を回っていた。

体力の限界にきていた私も自室へと向かいベットに倒れ込むのであった。



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