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異世界で旅館経営します!  作者: 秋沢タカシ
序章1 心の迷宮編
7/25

7

「おーい。・・・川。」


どこからか微かに声が聞こえてくる。


「古・・・。」


男性の声だ。聞いた事のある声。


「古川舞子さーん?」


誰かが私の名前を呼んでいる。


「授業中に居眠りとはいい度胸だな。」


バシッ



頭に何かが当たった。その刺激により私の意識は覚醒した。


「も、申し訳ございません!お客様!!」

座っていた椅子から勢い良く立ち上がり、深いお辞儀を躊躇なく行う。と、同時に周りから「クスクス」と軽い笑い声が聞こえてきたのを拍子に下げていた頭を上げ、周りを見渡す。


同じ年齢の人々が私を凝視している。笑っている者・気に留めず教科書を見ている者・ノートに筆を入れている者。

そして、目の前には1人の男性。


「申し訳ございませんじゃないだろ~。ったく、お前が居眠りするなんて珍しいな。次は気をつけろよ~。」


「は、はい。すいません。」



情けない事に私は授業中に居眠りをしていたようだ。

科目は保健体育。

黒板には「体の仕組み」と書かれている。頭から足の付け根までの部位。その役割。高校生になって今更な内容だが基礎は大事という。


生まれてこの方授業などで居眠りをした事は一度も無かった。正直、この授業中のどのタイミングで眠りに入ったのかも覚えていない。

どんな夢を見ていたのかすらも記憶に無い。眠っていたというよりかは意識がなかった・・・。要するに眠っていたのか・・・。



深く溜息をつき、反省の姿勢も兼ねて、普段以上に授業に集中する。

黒板に書かれている内容をノートに一字一句間違えない様に綺麗に書き写す。大事な所には赤ペンを用いて詳細に書く。



「バタバタバタ」


授業中にも関わらず、教室外から走る音が。

靴と床が擦れる音。集中していた生徒達もノートから目を逸らして、何事かとその方向を見る。

走っているのは英語担当の壷橋先生であった。

気品で物静かなイメージが強い女性であったが、今の光景を見てしまうとその感じが一挙に損なわれる。

「何かイメージ崩れた。」という感じ。


「コンコン」


とある教室前に立ち止まる。そう、私達がいる部屋。

中の返事を待たずに扉を開ける。


「授業中に申し訳ありません。古川舞子さんいらっしゃいますか?」


突然の指名に驚きを隠せない。

私自身も良くわからず「へ?」と首を傾げながら先生の方を見る。軽く手を上げて、自分の位置を知らす。


「はい。ここにいます。」



すぐにこちらに気が付き、手招きをする。

それに応じ、コクリと頷き、教室の外へと向かう。扉が閉まり切るのを確認し、壷橋先生が口を開いた。


「落ち着いて聞いてくださいね。」


「?はい。」


私が焦らない様に肩に手を乗せて、軽く動きを封じる。

まだ意味がわかっていない私は少し化粧が乱れている先生の顔を凝視し、向き合った。


「さきほど、古川さんのお母さんから電話がありました。」


「何か・・・。あったのですか?」


プライベートでは鈍い私ではあったがこの時は容易に察する事ができた。家で何かあったのかと。


先生は言うのを躊躇っているのか目線をチラチラ泳がせながらも、一回頷くとこう言った。



「お父さんが交通事故に遭いました。」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



空前絶後の悲しみ。それは過去に味わった事がある。

「死」

大好きな犬の死。


その時、私は心を頑なに閉ざし、誰にも心を開かなかった。

学校には行かなくなり、両親とも喋らなくなり、食事も喉を通さず。体と心はもはや「死」寸前であった。


毎日の様に夢を見る。

愛犬と庭で楽しく遊ぶ。それを眺めながらニコニコしている両親。


「あ~。こんな日々が一生続けばいいのに。」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ。ああ。ああああああああああ。」


母親が私の隣で大声を上げてその場に倒れ込んでいた。その眼には大粒の涙が土石流の様に流れ落ち、私と母二人しかいない部屋の中に盛大に響き渡る。

何かが崩れて行く。私は横たわっている父の姿を見ながらそう思った。


赤色から白色に変化していく肌。

普段開いているはずの瞳が閉じ、頬が弛んでいる。お似合いの伊達メガネは無く、あるのは母の涙。


呆然と立ち尽くす私。


看取る事さえ叶わず、後悔だけが残る。



「はは。」



不気味な笑いを浮かべ、今の立ち位置から後ずさむ。「ゴツン」と壁に衝突し、頭に激痛が走る。その痛みをきっかけに眼から水滴が滴って行く。

涙を流すなんて何年ぶりだろうか。

今まで抑えていた全ての物が流れ出した。


「う・・。うああああああ。」


母親と私の泣き声で部屋は響き渡る。

いい年した大人と高校生が個室で泣いているのだ。あまりいい光景ではないだろう。傍から見たら何を思われるだろうか。


大丈夫?どうしたの?何かあったの?


きっと心配されるだろう。もしかしたら、この人達大丈夫かよ。と馬鹿にだってされるかもしれない。



だがそんな事はどうでも良かった。


目の前の悲劇を受け止める事ができずに私達二人は時を忘れて、ただただ泣き続けた。



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