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空より舞い降りる天花。
外灯に照らされたそれはまるで白銀。形姿は違えど、その神秘的に生み出された奇跡は辺り一面を別世界へと誘っていた。
木柱に付けられた温度計の表面は凍てつき、裏側は触れる事を拒むように霜が張り付いている。
その堅固たる守りを解いたのは1人の男性であった。
「うう~。さみぃ。ー10℃だ。冬用タイヤに交換しといて正解だったわー。」
時刻は11時前。
仕事を終えた私が帰路に困っていたところ、春男の有難い一言により、救われた。
「車取ってくるから、ちょっと待っときな。」
「は~い。」
彼も仕事で疲労困憊なはずなのだが、こういう所での気遣いには本当に感謝したいものだ。
クリスマスが近い事を考えると何か日頃の感謝を込めて用意するのもいいかもしれない。彼女のいない男というのは女性からのプレゼントを本気で嬉しがる生き物だ。今まで異性に対して、何かを買うなど一度もなかったので、少し迷う。
「20代後半の独身が喜ぶ物と言えば・・・。職業も考えると美味しい食べ物かな?いやいや、せっかくのプレゼントが食べ物だと何かサプライズ感がないし。・・・・。マフラーとかかな・・・。駄目だ、彼女でもないのにそんな親近感ありありの物を・・・。」
「・・・。お母さんにでも聞こうかな。」
などと没頭して考えてしまっている間に車は旅館の階段前に停車していた。
「っは。」と我に返り、滑る階段を転げ落ちぬよに気をつけながら下降する。手袋など持っていないため、ポケットに突っ込んでいた手を無理やりに引っこ抜き、車のドアの取っ手を掴み勢いよく開ける。
少しばかりの暖かさ広がっていた。
車のエアコンというのは冷たい空気を出すクーラー機能だけしか搭載されいない。冷房を使用するとガソリンなどの燃料の減りが早い。そういったイメージから暖房も燃料をたくさん使用する機能だと思っている人が多いかもしれない。
だが、実を言うと暖房機能に関しては無料なのだ。
というのも、車の暖房はエンジン熱。
猛熱の熱を常に備えているエンジン熱を車内に送ると超高温状態になり、夏の場合だと熱中症になってしまうほど。
熱をクーラーの冷房機能に乗せることで暖房へと無料変換しているそうだ。
「お前、受験とか考えてるのか?」
唐突に春男が口を開いた。
「今の所はどこかの旅館に就職したいな・・とか考えてます。高校生の新卒を毎年取っている旅館もありますし、バイトから初めてそこの従業員になるっていうケースも多いですしね。」
「うちの旅館は高校を卒業したら辞めちまうのか?」
どことなく元気がないような口調にも聞こえた。
静かな雪道を1台の車音のエンジン音が響く。辺りは真っ暗で車のライトが灯っているだけ。外灯が数メートル単位で設置されてはいるものの、暗闇はいくもあった。
その暗さに同調してしまったのだろうか。
「なんですか~?もしかして、寂しいとか!!?」
「そんなんじゃねーよ。」
以外に落ち着いた返答をされたものだ。いつもならば「馬鹿野郎!!」などと怒鳴り散らされるところだが、彼もまた疲れているせいで昼夜、同じテンションを保つのも難しいか。
「春男さんも一生この旅館で働くって訳にもいかないんじゃないの?」
修行という名目でこの旅館で働いている彼は何れははここを離れなくてはならない定めにあるのだ。この星見荘で働いている誰もがこの旅館を愛している。長くいたいという思いは当たり前だ。
私もここで根を下ろすという考えがない訳ではない。しかし、そう事はうまく運ばない。
旅館から自宅への近道として新設された道路を使い時間短縮する。すいすい進む車の中は無言であった。
霞む目を擦りながら眠気を押し払っていた。
暖房の風が車内を包み込み、まるで自室にいるような安堵な感覚。会話も尽き、到着する目的のためだけに進んでいく。
窓越しに見える町々。ライトアップされた住宅街のイルミネーションが妙に綺麗に思えた。情緒溢れるこの風景を見た者は色んな事を考えさせられるのだろう。
過去・今・現在。様々な考えが眠気をすっぽかして浮かんでくる。
「バカ・・・。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
正確な時間は覚えていない。気がついたら家のソファーに倒れこんでいた。
どうやら、到着してからの記憶が薄れていた。というより全然覚えていない。パジャマに着替えた姿を見て、入浴は済ませたのかと、我ながら無意識というのを恐れる。
時計は0時の針を指していた。
「あら、おはよう。」
ソファーの後ろからニョックと竹の子のように女性が現れた。
「あ、お母さん。」
整った美顔に手入れのされたロングヘアー。化粧もせずにこの美しさを保てるのは凄い事だ。どちらかというと父親の遺伝が強かった私からすると少し残念な思いもある。
「夕飯は済ませてるのよね?」
「うん。まかないで食べてきた。」
「そう、なら部屋に戻って寝なさい。暖房入れといてあげたから。後、さっき送ってきてくれた村田さんにも明日お礼言っとくのよ。」
「はい。」簡単な返答を終えて、部屋へと戻った。
バタリと勢い良くベッドに倒れこみ、何かを考える訳でもなく、ただ眠りに落ちるのを待った。
少しずつ薄れていく事もわからず、私は眠りの世界に入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれは数年前の出来事であった。
昔の我が家には一匹の犬がいた。名前は「チコ」。小さな子という事からそういう名前をつけた。
愛らしい瞳に全身茶色の毛。可愛らしい鳴き声が大好きで良くお菓子などを見せ付けて、その声を堪能したものだ。
家族で一生懸命愛して、散歩にも良く連れて行ってあげた。ほかの家の犬とも仲良く、近所ではアイドルになりつつあった。
犬の寿命というのは平均で15歳。命尽きるまで生きてほしいというのはどの飼い主も思う事。
だが「チコは僅か5年で息絶えた。」
その衝撃は小学生だった私に対して、とても大きな事で立ち直るのに暫くかかってしまい、不登校時代も少なからずあった。精神的にも幼かった私を元気づけたのはほかでもないうちの両親。
引きこもり始めた私に対して、父親は毎日のように会社帰りにお菓子やオモチャなどを買ってきてくれた。
母親は毎日のように私の大好物の料理を作ってくれた。
そのお陰で今は不屈の精神を持つ模範生徒として、君臨している。
家族というの存在がいる事を日々感謝している。
だがそんな幸せが一瞬で失われるとは今の私には到底思えなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
12月23日。