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石を円くなるように敷き詰めて、真ん中に木枝が置かれている。簡素な焚き木。
「良く見ておいて。」
「はい。」
相沢はポケットから何かを取り出し、こちらに見せる。
ルビーのような石。
丸い玉が真っ赤に染まり、温かさと言うよりかは何かおぞましい物に見えてならない。血の塊、こっちの方が表現が正確かもしれない。
手に持った赤玉を焚き木の中に放り込む。と、同時に「ゴォッ」と音を立てて燃え出す。
これが何を意味するのか理解するのに少し時間が掛かってしまった。
「これどう思う?」
不意に相沢が質問してくる。
「えっと。何がですか?」
「燃えたよな?」
「はい。燃えました。」
中々噛み合わない会話を見てか、ほのかが無邪気に話しかけてくる。
「ねー。ねー。お姉ちゃん。」
「どうしたの?ほのかちゃん。」
「魔法って知ってる?」
突拍子も無く非現実的な用語が飛び出してきた。
ほのかの年代からなら理解できなくもないが、今の現象を一概に魔法なんて御伽噺の産物に定義していいのだろうか。
手品的な何かを仕組んでいたというのも考えずらい。私達がいる場所が元いた世界と異なるというのは認めたくはないがこればかりは信じるしかない。
それを踏まえた上で目の前の事をどう判断するか。答えが出せないがそうと言い切るしかないのか。
「さっきの玉は魔法で作られた何かと言いたいの?」
「信じられないというのはこちらとしてもわかるよ。だけど、事実に変わり無い。俺達が居た世界であんな物品あると思うか?」
「まず、ないでしょうね・・・。」
火の玉。商品名などはないだろうが、街裏の廃棄場で見つけたらしい。
相沢は機会を見つつ単独で街へ入り込み情報収集や食料調達などを請け負っている。かなりの危険を伴う仕事だが妹を連れて行く事もできず、ほかの人達を同行させるのも難しいので最年長である相沢が今の生活を支えているようだ。
ほかの人達というのは一緒に生活している人達だ。
峰良太。中学生の男性。板前の父を持ち幼い頃から料理に興味を持ち、父の跡を継ぎたいらしい。この世界に来たのはつい最近。近くの海辺で倒れていたのを相沢が運良く見つけ、ここまで運んできた。
ちょっとした記憶違いを起こしているが命に別状はないようなので、小屋の家事をしている。
林沙織。中学生の女性。両親二人がギャンブルにハマリ、家庭が機能しなくなり、学校には内緒で朝夕のバイトを行う。朝は掃除の仕事。夕はウェイトレス。家庭に恵まれなかったがとても笑顔が似合う可愛い女性。
兵に追われて、偶然にも池の中に飛び込み泳いでいる内にこの家へと辿り着いたようだ。
そして、相沢兄弟。私と同じ境遇に近い。両親二人が交通事故に会い、家庭は崩壊。高校を辞めた当日にほのかが家から居なくなる。いくら探しても見つからず警察に連絡し、岐路に着くために電車に乗ったところここへと来たようだ。
降りたホームにほのかがベンチに座っていて、何とか再会を果たしたようだだ。
聞く限りでは苦難な人生を送ってきた人が多い。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて。」
「さて!!」
沖介が決めてやったぜという顔で言ったのをほのかが上書きする事によって周りはシリアスなムードから和やかなムードへと変わる。
「おい。ほのか、何被せてきてるんだよ。」
「え?被せるって何を?私の服をお兄ちゃんに被せたらいいの?」
息ぴったりの兄弟である。
「ほのかちゃん。お兄さんが喋るんだから、静かにしてないと駄目だよ?」
「ごめんなさい・・・。沙織ちゃん。」
ほのかの隣に座っていた沙織が優しく声を掛けたつもりだったようだがほのかのかが少ししょぼくれたのを見て慌しくなる。
「あ。ごめんね!怒ったつもりじゃないんだよ。」
さっきまでの凛とした人物が一変。あたふたし始める。
「ぷ。ほのかちゃん泣かしてやんの。」
沙織の前に座っていた良太が茶々を入れてくる。
「泣かしてなんかないわよ!沖介さんも何か言ってやってくださいよ。」
沖介は「はぁ。」と溜息を付き私の方を向く。
「ごめんな。こんなんだけど、可愛い奴らだから。優しくしてやってくれ。」
「う、うん。」
燃える枝枝の周りにこの家の住人達が集まっている。
楽しく談話を交わし、質素な小屋内を華やかにする。今日初めて会った人達とは思えない。友人や愛人を通り越し、家族と言った感じに思えた。こんな思いいつぶりだろうか?
笑顔が浮き出る。
「発言していいかな?」
「はぃ!!どうぞ、お姉ちゃん!」
ほのかが「静かにしなさい。」と人差し指を口に当てて「シー。」とする。皆はその姿にニコニコしながら、こちらに目をやる。
「実は私がこの世界に来たとき。犬のお爺さんお婆さんに助けてもらったんだ。その時に聞いた話なんだけど聞いてくれる?」
「おう。」
沖介が頷く。沙織や良太も会話を止めて、こっちを見る。ほのかは万遍の笑顔で見ている。
「この世界はね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「という事を教えてもらったの。私としてはその狐神様っていうのに会うのが今は一番だと思うの。」
沖介は黙り込む。
下を向き深く考え込んでいる。沙織と良太も「う~ん。」と声を漏らしており、「はい。そうです。」と言うのも難しいのも事実だ。
「狐ってあのキツネさん?」
ほのかが頭を傾げながら聞いてくる。
「うん。そうだよ。」
「動物園で見た事ある!」
「へー。どんなキツネさんだったの?」
「んとね。体が黄色くてね。後、白とか黒とかも混ざってたよ。」
幼い脳内記憶を頼りに知っている情報を吐き出す。
「そうなんだ~。ほのかちゃんは物知りだね。」
「えへへへ。」
ほのかのお陰で軽く空気が和む。
考えていた良太も顔を上げ、こちらを見る。
「その狐神様って言うのに会う前に攻撃される可能性がかなり高いと思うし、会ったとして何されるかわからないんだぞ。」
「確かにリスクは高いと思うけど、いつまでもここに居続けるというのも危険だと思う。新入りの私が言える事ではないけれども。」
「ん~。」と頭を抱え、沖介がまた深く考える。
「二人はどうしたい?」
沖介は目の前の良太と沙織にも問う。
「俺はどっちでもいいですよ!年長の方の意見に従います。」
即答であった。
彼の中では年長者に従うというのが体に染み付いているのかもしれない。自分がどうしたいという答えはそれ以上聞けなかった。
「私としては舞子さんの意見にも賛同だけど、現状の情報が少ない事を考えると無闇に突っ込むよりかは情報収集して動いた方がいいと思います。」
的確な答えとは言い難いがこの歳で良く物を見ている。廃れた現実で培った物とも言うべきか。痛々しさも感じてしまう。
「ありがとう。」
沖介が顔を上げる。
「舞子がこっちに来てまだわからない事もたくさんあるだろう。結論として、舞子の意見には賛同だ。だが、情報が少ない今。まだ動くのは早い。様子を見つつ、行動しよう。」
コクリと一回頷き、周りを見渡す。
中学生組とほのかも同じようにうなずき、その日は解散となった。
解散後は女子同士で会話に花を咲かせたり、他愛の無い事で笑い合い一日を追えた。