7
動物から全力で逃げるなど人生で中々味わえない。
気性の荒い犬から逃げ回るだったり、広大な草原地帯で危険な猛獣から逃げるとはまた違う。
凶暴な牙で噛まれるや爪で引っかかれるとは異なる。
なんせ、追いかけて来ている動物は武器を手にしている。正確には「槍」だ。
現実世界において、動物が槍なんか持てるだろうか?
まず、有り得ない話だ。
その有り得ない光景でも十分なのにその動物達が私を捕らえる為に目の色を変えて執拗に追いかけて来ているのだ。
話は数分前。
目の前の「犬人」の悲鳴を聞きつけ、巡回している武装していた兵士達が駆けつけ、私を見た瞬間に武器を向けて襲い掛かってきたのだ。
命の危険を感じた私は先程の坂を勢い良く降りている。
行く当てもなく逃げている。
捕まればどうなる事やら。最悪の場合、殺されるか人体実験にでも使われてしまうかもしれない。
「はぁはぁ。はぁはぁ。」
逃げる事に夢中で今後の方針する考えていない。電車が万一に停留していたとしても、出発する前に袋叩きにされる。
だとすれば、左右に分かれている道。
どちらかに進むしかない。
息を荒げながらも、兵士達から間隔を離して行く。
まるで泥棒の逃走劇だ。
死ぬ物狂いで走っている私を何人もの動物達が何事かと驚いた顔をして見ている。
大半は「化け物」と罵っている。
私からしたら、そちらの方が「化け物」だ。
建物が減っていくにつれて、駅が見えてくる。
後ろを振り返るとまだ追いかけてはいるが、かなりの距離を取れている。
安心して速度を落とす事はせず、最後まで全速力で走った。
駅前に到着すると、左か右の道を選択する。
こういう時、人間は心理学的に左を選ぶ傾向にあるらしい。が、その答えは自分で決めるもの。
利き腕であるのは右。
「よし、右に!」
右の方に足を向けた。その時。
「こっちだ!」
反対の方から男の声がした。振り向くとそこには「人間」がいた。年は近そうで、学生服を着用している。
「早く!!」
大きく手を振り、こちらにと手招きする。それに従い、体の向きを変えて走り出す。
「いたぞー!」
走り出すのと同時にさきほどの兵士達が近づいてきた。
「やば。」
地面を強く蹴り付けて、自分の限界まで走力を上げる。男性の前を追い抜いて左の道を駆け抜けて行く。
「そこを曲がったら、小さな湖がある。そこに飛び込むんだ。」
左の道に入ってから一直線の道を走りぬけると右に曲がっている。言われたとおりに右へと体を捻ると、小さな湖があった。
水面には緑色の得体の知れない物がベタリと張り付いており、ゴミなどもプカプカ浮いている。自ら進んで飛び込むというのは気が引けてしまう。
一瞬、躊躇していしまい、そこに立ち止まる。
「こ、この中に飛び込むんですか!?」
先に着いた私は今し方追いついた男性に質問する。
「そうだ。早くしないと、追いつかれるよ!」
「え!」
手を掴まれ、そのまま一緒に飛び込む。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここはね。十二神が納める国の1つだよ。」
「十二神?」
食事を終えた食卓にはオレンジ色に輝くランタンが1つ置いてあり、3人の顔を良く照らす。
「十二神っていうのはね。12ある國の1つに神様と呼ばれる存在がいるんだ。ちなみにこの國は狐神という存在が納めているそうだよ。」
「狐神様ですか・・?」
男の方の犬人がコクリと頷く。
「ここはその狐神が納める国の隅っこにある自然地帯でね。國の圧力だったり納税もないから、幸せなもんだよ。」
「その狐神様っていうのはなんで神様なんですか?何か特殊な力とか使ったりするの?」
「ええ。」と女の方の犬人が割り込んでくる。
「何でも姿形を変える事ができるそうよ。」
「自分の姿をとかですか?」
首を振るとこう答える。
「自分と相手よ。」
日本の言い伝えでは己の姿を変える事ができるというのは知っている。だが、相手の姿を変えてしまうというのは初耳だ。
「何に変えられるの?」
「詳しい事は知らないのだけど、醜い姿にされるとは聞いているわ。でも、まぁ、そう簡単に会えるものでもないから心配しなくていいわよ。」
心配を余所に本題を切り出す。
「その神様に頼めば・・。その・・・。」
口ごもってしまう。
助けられてから何一つ自分の事は話していない。というより私自身の事を何も聞いたこないのだ。
「ふふふ。」
男の方が軽く笑い出す。
「君のいた場所に帰りたいんだろ?」
ニコリと笑い、こちらに優しい顔をしている。
「はい・・・。」
一回頷く。
「そうさな~。田舎者の私にはわからないが、もしかしたら可能であるかもしれないし、不可能かもしれない。ただ・・・。」
「ただ・・・。なんでじょうか・・・?」
笑顔から真剣な顔へと変わる。
「君はこの國にいないはずの存在なんだ。気を付ける事に越した事はないと思うよ。」
「はい・・・。」
「だけど、会いに行く価値はあるんじゃないかな。」
というと一度立ち上がり、簡素な木机の引き出しの前に立ち何かを取り出す。
手に持つと再び椅子に腰掛ける。
「これを。」
というとテーブルに漆黒色に金箔を振りかけてある美しい髪飾りを置く。
「これは?」
「これはね・・・。君と同じ身長位の娘がいたんだ。その娘が愛用していた髪飾りだよ。」
その言葉を聞くと、否定しかできなかった。
「そんな、大切な物を。受け取れませんよ。」
「いや。」
グイっと私の前まで滑らせる。受け取って欲しいという顔をしている。目を逸らそうとするが真剣な眼差しで見て来ている人にそれはできなかった。
「うちの娘はね。生まれつき不思議な力があったんだ。」
「不思議な力?」
湯気が立っているコップを手に隣の妻の方が呟く。
「うん。とても危険な力だ。私達も全力でその力を使わない様にさせていたんだが・・・。」
その話をし始めている内に顔がどんどん泣き顔へと変わっていた。目元を潤ませ今にも泣きそうな顔だ。
「急にいなくなったんだ。」
「え!?」
家出という訳でもなさそうだ。
誰かに連れて行かれたという可能性もある。
「あれから、15年ぐらい経ったかな。」
二人は顔を見合わせると、軽く頷く。
「この髪飾りをお守りとして持っていてほしい。きっと、役に立つはずだから。」
真摯な眼差しを向けられ、拒む事を申し訳なく思ってしまい、目の前の髪飾りを受け取る。
「わかりました。大事にします。」
ホッと肩を撫で下ろす。「ありがとう。」と一言添えて、私達は会話を終えた。