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異世界で旅館経営します!  作者: 秋沢タカシ
序章1 心の迷宮編
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早朝のプラットホームというのは人が少なくて清清しい。

朝の6時、始発便にも関わらず黄色い点字ブロックの後ろには数人が列を作って並んでいる。

スーツ姿で新聞を読むおじさん。部活着を着て携帯をいじっている高校生。上下ボロボロの服を着た老婆。

私はというと白を基調とした制服に漆黒色の長スカート。そして、大きめのサブバックを持ち、列の一番後ろに並んでいた。


私が住む川神町かわかみちょう。その名の通り、川に神様が住んでいるという言い伝えがある。毎年の年初めには川神祭りという恒例行事などがある。その内容はこの町のシンボルともいえる神川かみかわの上流から水に溶ける紙「水溶紙」に願いを書き、その紙が下流までに残っていれば願いが叶うというもの。

前年の実施では2枚も残った。

ちなみに私は計5回参加したが1回も下流まで到達したことがない。


水溶紙は水につけたら数秒でなくなるのが普通で、それが数メートル先の下流まで行くというのはとても難しい。というよりか、まず無理だろう。

だが、毎年に1人以上は成功しているのだから、これはこれで大したものである。

後書きになったがこの水溶紙というのはこの町内では「祈水紙」と呼ばれている。



電車は定刻通りに到着し、学園近くの駅まで私を運んでくれた。


改札を出た所に小さなベンチがある。

そこに腰を下ろし、隣に左と右に担いでいたバック類を下ろす。

メインバックの方のチャックを開けて、中からサランラップに包装された「おにぎり」を取り出し、口へ。


家で朝食を取る時間がなく、食べやすいように母親がいつも用意してくれる。


「あ。今日は鮭だ。」


おにぎりの具は大好物の鮭であった。時間が経ったこともあり、冷えてはいたが母親の愛情ある味はなんとも絶妙であった。

手についた塩を舐めとり、バックを担ぎ直し、足を進める。


こんな早朝に学校に行くのかと言われれば実はそうではない。

今、目指しているのは職場である。

学生がこんな時間から就業していいのか?という言葉を吐かれそうだが、一般的には良くないのだと思う。

だが、私の場合は特例であった。



将来の夢「旅館の仲居」

小学生3年生~6年生の作文にはそう書いた。中学生の頃もその夢に一心であった。

高校生になると夢や理想は揺らぐもの。就職や進学などというものに阻まれ、道があやふやになる。

だが私は一切曇る事がなかった。


学園長と働いている旅館の女将さんが古くからの友人関係であるらしく、人手不足で困っていたところ、「うちの高校に旅館仲居になりたいと言っている子がいる。」と、勝手に紹介され、「1日間だけ体験で働いてみない?」と言われ、試しに働いてみた。

その結果、スタッフ達からの評判も良かった事から、仲居デビューを果たした。



*旅館星見荘*

旅館の前には天上川てんじょうがわという澄み切った流川がある。5月~6月には家族やカップルが泳ぎに来たり、蛍見をしに来たり。

冬には星座を見に多くのお客さんが足を運んだりしにて来ている。旅行誌にも掲載されている。


今の時期は近くの山で取れる猪を調理したボタン鍋が有名で、食通達が良く訪れる。猪の肉はとても歯ごたえがあり、うちの調理人が手間隙かけて作った、味噌ベースのだしに野菜などと一緒に入れて食べるのが定番だ。最後の雑炊は絶品である。


そんなこんなで「食・自然・水」を求めて毎年たくさんの客がやって来る。

給料は高校生なので少ないが・・・。



星見荘の入り口は自動ドアである。

中が丸見えで透け透けのドアがウィーンと開き、すぐに左の方へ寄り靴を脱ぐ。

従業員入り口というのが実のところ無いからだ。なので従業員はお客さんと鉢合わないように入場し、退場する。


靴を持ったまま、受付があるカウンターへと向かう。


「あら。舞子さん。ご苦労様です。」

ニコリと白髪のおばあちゃんが声をかけてきた。


「あ、女将さん。おはようございます。」

「はい。おはようございます。」


この方がここの女将で代表取締り役。総指揮を取る方である。

着物をキッチリと着こなし、早朝にも関わらず眠たい顔を一切見せず。纏められた白髪が美しい。


「用意ができたら、ここにきてちょうだい。」

「わかりました。」


一礼してからカウンターの奥にある事務所へ入り、更衣室がないので簡易カーテン内の中で着替えを済ませる。

サブバックにパンパンに入っていた、赤漆塗りの作務衣を着る。冷えてパキパキになっていたが、シワを付けないように丁寧に。最後に腰エプロンをつけて、準備完了である。

履いていた靴下を脱ぎ、足袋と下駄のセットにチェンジ。


「よし!」

顔をパシッと叩き、カーテンを開けた。


「おわぁ。」

何かとぶつかり、視界が緩む。

上を見ると綺麗な女性がビックリした顔で立っていた。


「あ。麗奈さん。おはようございます!」


「あら。舞子ちゃん、いつも早いわね~。関心関心。」


彼女は早瀬麗名。ここの仲居頭である。

年齢は教えてくれないが、30代であるのは間違いない。というのも板場の料理人と良く飲みに行くらしく、その時に暴露していたようだ。

仕事で休みが取れず、婚期を逃したらしい。彼女の前では「結婚」というワードは禁句だ。


「今日の夕方に白鶴の間に貴方を指名しているお客さんがいらっしゃるから頑張ってね♪」

「え?私にですか?」


「そうよ~。舞子ちゃんはうちの看板娘なんだから、指名だってくるわよ~。」


最近増えてきたことだが、この旅館にも接客する仲居を指名する事ができる。


「そのお客様の名前ってわかりますか?」


「え~っと。たしか松村様だったかしら。前に一度来たとき、舞子ちゃんのお転婆ぶりが可愛らしかったから。是非、また会いたいからってことで今回は連泊してくださるですって。」


「松村さん・・・。あー!あのお爺ちゃんとお婆さんか!二人とも丸々のメガネかけてる!」


「へぇ~。ちゃんと覚えてるのね。偉いわよ。」


麗奈さんは何の躊躇もなく、手で私の頭を撫でた。

恥ずかしかったので「からかわないでくださいよぉ。」と、逃げた。



「パチン・パチン・」

勢い良く手を叩く音がした。


「こら、あんたたち!何、時間を無駄にしてるの!舞子さんはすぐこちらにいらっしゃい。麗奈さんは早く着替えて椿の間・楓の間・朱雀の間の朝食用意を!」


「は、はい!」

「はい!!」


女将さんの喝を受けると、私は女将さんとそのまま受付カウンターへと向かった。


「では舞子さん。」

「はい!」


「今日、貴方を指名した松村様だけど、到着時間は夕方の15時30分です。学校から急いで間に合いますか?」

「はい。15時に終わるので急いだら間に合います。」


この旅館から学校までは然程の距離はない。

ここは山手にあり、学校は都会に面した方向にある。自転車などがあれば便利なのだが、ここは割り切るしかない。


「最悪、間に合わない場合は手の空いてる仲居で客室案内の方します。安全第一なので気をつけてきてくださいね。」

「はい!」


「ちなみに松村様を接客する事にあたって、何か注意点はありますか?」

「はい。松村様のお婆さんの方は卵アレルギーをお持ちです。朝食のハムエッグをメザシの塩焼きに変更です。後、お爺さんの方は軽い喘息持ちなので布団敷きの際はホコリが一切でないように気を配ります。それともう1つ。毎朝起床は6時だそうなので、明日はさらに早い時間に出勤します!」


まるで台詞のようにつらつらと言う。

女将様も「うん。うん」と何回もコクリコクリしており、少し怖さと不安が押し寄せる。


「はい。良くメモしてますね。」

ニコリという表情になり、ホッと胸を撫で下ろす。


「ですが・・・。松村様は6時に起床してから、朝食は8時の指定になっています。目覚まし電話はこちらで対応します。貴方はいつも通りの出勤に構いませんよ。」


「はい!わかりました。」


「それと今朝はお客さんが少ないので・・・。そうですね。2階の宴会所の座布団などの片付けがまだだったのでそこの清掃をお願いします。それが終わったら、松村様がお泊りになる白鶴の間の茶菓子や浴衣用意をして、セットが終われば学校に向かってください。」


「わかりました!今日も宜しくお願い致します!」


「はい。宜しくお願いします。」


深いお辞儀をして、受付を後にした。








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