修行
「……は?」
「……へ?」
「……?」
皆は状況を飲み込めてはいないようだ。
だがそれは、その筈だろう。
怪我人であるレドに、いきなり剣を教えてくれと言ったから。
「俺はあの男と戦った時に思ったんだ。俺は弱い……戦いに関しては無力同然だ。だから強くなりたいんだ」
俊弥は正直に今の気持ちを述べる。
あの時感じた。
力だけではなく、技術も足りないということに。
此処はゲームとは違う、死んだら即終わり。
コンテニューなんていうものは、存在しない世界。
昔の自分ならまだマシだったのかもしれない。
けれど、“一度刀を置いてしまった”今の自分では素人同然と言っていいほど無力だ。
人も、それ以外の生物だとしても、刀を向けることはもう今の俺では出来ない。
「……お前は、ただ強くなりたいのか?」
レドはそう、問いかけてきた。
その問いかけに対し、俊弥は首を横に振る。
「いや、そうではないんだ。
ただ強くなりたいわけではない。
俺が強くなりたい理由は、誰かを守る強さが欲しいんだ!!
シャルルとレドさんに危ない目にあわせてしまった。……もう、誰かが傷付くのは……嫌っ、なんだ!
誰かを失うことさえもっ」
頭の中でフラッシュバックする。
昔守れなかった者の姿が……。
大好きだった人が……。
「ちょっと俊弥!? 病人にそんなことは……」
「……まあ、いいだろう」
しばらく黙っていたレドだが、二つ返事で了承した。
まさかの返事に、ルドガーは驚く。
「ええーー!! ちょっとレドいいの!? 人嫌いのレドが!?」
そう、レドは人見知りでもあり人嫌いなんだ。
なので俊弥は了承してくれるとは思わず、目をぱちくりとしている。
「でもレドはしばらくは入院ーー」
「ーー三日後だ……。それまで待ってろ」
またもや、レドのありえない言葉にルドガーは軽くパニック状態でレドの胸ぐらを掴む。
「ちょっとレド!! 話を聞いている!?」
「……ああ、聞いているが」
「なら何でーー」
言い争いをしている二人を尻目に、シャルルは俊弥に言葉をかける。
「俊弥なら、きっと強くなれるなの。……きっと」
その言葉に、どんな意味があるのかは分からない。
けれど俊弥は素直に嬉しかった。
自分の周りには、こんなにもいい人ばかりだという事が。
「……シャルル、ありがとう。頑張るよ」
……そう、頑張らないといけないんだ。
大切な者を二度と失わない為に。
『ねえ、俊君あのねーー』
その時、不意に彼女の笑顔を思い出した。
いたずらっ子のような笑顔を浮かべている彼女。
彼女があの日に、何て言ったのかは思い出せない。
けれど、大切だった……筈なんだ。
◇
俊弥とシャルル、二人が病室から出ていった後、ルドガーはため息をついた。
「血を吐くほど辛いのなら、大人しく寝ていれば良かったのに」
そしたら、二人を別室に待機させるか。
それともセンリかハルにでも付き添いを頼み、自宅へ帰したりしたというのに。
そんなルドガーの気持ちを知らずに、レドは瞳を伏せた。
「……そんな簡単には死ねないんだ。だから……平気だ」
……ほら、まただ。
レドはそうして、自らを犠牲にしようとする。
だからあの時……。
四年前のあの日……。
ルドガーは考えるのを止めるかのように頭を振り、レドにまた問いかける。
「なんで、俊弥の話を引き受けたの。
…………何かあった?」
「……さあな。自分でも分からねぇよ」
「……そう。でも、無理しないでね」
そう言葉をかけたが、一言も返っては来なかった。
◇
そして約束の3日後となった。
「レドさん、俺は何をすれば……」
時刻は昼過ぎ。
家からすぐ近くのある場所に、俊弥とレドがいた。
その場所は開けており、激しく動くのには最適な場所であることは確かだ。
しかし、いつもより髪のハネ具合が少ないレドは眉間にシワを寄せ、俊弥を睨み付けるように見ていた。
まだ何もしてはいないのだが、何か気に触ったのかと、俊弥は内心汗でダラダラだ。
「え、えっと……レドさん?」
再度問いかけると、レドは口を開いた。
「お前、その“レドさん”って言うの止めろ。気持ち悪い」
「気持ち悪ーーっ!!」
グサグサっと胸に刺さる。
そもそも、レドだけを何故さん付けしていたかというと、何となくこの人はさん付けで呼ばないといけないという威圧感が感じられたからだ。
時々さん付けをするのも忘れてしまっていたが、まさか気持ち悪いと思われていたとは……。
これは別の呼び名を考えなくては。
そして俊弥は、考えに耽る。
お前や貴方や君呼びは何だか違う気がする。
なら、レド君?
いや、それはないな。
見た目は確かに女顔で、身長も低い。
だが、どう考えても年下には思えない。
これは却下だな。
それならいっそ距離を縮める為に、あだ名でも付けるべきか?
レーちゃんとか?
……いや、これもダメだ。
そもそも男にちゃん付けは失礼だし、殴り飛ばされる未来しか見えない。
なら、考えられるのはもう一つしかない。
「れ……レド?」
恐る恐るそう言葉を零す。
もう考えられるのは安直に呼び捨てしかない。
一方のレドは反応が全く見られない。
ただ、仏頂面で俊弥の顔を見ているだけだ。
あわわわ、どっどうしよう……。
この空気……。
アホ毛も一緒になってビクついていると、フッとレドの口元が緩んだ。
え? 笑った?
そんな驚きの顔を浮かべている俊弥のことは知りもせずに、レドは口を開く。
「……まずは折れている剣でいい。素振りしろ」
「え? あ、こっこうか?」
俊弥は言われた通りに素振りの動作をする。
実は昔、“ある諸事情”で剣道をやっていた時期があり、多少剣の扱いには自信がある。
扱いといっても、せいぜい今の俊弥では素振り程度だ。
剣を自由自在に操り、敵を翻弄させるというのは、無理に等しい。
けれど、まだ素振りぐらいなら大丈夫だと思っていたのだが、それを見ていたレドは溜め息をついた。
「……お前、なんだその素振りは」
呆れたかのような表情を浮かべている。
「え!? ……あ、剣道と同じ様だといけないのか?」
剣道という単語を聞き、レドは頭にハテナマークを浮かべる。
よくよく考えれば、剣道と剣術は全くの別ものだ。
剣道はこの西洋の剣とは扱い方が違う。
「けんどう? というのは知らんが、素振りの速度が遅い。隙だらけだ」
「うっ」
レドが言った通り、自分自身でも昔より速度が遅いことには気が付いていた。
まさか、自分が思っているよりもかなり遅くなっているのだろうか。
これでは、剣道をやっていた時のように連続攻撃は、今の自分では不可能だ。
「……えっと、ならどうすれば……」
俊弥はレドに尋ねる。
本当は直接剣を扱い教えて貰いたいが、傷が開く可能性がある為、ルドガーから運動は控えるようにと言われたのでそれは出来ない。
しかしそれでも、教えてくれることだけでもありがたいことなのだ。
人嫌いだというのに、こうして付き合ってくれたことも含めて。
怪我については今も腹部に包帯を巻いており、いつもの服の次に見慣れている黒いワイシャツを着ている。
ちなみにワイシャツを着ている理由は、包帯を変える時に簡単に脱げるからとルドガーが言ってた。
「……いや、お前は素振りよりも基礎体力が先だな。腹筋、腕立て伏せ、背筋。それらが終わったら少し素振り……それぞれまあ……百回ずつだ」
「え……?」
「それから、軽く走り込みを10周か……?」
俊弥の思考が、一時停止する。
中学生の初めの方から現在まで帰宅部だった俊弥にとっては、地獄の様な言葉だ。
「ひゃ…百回!? 今の俺なら日が暮れるまでに終わらないよ!」
それ+走り込みという。
今の俊弥は筋力は勿論のこと、体力には自信はない。
「……そうか。じゃーー」
「やっぱりやります!! いえやらさせてください!!」
慌ててレドを引き止める。
勢いよくスライディングしたからか、レドは驚いた様子で俊弥を眺めていた。
そして俊弥は筋肉痛で動けなくなることを覚悟で、まずは腕立て伏せからやり始めた。
現在俊弥が剣術の事について頼れる相手は、レドしかいない。
同じケンと言ってもルドガーは拳のほうの拳術だ。
腕立て伏せしながら、レドの方へと視線を移す。
まだ顔色が悪く、少し歩いだけで顔を歪めたり息が上がっていた。
なんか……悪い事しちゃったな。
そう思いながらも、一生懸命地獄のような腕立て伏せ、腹筋などを終わらせ、なんとか日が暮れそうな夕刻に終わった。
ちなみに素振りはちきんと教えて貰った。
剣道は縦だが、刀とは違う西洋の剣では縦ではなく横や斜め方が良いらしい。
縦では全身の体重を乗せることができるが、横や斜めではそうはいかず、腕力と体幹が必要になるだろう。
……もちろん、レドの個人的な見解だが。
それにレドは逆手で、しかも双剣を持つ。
だから、縦で攻撃するよりも横や斜めで攻撃することの方が多いのだろう。
俊弥自身縦だけではなく横や突きも練習したのだが、思っていた事とは色々と違った。
「ハァ……ハァ、ハァ、何とか……終わった」
かなりキツかったが、今までだらけていたからだろうか、突如達成感が湧き出てくる。
「……帰る」
俊弥が終わった事を確認すると、レドは一人歩いて行った。
「えっちょっとっ」
俊弥は急いで立ち上がると、レドの後を追う様に玄関へと向かって言った。
◇
「……明日は筋肉痛決定だな」
「あはは、お疲れ様。痛み止め位なら出来るから、辛かったら言ってね」
「分かった。その時にはよろしく頼むよ」
現在は夕飯も食べ終わり……風呂にも入り終わったところだ。
今はシャルルはもう自分の部屋で寝ていて、レドは夕飯の時からいなかった。
ルドガーに足の怪我を見てもらい、傷は殆ど塞がってはいるが念の為包帯を巻く。
痛みはまだあるが、腕立て伏せや走り込みしている間は痛みは全くと言っていいほど感じることはなかった。
「そういえばレドから預かっている物があるんだった」
「預かっている物?」
一体何だろうか。
特に貰うものなんてないと思うのだが。
「はい、これなんだけど」
「……これは、服?」
手渡された物を見ると灰色の上着に薄紫色の服に、いたって普通なジーンズである。
俊弥は何故、これを渡されたのか理解することが出来なかった。
「なんかレド買い物に行ってたし、買ってきたやつじゃないかな?
それに、民族衣装を元にした衣装だね」
「え? 民族衣装?」
薄紫色の服は、一部長いがこれが何処かの民族衣装の様なものだろうか。
「うん、そうだと思うよ。あれ? 俊弥、何処出身?」
そう問われ、心臓が大きく跳ねる。
「え、その、いや、まあ、遠い所だからルドガーは分からないと思うよ」
かなり声が吃ったが、ルドガーは「ふーん」と言うと別の話題を出した。
「サイズはどう? レドは多分自分のサイズより大きめの買ってきたと思うけれど」
「大きめのサイズ? ん? レドってそんなに小柄だったっけ?」
思い返すが、俊弥より少し小さい位の背丈だが、自分の感覚にしてみれば小柄とは感じない。
ただし、あまりに食べ物を口にしてない事を気にはしている。
「まあ、小柄じゃない? もう何年も身長伸びている感じじゃないし、平均より低いからね。
でも、良かったね。俊弥ずっと同じ服着ているから一緒に買いに行くか、それか僕の着てない服とかあげようとしてたんだけど……」
ルドガーのその言葉を聞き、俊弥はハッとする。
……もしかして、いつも、同じ服着ていることをレドは気にしてくれてたのだろうか。
服は毎日洗ってはいるが、俊弥の普段着はこの世界に来た時の服であり、そしてあの男達の戦いで少しボロボロ状態となっていた。
「……でも、あのレドがそんな気を遣うのかな?」
未だに買いに行ったという事実は信じられない。
いくら俊弥が同じ服を着ていたとしても、どうでもいいと突っぱねそうなイメージがある。
「レドはね、俊弥が思っているよりも優しいんだよ。
ただ、今は冷たいことが多いけどね。
あ、そうだ。僕がレドから預かったと言ったことは、レドには言わないでよ。
恥ずかしがり屋さんだから、直接じゃなく僕に渡してきたんだよ。だから内緒」
「恥ずかしがり屋さん?」
どう考えてもそうとは思えない。
しかし、レドにお礼を言おうとしても、これはもしかしたら言わない方がいいのだろうか。
もしルドガーから聞いたと言うことが分かれば、ルドガーも俊弥自身もただでは済まされない。
きっと何かしら、しでかす可能性がある。
ブルっと身震いした後、ルドガーにお礼を言い、部屋へと足を運んだ。
ギシ……ギシ……と階段を上る。
そしてふと、足を止める。
「……この部屋は」
レドの部屋だ。
俊弥の部屋は後二部屋後だ。
けれど、足を止めてしまった。
「……寝よう」
お礼を言いたかったが、ルドガーから口止めされていた。
俊弥は大人しく自室へ重い足を運び、そして布団に潜り目を閉じた。
◇
「ねえ、俊君!!」
「なんだよ×××」
「私やっぱり思うの、俊君はカッコイイって!」
少女は何やら楽しそうに笑っていた。
その笑顔はとても懐かしく、……何故だが胸が苦しくなった。
「……根拠がない事を言うなよ」
「根拠? そんなのどうでもいいの、だって大事なのはーー」
◇
鳥のさえずりが聞こえる。
そして、羽ばたく音。
「……ん」
ゆっくりと目を開けた。
何やら夢を見ていた様だが、……どんな夢だったのか思い出せなかった。
そして、何気なく時計を見る。
「……………………は?」
俊弥は確認する。
何度も目を擦り、見る。
「……嘘、だろ」
時間は正午。
完全に寝坊だ。
暫くレドが俊弥の剣の指導をするというのはあの日は例外で昼過ぎだったが、本来は別の時間帯。
9時頃からと決めてあったのだ。
この時間については、レドと俊弥以外は知らない。
なので、起こしてくれる人なんていないのだ。
俊弥は急いで貰った服を着る。
そして、急いでドタバタと音を立て階段を駆け下りる。
「あれ? 俊弥どうしたの?」
「寝坊したんだ! 早く行かないと」
リビングに行くと、シャルルがクリームパンを頬張っていた。
俊弥が何も食べずに外に行こうとしている事に気付き、シャルルは持っていたクリームパンを俊弥へ手渡した。
俊弥はお礼を言うと、玄関の扉を勢いよく開きクリームパンを口に含みながら走って行った。
やばい……絶対レド怒ってそうだよな。
いや、もう待ってはいないのかもしれない。
そう心の中で思っていると、今まさに思っていた人がそこにいた。
声をかけようと口を開きかけるが、どうやら様子が昨日と違う。
木の陰に隠れ様子を伺う。
するとそこにはリスや猫、犬、小鳥等の動物達がレドの周りに集まっていた。
猫を優しく撫でているレド。
そして表情はいつもと違い、柔らかい雰囲気だ。
自分と話している時より、そしてルドガーと話している時よりも柔らかい笑みを浮かべていた。
俊弥は今すぐ出て行くか少し迷っていた時
「お前はいつまでそこにいるつもりだ」
「……へぇ!?」
突然のことにより、声が裏返る。
まさか、気付いていたとは。
俊弥は恐る恐る足を進めた。
そして動物達は俊弥の存在に気付くと、森の奥へと消えてしまった。
「あっ……その」
「…………早くやれ」
「え? 何を……」
すればいい? と言葉を発しようとしたが、突如突き刺さるレドの冷たい視線。
そして、その視線からあることを読み取った。
それは、昨日と同じをやれということだ。
そろりそろりと、まるで触ったらすぐ壊れてしまいそうに剣を手に取る。
……あれ? レドってこんなに冷たかったか?
一緒に街に出かけた時や、昨日はそんな感じしなかったけど、もしかして今の状態が通常運転……?
グルグルと思考を巡らす。
確かに冷淡な態度だが、服をくれたことも、そして先程の様子を見る限り根本的には冷たくは無いはず。
もしかして、機嫌が悪い時はかなり冷淡な態度になるのか?
そう考え事をしていた時、不意に手から力が抜け……
「……っ!?」
運が悪いことに、手から離れていった剣はレドの真横に突き刺さった。
剣自体は折れていたが、それでも折れたところが鋭く傷付けることさえまだ可能だ。
「……ぁ」
俊弥は言葉が出なかった。
早く謝らなくてはっ
ヘッドスライディングをする様に土下座をしないと殴られるっ!?
そう頭では考えられるというのに、体が動かない。
一方木陰で本を読んでいたレドは、本を置き、突き刺さっていた剣を抜く。
そして俊弥の元へ近寄ってくる。
……これは確実に殺られる。
そう、俊弥は思っていたが、その思いとは裏腹にレドは剣を手渡して来た。
「……しっかり握れ、考え事はするな」
「……え?」
考え事をしていた事に気付いていたのか?
俊弥は驚く。
レドは周りに関心はないと思っていた。
けれど、……もしかしたらそうではなかったのかもしれない。
「…………お前はすぐ強くなりたいのかも知れねえが、まずは剣の扱いに慣れ、基礎体力付けろ。他のことは、それからだ」
そう言葉を告げ、剣を手渡すと木陰へ戻って行った。
「……もしかして俺が早く強くなりたくて、早く実戦をしたくて、今適当にしていると思われてた……のか?」
ガクッと肩を落とし、そして頭を抱える。
もし本当にそう思われているのなら、これはまずい事ではないのか。
不真面目な人間と思われてしまう。
チラリとレドの方へ視線を向けるが、当の本人は本を見ていた。
そして、視線に気付いたのかジッとこちらの方へ目線を向けた。
その目線に答えるかのようにニコッと笑みを浮かべたが、内心俊弥は焦っていた。
確かに強くはなりたいが、まずはレドとの関係を変えていきたい。
気まずいままでは、これからのことに支障をきたすような気がしているのだ。
関係を変えるのにはどうすれば、いいのだろうか。
ここは積極的に話すべきなのか、それとも行動でアピールをするべきなのか。
いや、まずは筋肉痛の原因である基礎トレーニングを済ませなくてはいけない。
はぁ……と、ため息をついたあと俊弥は素振りを再開したのであった。
◇
レドは考えていた。
何故自分がこの様なことを引き受けたのかと。
何故、そこまで俊弥を嫌えないのかと。
パラパラと愛読書のとある古代語の本を見ているが、内容が頭の中に入らない。
そもそも一緒に街に出た時は何故あんなにも気を遣い、言葉をかけたのか。
『なんで、引き受けたの。何かあった?』
いや、何もない筈なんだ。
いくら考えても、その原因となるものは何も思い当たらなかった。
……ルドガーに訊けば何か分かるかもしれない。
……いや、訊いたところで何も変わらない。
変わるどころか「そんなことも分からないの?」と馬鹿にされる事が目に見える。
よくよく考えれば、何かあったといえば調子を狂わされていることだけだ。
人間は嫌いだ。
他の種族とは違い、人族というのは傲慢で自分勝手なワガママ。
自分が助かる為には他人を犠牲にする、そんな奴らばかりなんだ。
ーーなのに
「………」
なんで、アイツに気をかけてしまうんだろう。
何かする度に、ぴょこぴょこと動くアホ毛。
驚くと上に伸び、悲しくなると垂れ下がる。
何か、一種の感情表現か?
そこまで考え、ハッとする。
「……相手は人間だ。余計なことを考えない方がいい」
そう自分に言い聞かせ、本を読む。
だが、やはり内容は一切入ってはこなかった。
◇
「俺……何かしたかな」
ボソリと俊弥は呟く。
ご飯を食べている時もそうだが、今現在もソファーに座っているレドの様子がおかしい。
ずっと上の空で、どこかボーッとしている。
流石にルドガーもシャルルもおかしいと感じているが、二人はそっとしておいている。
「あ、あのさレド」
「……?」
レドは顔をこちらに向ける。
だが、やはりどこかおかしい。
「どうしたんだ? 俺何かした?」
「……別に」
プイっとそっぽを向かれる。
これは地味にダメージをうける。
ううっと狼狽えていた時、ルドガーが側に来た。
「レドさぁ、流石に食べなさすぎ。そんな様子じゃあダメだよ」
「……別に空かん。二日に一食でも、一週間に一食でも平気だ」
そのレドの言葉を聞くと、ルドガーはすぐ驚きの表情を浮かべた。
「いっ一週間に一食って!!」
一週間に一食という事に、俊弥は目を見張る。
もし自分が、一週間に一食しか食べれないとなったら……空腹で倒れそうだ。
最低でも一日二食は食べたいところだ。
「別に、等の本人が平気だ。だからいいだろう」
「……もしかして、仕事に出かけている時もそんな感じなの」
ルドガーは驚きつつ、かなり呆れている。
そんな時、近くにいたシャルルは何かに閃いたかのように、丸く大きくな瞳を見開いた。
「もしかしてダイエットってやつなの?
村の人が言ってたの。太ったからダイエットしないと! ……て」
シャルルのダイエットと言う言葉を聞き、レドの方を見るが。
「……いや、太っていると言うよりは……」
「……痩せているよね。確実に」
「……それは体質的な問題だ」
二人からの冷たい目線にレドは耐え切れなかったのか、目線を泳がす。
「いや、そんな筈ないでしょ! だって僕が片手で持てる程の軽さなんだからね!!」
「片手!?」
それは凄いなと感心してしまう。
だが反面、片手で持てる程痩せているのかと心配になる。
「レドが痩せてるのなら、俊弥は? 俊弥は太ってるの?」
「え!?」
突然のシャルルの言葉に、驚く。
そして自分の体を触ると、確かに昔よりは太ってるがメタボ体型ではないと思いたい。
「俊弥さ、肉は肉でも筋肉増やしなよ」
「いや、それよりレドは!? レドに脂肪増やしなよと言った方がいいよ!!」
「……増やせるものならとっくに増えてるっ!」
突然何か気に障ったのか、レドは手をかざす様に前に出す。
すると碧い光の粒から徐々に双剣へと変化した。
「え!? どうやって!!」
自分に剣を向けられた事よりも、光の粒から双剣へと変化した事に驚きを隠せずにいた。
「とりあえずテメェは黙れ、この人間がっ」
「うっ!!」
ガーンっと衝撃を受ける。
そして、心にもグサッときた。
「こらっ! もう、どうしたの? なんかピリピリしてるけど」
そうルドガーが言うと、レドはまるでお前のせいだろうと言わんばかりに睨みつけている。
そんな時シャルルが
「ねえ、ルドガー。デザート食べてもいいの?」
デザートと聞き、ピクリとレドが反応した。
その様子を見たルドガーは、笑みを浮かべた。
「うんいいよ。じゃあレドも食べようか」
「はぁ!? 何言ってるんだっ。離せっ!」
ルドガーはレドの腕を掴み、ズルズルと引きずって行く。
そのズルズルと引きずられていく様を見ると、何だか意外と思ってしまう。
あんなにも冷たく引き離すくせに、ルドガーには逆らえず、また普通に話せている。
だが、そう思ってしまうと心にまたダメージを喰らう。
これは、まだまだ打ち解けるには先が長い。
「レドも食べるの!? なら皆で楽しく話しながら食べるの!! そうすればきっと楽しいの!!」
そう、シャルルが言葉を発した。
「行こう、俊弥!」
そして俊弥の手を取り、キッチンの方へと歩いて行った。
その様子を、あの子に重ねてしまう。
……ああ、何で姿を重ねてしまうのか。
俊弥はぐっと唇を噛んだ後、シャルルに笑いかけた。
……せめて、今の時間を精一杯過ごそうと。
そう自分に言い聞かせて。
◇
「はぁ……今日も疲れた」
ベットに勢いよくダイブし、ゴロゴロし始める。
前の世界でも、今の世界でもこうしてベットに横たわっているのが祝福の時となっていた。
何故なら、あまり余計な事を考えなくてもいい様な気がしてるからだ。
明日もきっと筋トレという名の、基礎体力作りがある。
けれどそれが嫌、苦痛とは感じなかった。
今までは体作りからではなく、ただひたすら実践をしているだけであった。
だが、それには理由があった。
あの家で産まれた時からの宿命。
あの家の“仕来り”からは決して逃れる事が出来なかった。
けれど今はこうして逃れる事が出来ている。
だが、あの世界では今はもう無い自分の“使命”があった。
彼女と約束をした。
だというのに……。
自分の中気持ちを伝えられずにいると、後悔するという事を、もっと早く気付いていれば何か変わっていたのだろうか。
「あーー!! もう! 考えるのやめ!!」
ベットの上で手足をジタバタさせ、その後深くため息をつく。
「……何で、早く……気付いて……やれなかっ……たんだ」
掠れた声で、天井に向かって言葉を漏らした。