紅き色を持つ者
「レド……なの?」
「シャルル? どうしたんだ」
シャルルは立ち上がり、レドと呼ばれた少年の元へと歩いて行く。
その表情は、今まで見た事がなかったものだ。
今まで見てきたのは、薄らと笑みを浮かべ、また悲しそうに笑う姿。
そして年相応に笑顔を浮かべ、はしゃいでいた姿。
だが今は目を大きく見開き、口を薄らと開けたまま、まるで何か信じられないような者を見たような……そんな表情だった。
シャルルは一歩……一歩と、あのレドと呼ばれた少年の方へ足を運ぶ。
しかし、シャルルが近付く度に、レドは比例する様に後退りをする。
前へ。
後ろへ。
前へ。
後ろへ。
遂にレドは壁に背を付ける様な感じになってしまい、シャルルは立ち止まった。
「私だよ、シャルルだよ。レド……何で、私の前からいなくなったの?」
自分の胸に手を当てて、そっと呟くように言葉を発した。
言動からにして、シャルルはこのレドと言う少年を知っているようだが、レドは驚いているような、または恐怖を感じているのか、何ともいえない表情をしていた。
もし知り合いであればこの様な表情をする事は、余っ程のことがない限り有り得ないだろう。
シャルルの口調も数時間前と比べると、妙に大人っぽい。
もしかしてこの目の前にいるレドという少年が関係してるのだろうか。
レドは眉間にシワを寄せ、二人の間に不穏な空気が漂う。
ジッとお互いの事を眺めていたが、突如前触れもなくレドは口を開く。
「……お前、だーー」
「はい、ちょっと待って」
レドの言葉を遮り、二人の間にルドガーが割り込む。
そして、俊弥も今更ながらシャルルの側へ駆け寄る。
ルドガーはレドを背中の後ろに隠すようにし、シャルルの顔を見た。
一方のシャルルは少し文句がありそうな表情でルドガーを見上げている。
シャルルとレドの二人の間に、昔何があったのかは分からない。
だが、ここで言い争いをされたら後々二人の間に不穏な雰囲気が漂う事になり、きっと表に出さなくてもシャルルは傷付いてしまう。
なら、どうにかしてこの場の空気を変えないと。
そう、俊弥の中で答えが出た時、先程から言いにくそうに口を開いては閉じてを繰り返していたルドガーが、覚悟を決めたかのように口を開いた。
「あのね……シャルル。単刀直入に言うとレドは君の事は知らない、いや“覚えていない”んだよ」
一瞬、この場の時が止まったかのような気がした。
「……え」
シャルルは信じられないような表情をした後、まるで絞り出したかのようにか細い声を出した。
「ルドガーそれって、まさか……」
“覚えていない”
その言葉から推測出来るのは一つしかない。
「……レドは記憶喪失なんだ。だからシャルルは会った事があるかも知れない、けれどレドは記憶喪失だから覚えてはいないんだよ」
優しい声でシャルルにそう真実を伝えた。
シャルルはその真実を聞き、瞳を伏せて「記憶喪失……なの」と、声を少し震わせながらそう言葉を発した。
「そうだから……ね?」
そうシャルルに言い聞かせたが、シャルルとレドは二人して黙っている。
シャルルは何かを尋ねたいのかしっかりとレドの顔を見ているが、レドは気まずいのか顔を逸らしている。
そんな中ルドガーは、あっ! と、思い出したかのように口を開いた。
「それに、記憶喪失だけではないんだよ。レドはかなりの人見知りで、初対面の人とはちょっと素っ気ない態度だけど少しずつ仲良くなればーー」
自分の事を覚えていないというショックから口を閉ざしていると感じていたルドガーは、シャルルに向かって話す。
だがシャルルは、そんなルドガーの言葉を遮るようにレドに向かって言葉を発する。
「分かったの……。例えレドが覚えていなくても、私はずっと覚えているよ。一緒にいた日々のこと」
「……!!」
この時、俊弥はある事を思い出した。
それはシャルルが暮らしていた屋敷の、二階の寝室にあった一枚の写真。
そこにはシャルルと、その隣に顔が汚れていて見えなかったが赤系統の髪の色だと思われる一枚の写真。
その隣にいた者は、もしかしてレドではないのだろうか。
写真とは違い髪は短いが、髪の色は赤系統に入る緋色……充分可能性があると思われる。
「……ルドガー」
「なぁに、レド」
くるっと顔だけをレドの方へと向けたが、レドはルドガーの肩へと手を置き仏頂面でジッとルドガーの顔を見た。
「……後で、話してもらうからな」
そう冷淡な態度で言葉を言い残し、レドは二階へと姿を消した。
「……レド」
その後もシャルルは、不安そうな表情しながらジッと二階へと続く扉を見ていた。
◇
「はい。ではいただきます」
「いただきますなの」
「………いただきます」
「………」
あれから少し時間が経った後、レドは黒いワイシャツに着替えて降りてきた。
その後料理を並べると、それぞれ席に付きご飯を食べ始めた。
夕飯のメニューは白米に焼き魚、ササミが入った野菜サラダ、生姜焼き、そしてポトフである。
一体、あの短時間でこれほどまでの物を作ったルドガーが気になるが、しかし今現在俊弥とって一番気になることは。
「…………」
目の前で、無表情で黙々食べているレドの事だ。
天然で鈍臭い子かと勝手ながら密かに思っていたが、先程の一件でルドガーとは性格が真逆であると思い知らされた。
また、ルドガーより……いやもしかしたら167cmである俊弥より身長が低いと思われる。
そして髪の長さは肩……いや鎖骨に付く位で、右側の耳にはピアスを付けている。
顔立ちは幼くまつ毛が長い、もしかしたら女顔ーー
「……何ジロジロ見てんだ」
突如レドがギロッと、俊弥の事を睨みつける。
舐め回すかのようにジロジロと見ていた俊弥が勿論悪い。
が、謝ろうとしても、レドのこの目力と無言の圧力。
「いっ、いえ……そのっ」
流石に敬語になってしまい、それから声が裏返ってしまった。
その事に対し顔がカァッと熱くなった時、ため息混じりにルドガーはレドに対し叱責した。
「レド……しょうがないでしょ。そんな事よりご飯はーー」
「もう要らん。これで十分だ」
そう言葉を残し、また二階へと姿を消した。
「はぁ……またこんなに残して、倒れると言っているのに」
レドが残していった食べかけの料理。
残された食事の量は、大袈裟に言うと一口程度しか食べていないかのように思える。
「あの……ルドガー」
「やっぱり気になる? レドの髪が緋色だから」
ふと、ルドガーの言葉に疑問を覚えた。
緋色だからどうしたんだ?
この世界だと、日本みたいに黒髪黒目ばかりじゃない筈。
勿論“例外である”自分自身を除きだ。
だというのに、緋色だからって何かあるのか。
「へ……緋色? それがどうしたのか?」
そう俊弥が疑問を投げかけると、ルドガーは瞠目した。
「え! もしかして知らないの。紅き色を持つ者って」
「あっ、その言葉は知ってる」
シャルルが住んでいた、屋敷の書斎で見かけた本に書いてあった言葉だ。
だが、途中からは汚れていて見れなかった。
確か……と、書いてあったことを思い出そうとすると、紅髪紅眼がどうのこうのと書いてあったことを思い出す。
「私も聞いたことはあるけど、内容まではよく知らないの」
シャルルも知らないという事に、ルドガーはますます驚きの表情を浮かべた。
「そうなの!? 知らないなんて珍しいな……。
……知っておいた方がいいかもしれないから、簡単に説明するよ」
俊弥とシャルルは今から説明するルドガーの声に、耳を傾けた。
「紅き色を持つ者とは、約千年前に起こった事件の犯人とされている暁の名を持つ者……本名が不明で、“暁”と呼ばれているのだけれど、その者が起こした事件により紅色の髪を持つ者は災いを起こすとされて、現在でも蔑まれているんだ。
赤系統の髪が一部、又は全体にあるのと、眼の色が紅色だと紅き色を持つ者とされて、大体の人は見つかり次第殺害しているらしいね。
でもここスフィラではそういう差別的な事はないんだよ。確か“アニス”さんと言う色を持つ女性のお陰らしいけど。
ちなみに髪の毛、あるいは瞳のみ紅色ということはないんだ。
髪の毛と瞳、どちらかに紅色があれば、その反対にも必ずしも紅色になってるんだ。
もしかしたら、一種の呪いとも言われてるけど……。
……簡単に説明するとこんな感じかな?」
ルドガーの話を聞き、俊弥はある疑問を抱いた。
「ちょっと待って、じゃあレド……さんはどうなるんだ? だって髪の色は緋色だが、目の色は……紅色ではなく空色だろう。それって……」
ルドガーは、困惑した表情を浮かべた。
「俊弥の言いたい事は分かるよ。けれど何で、レドだけが例外な存在なのか僕にも分からないし、歴史上そんな事例はないんだ。多分レドが“特別な存在”なのかもしれないね」
「……じゃあ、いっぱいツライ事があったのかもしれないの?」
そうシャルルが問いかけると、ルドガーは目を伏せた。
「そうかも……しれないね。実際レドと出会った時には、怪我をしていたから」
ルドガーは苦しげな表情をした後、顔を上げた。
「さて、この話は終わり! 早く食べようか」
そう、明るい声でルドガーは、その場の空気を変える為にそう言った。
が、俊弥は正直ご飯を食べる気分ではなくなっていた。
しかしせっかくルドガーが作ったので頑張って口に含んだが、それは何だか味気なかった。
◇
「ルドガー、お風呂出たぞ」
俊弥はあの後、お風呂に入った。
脱衣所は洗濯機や洗剤の買い置きなどが置いてあり、それから銭湯にあるような脱いだ服を置いて置けるカゴや棚があった。
流石に銭湯のように体重計は無かったが、普通の家に比べれば広い造りだ。
ちなみにお風呂のサイズは二、三人が入れる程の、思ったよりも普通のサイズであった。
肌着に関しては、袋に入っていた新品なものがいつの間にか用意されていた。
「俊弥……眠いの」
俊弥より先にお風呂に入って出ていたシャルルが、目を擦りながら眠たそうな顔でうっつらうっつらしていた。
「え!?」
だが眠いと言っても、一体どこで寝ればいいのか。
一人慌ててると……
「じゃあ僕の部屋寝てよ。まだ片付けが出来ていないからさ」
ソファーに座って何かしていたルドガーが、そう俊弥に言った。
だが、ルドガーの部屋を借りるとすれば一体ルドガーはどこで寝るのだろうか。
いや、そもそも部屋の片付けはルドガーがやるのではなく、居候の身となる自分自身がやるべきではないのか。
「でも、ルドガーはどこで寝るんだ?」
そう俊弥が訪ねると、ルドガーはソファーの前にあるローテーブルから積み重なっていた紙の束から一枚取り、俊弥に見せた。
「僕は徹夜、ちょっと書く書類があるから。ほら部屋に案内するよ」
紙をローテーブルに置くと、ルドガーは二階へと続く扉を開け二階へと行く。
俊弥達も続くように二階へと足を運ぶ。
二階に着くと部屋数は一階と同じ位で、もしかしたら殆ど物置として使っているのか、あるいは全く使っていない状態で埃が溜まっているかのどちらかだろう。
「ここが僕の部屋だよ」
ルドガーが指差した場所は、階段がある左側から三番目の扉。
ネームプレート等は付いていなくて、見た目は至って普通である。
「じゃあ僕は隣に用があるから、おやすみ」
「うっ、うん。おやすみ」
そうお休みの挨拶をし、俊弥は部屋へと入った。
中に入ると、ソファーとローテーブル、小さな棚つきで幾つか書類が置いてあるデスクと普通のサイズよりは大きめ……ダブルサイズのベットだろうか。
想像より遥かに綺麗に整頓され、掃除されている部屋である。
「シャルルもう寝てもいいよ」
「うん。おやすみ、なの……」
そしてシャルルはベットに潜り込み眠りにつく。
ちなみにシャルルが着ている水色のパジャマは、肌着と一緒で俊弥が知らない間に、服屋で買っていたものだろう。
それから俊弥が着ているグレーの衣服は、ルドガーが一度も着ていない服。
もちろん新品の服だ。
その衣服はただのTシャツとスエットという感じではなく、何となくファンタジーな服装に見える。
俊弥は気を使わなくてもいいのにと思いつつ、問題のサイズはデカくなく小さくないという、これもまたサイズはぴったりである。
「ふぁぁ……何か眠いな」
テーブルの上に置いてある時計を見ると、部屋の電気を消しているので見えにくいが5/10・21:10と記されていた。
いつの間にそんなに時間が経っていたのだろうと感じたが、眠いのは眠いのでソファーに横になった。
ソファーで横になった理由は、なんとなくシャルルの横だと寝付けないかもしれないと思うのと、世間的に家族でもない少女の横で同じベッド寝るとなると問題な気がするのだ。
だから俊弥はソファーで寝ることを選んだ。
部屋の中をぐるっと見たとき、俊弥の分の毛布が無いことに気がついた。
この部屋はルドガーだけが使っている部屋。
だから毛布が何枚もあるわけがない。
俊弥は魔法袋から毛布を出し、そしてソファーへと横になる。
ソファーに横になってから数分、疲れからなのかすぐさま眠気が襲ってきて、俊弥は眠りについたのであった。
◇
「ん? 何だ今の音……隣から」
俊弥は隣の扉を開けた音で起きた。
その音は小さく、パタンと扉が閉まった音も続いて聞こえた。
ソファーから起き上がり、自分でも何でそんな小さな音で起きたのだろうと思いつつ、シャルルを起こさないようにゆっくりと部屋を出た。
部屋を出ると、天井の方にある小さな窓のような所からの月明かりでなんとか足元が見える状態であった。
普段なら気にもせずに二度寝をするのだが、俊弥は何かに呼ばれたかの様に体が前に進む。
階段を下りきると、リビングの明かりがまだついていた。
そういえばルドガーが徹夜するとか言っていたな、と思い出す。
「ん? 俊弥、どうしたの?」
リビングに入ると、案の定ソファーにはローテーブルに書類を置いているルドガーの姿があった。
ルドガーがこうしてリビングに居るという事は、先程のは何かを取りにルドガーが別の部屋扉を閉めた音だったのかと、一人勝手に納得した。
「いや、誰か出て行くような音が聞こえて……。でも、それはルドガーだったんだよな」
そう、ルドガーに向かって言うと、ルドガーは何の事だろうときょとんとした。
「いや、僕じゃないけど。ん? 出ていく……あーレドの事か。よく夜中に外に行くんだよね。まあ二階から飛び降りずに、玄関から出て行くのは珍しいけれど」
苦笑しながら話すルドガー。
先程のはルドガーじゃないのだと分かった同時に、俊弥は色々と突っ込みを入れたくなったが、外に出て行ったレドの事が気になりなんとか抑える。
あんなに冷たく冷淡な態度だが、こんな夜中に一人で外に行くのは危ないのだろうか?
特にあの紅き色を持つ者という話を聞いた後だと尚更だ。
俊弥は大丈夫なのかと、そわそわする。
内心心配で堪らない。
一方のルドガーは俊弥がなんだかそわそわしている事に気付き「気になるなら行ってきていいよ、でもあまり遠くに行かず早めに帰ってきてね」と言った。
俊弥はルドガーがそう言った事に驚いたが、その言葉に甘えレドを見に外へと足を進めた。
◇
「うう……暗いし肌寒いな」
やはり森の中だということで歩いても歩いても木々ばかりで月明かりは届かず、足元は暗い。
なんとか転ばないように、足元に注意しながら進む。
それから風は冷たく、薄着である俊弥にとって寒くて仕方ないのだ。
現在の季節は春、しかも五月だったと思うが、気温は春とは言えるものではないことを考えるとスフィラは北の方なのか。
そして夜中ということもあり、かなり気温が下がっているのであろう。
俊弥は何でレドはこんな肌寒い夜中に、一人外に出ていったのだろうと気になっている時、今まさに探していた人物が目の前にいる事に気付いた。
「……レド」
思わず、敬称付けするのを忘れてしまう。
等の本人は俊弥が見ている事に気付いていないのか、ずっと空を見上げていた。
俊弥も同じように空を見上げると、綺麗な三日月の月がある。
金色と青銀の色の綺麗な三日月。
そして視線はレドに戻す。
すると先程は気がつかなかったが、レドの髪の毛……緋色の髪は金色に輝いていた。
どうやら月明かりで、髪の色が金色に輝いているように見えるだけのようだ。
「……何してるんだ」
「はひぃ!!」
俊弥は突然此方に顔を向け声をかけてきたレドに吃驚し、思わず声が裏返ってしまった。
心底恥ずかしく思いながら、レドの元へと足を進める。
「いや、ちょっと気になって」
「……物好きだな」
「うっ……」
確かにその通りだ。
大して仲が良いわけでもなく、まともに話なんてしてはいない。
だけど何でだろうか、俊弥は何だかレドの事がとても気になった。
改めて近くで見ると髪の色やはり金色に輝いていて先の方は透明感がある。
そして俊弥は髪だけではなく、目の色も金色に見える事に気が付いた。
「綺麗……」
「……は?」
「いやっ!? これはその、決してレドさんの髪の色が綺麗という訳ではっ……あ」
しまった!! と思っても、もう遅い。
辺りは風の音もしない程、静まり返っている。
きっとレドは一言一句も聞き漏らさずに、無意識に口から零れ落ちた言葉を聞いてしまったのだろう。
俊弥は恐る恐るレドの顔を見ると……目をぱちくりさせ、それからかぁっと顔が赤くなるのが窺えた。
「っ……くたばれ」
「何でっ!?」
そう物騒な事を言うとレドは舌打ちし、どこかへ歩いて行く。
「ちょっと、どこいくんだよ」
「……帰って風呂に入り、そして寝る」
「え、まだ入っていなかったのか。
あっ! その、待って。俺、帰り道が分からないんですっ」
俊弥は置いて行かれないようにと、足早にレドの元へと走って行った。
そして顔を見る。
何度見ても、瞳は紅ではない。
例外を持つ色を持つ者だとしても……。
それでも、レドの瞳は凄く綺麗な色だと、そう感じた。
◇
「へ? 今、何て言った?」
「だから俊弥とシャルルに、スフィラの街や王都の方へと案内をしようと思って」
現在は皆で朝食を食べているところだ。
ちなみにメニューはパンに栄養満点サラダ、卵焼きにコンスープである。
「王都なの!? 私行ってみたいの!」
瞳を輝かせ、わくわくしてるシャルル。
「でも街と王都って、同じ感じじゃないのか?」
スフィラは王都とされている、だから街と王都はスフィラの中では大して変わらないような気がした。
そう思ってる時、ルドガーは丁寧に説明をし始めた。
「街は民家が多い場所、王都は城に近い場所で主に貴族が暮らしている地区だよ。何故なのかそう言い分けているんだよね、スフィラでは」
「そうなのか」
そう言い分けてはいるが、スフィラは街ではなく、王都だという認識が普通だと言う。
返事をしつつ俊弥はパンを口に含み、レドの方へと視線を移す。
昨日と同じで黙々と食べてはいるが、全く料理は減ってはいない。
もしかして少食なのではないのかと思ったが、少食にしてもあまりに少ないと思われる。
そして俊弥達がルドガーと話をしている時も、関係なさそうにスープを飲んでいるその時。
「レドも勿論行くよね? 王都に」
ルドガーにそう問われ、一瞬吃驚したレド。
飲んでいたスープを机の上に置き、ため息混じりにルドガーに向かって口を開いた。
「……行かねぇよ」
案の定、外に行く事を拒否したレド。
やっぱり昨日突然現れた俺達とは行きたがらないのかと、思いつつパンをもう一口、口にふくんだ時。
「……行くよ、ね?」
突然ルドガーの周りに、黒いオーラが出たような気がした。
口は笑ってはいるが、目は全く笑ってはいない。
俊弥は自分に向けて言われている訳でもないのに、恐怖を覚える。
「っ……行けば、いいんだろ」
レドも何か感じたのか、渋々了承した。
「最初からそう言えばいいのに」
「…………」
ルドガーはいつもの雰囲気に戻ったが、レドは少し顔色が悪そうで食事も手をつけず、ただ無言でそっぽを向いている。
「じゃあ、食べ終わって少ししてから行こうか」
「はいなのです!!」
シャルルは出掛ける事がそんなに嬉しいのか、ご飯を食べている間も笑みを浮かべていた。
◇
あの後皆は服を着替え、王都へと向かっていた。
俊弥は勿論制服なのだが、汚れていた服が綺麗に洗濯されに畳まれていた事には驚愕した。
ルドガーもレドも昨日着ていた普段着で、シャルルは昨日買ったあの水色の服を着ている。
「街の方は昨日行ったから、今日は城の近くまで行ってみようか」
「お城はどれ位の大きさなの?」
「もしかしたら、シャルルが百人位の大きさかもな」
「凄いの!! お城はそんなにも大きいの!?」
シャルルと話をしていると、不意にレドは後ろへと振り向いた。
そして、立ち止まり何かを警戒しているようだ。
「どうかしたの? レド?」
ルドガーがそう問うとレドはハッとし、ルドガーの方へと顔を向けた。
「……なんでもねぇ」
「そう?」
瞳を伏せ、そう言った。
俊弥は何となくレドが見ていたと思われる場所を見たが、通行人や買い物をしている人しかいなかった。
一体何を見ていたんだろうと思いながらも、再び歩き出す一行。
しかしゆっくりゆっくりと魔の手が少しずつ近づいている事は、この時誰も思ってはいなかった。
◇
「これがお城!?」
「そうだよ。大きいでしょ」
現在一行は、スフィラの城の近くまで来ていた。
外見は白と水色を基調しており清楚な感じがし、門も大きく俊弥が二~三人位の大きさである。
まあ流石に入る事は出来ないが。
「……で、あれはーー」
ルドガーが王都を案内してくれて二~三時間。
主にお店や施設、家までの道のりなど詳しく教えてくれている時、俊弥はあるお店に目が移る。
「あのさ、あれって」
あるお店に向けて指をさし問うと、ルドガーが答える。
「あれは魔術関係の本が売っている所だね」
「魔術!? ちょっと見てもいいかな」
「え? 別にいいけど……」
そうルドガーに了承を得ると、先程の本屋へと足を運ぶ。
「おお~凄いな」
中に入ると、様々な本がそこに並んでいた。
当たり前だが、どれも魔術関連の本。
色々な本を手に取り中を見るが、俊弥にとっては少し難しい内容ばかりだ。
「俊弥は魔術使えるの?」
シャルルがそう質問するが、当の本人である俊弥にも分からない。
この世界に来た時に初めてあった少女は、魔属性は持っていると言っていたが魔術が使えるなんていう事は一言も言ってはいなかった。
「いや……分からないけれど、興味があって」
アニメやゲーム好きな人達は、一度は思った事があるのであろう。
それは魔法が使えればいいなぁと思う事だ。
その思いは人それぞれで、魔法を使い世界を救う事や、自分の好きな版権キャラクターが怪我をした時に回復魔法をかけたい等妄想をしているのではないだろうか。
……無論俊弥もその一人。
上記のような妄想ではないが、ただ単純に魔法を一度使いたいなと思っていただけだ。
しかしそれは……二次元オタク、非現実、メルヘンと色々と批判をしてくる者がいた為、人前ではアニメやゲームには興味がないように演じてきた。
だがそんな人目は気にしなくてもういい。
ここは異世界で、俊弥の親や友達なんて存在はしない。
そうだからオタクオーラを丸出ししてもいいんだ、と思いながら本を捲っていると血の魔術の作り方という頁に目が止まる。
「血の魔術……? なんだそれ」
読み進めるとどうやら血の魔法とは、自分の血を糧とし強力な魔術を発動させる事が出来るようだ。
だがしかし、かなりの量の血が必要である。
人は大体、体内の二リットルの血を出血すれば死んでしまうが、この魔術を発動させるにはその半分……つまり、一リットル程の血を出血させなければならない。
この魔術はかなりの危険を伴う。
だが、こんなに危険な魔術を使う者なんているのだろうか?
俊弥は密かにそう思った。
そして、頁をパラパラと捲る。
「……魔石? あのRPGとかで魔法発動させたりするやつか?」
俊弥は魔石という項目に目がいく。
魔石と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、丸い玉の様な物で魔法使いとかが使う杖に埋め込まれているものだ。
この世界でもそんな風なのかと思い、目で追う様に文字を見ていく。
魔石とは魔力が宿っている石のようで、主にちょっとした灯りを付ける時や、まだ幼く魔術を上手く使えない子供達の護身用として使う事が多いらしい。
どうやら魔石は作れる様だが、作り方はどれも難解で材料や道具等色々な手間が掛かり、しかも天然物とは違ってすぐ砕け散ってしまう。
だが人工物だとしても出来がいいものは高くて、使い捨て同然なものは安い様だ。
しかし一つだけ、ある意味簡単と思われる作り方があった。
その内容は人の血液で作れるという事だ。
少量ではない、あの血の魔術と同じ位……いやそれ以上の血液が必要だ。
だからなのか、中には生贄を使い魔石を創り上げようとする組織もあるようだ。
その理由は通常の天然物と比べ、威力が倍増されるからだ。
しかし魔石を作るといっても、そう簡単には作れない程のトップクラスな難解である。
その為現在の研究では上級魔術を使える者しか、魔石を作る事しか出来ない。
この記事を見た俊弥は現実は甘くはないか……と思ったが、まだ幼く魔術を上手く使えない子供達と書いてある文字に目を付けた。
「もしかして……この世界の者達は皆、魔術が使えるのか」
そう思った時、俊弥は魔術の使い方が書かれている本を探し始めた。
俊弥が本を探している時、レドは俊弥の近くで本を見ており、ルドガーとシャルルは奥の児童書を見ていた。
そんな時、様々な書籍が並んでいる棚に魔術と魔法と書き分けていることに気が付く。
「……魔術と魔法って何か違いがあるのか?」
不意に頭の中に浮かんだ事を、ぼそりと呟く。
「魔術は誰でも使える訳でない。主に生まれつき使える者だ。
魔法は人間が創り上げた魔科学から派生してる。魔術を応用させた技術だ」
「っ! そっ…そうなのか」
独り言だったのだが、意外にもレドが説明してくれた。
その事に驚きつつ、本を漁るようにお目当のを探す。
「……あった」
俊弥はお目当てだった本を見つけ、早速内容を確認する。
魔法は、人族達が魔科学で創り出した、魔術の応用した技術。
魔法具というものに魔石を埋め込み使うもので、魔法具には様々な種類があり、腕輪やネックレス、ピアスなどのアクセサリーが多い。
殆どの人族はこれにより魔法を操るが、使用回数に限度がある。
そして魔術。
誰もが使える訳では無い力。
使い方次第では、理を変えてしまうほどの力となるが、万能ではない。
創造する力とも言われ、才能がないと使えないとされている。
発動方法は詠唱しなくても発動はするが、身体に文字や模様が直接肌に浮き出るもの。
周りに文字が飛び交うなど、術により異なる。
ーーと、記されている。
「俺は、魔術は使えないかもしれないということか……」
「なに……独り言を言ってんだ」
「いや、別に。ちょっと個人的な事を」
本をそっと戻し、レドの方へと振り向いた。
その時レドは突然眉間に皺を寄せ、俊弥の後ろの方をジッと見ていた。
その事に不思議に思った俊弥は自分の後ろを見るが、そこにはいつの間にかに外に出ていたルドガーとシャルルが小鳥を見ている姿位しかない。
何人か前を通ったりしてるが、それ以外は特にレドが不機嫌そうになる事はない様な気がするのだが……。
「そろそろお昼時だから、ご飯でも食べに行く?」
「ご飯食べに行くの?」
ルドガーが皆に向けてそう言った。
シャルルはもちろん賛成し、俊弥も賛成である。
そう色々な所へ歩き回っていたからなのか、お腹が空いてきていのだ。
自覚すると、一気に胃が空っぽになった気がする。
一行は本屋を出て、次は飲食店……所詮ファミレスへと向かった。
この世界に日本に馴染み深いファミレスがある事に驚きつつ店内へと入る。
内装は日本と同じようなもので、もしかして本当は異世界ではないのかと思ってしまう程だ。
そして席に着き、メニューを開く。
メニューの内容も同じような感じで、なんだかんだ肉料理が多い。
「じゃあ何食べたい? 好きな物を頼んでいいからね」
にこりと笑みを浮かべるルドガー。
一方の俊弥は、まるで日本にいるような感覚でメニューを見て悩んでいた。
「じゃあドリンクと、うーんステーキかハンバーグか……悩む。……よし決めた、このデミグラスハンバーグにする」
この時ハッとした。
好きな物を頼んでいいと言っていたが、流石に居候している身であるというのに、ルドガーの好意に甘え過ぎではないのかと。
「私は……飲み物と……俊弥と同じのにする」
シャルルは初めてメニューを見たようで、珍しそうにパラパラと捲っていた。
「……水」
机に肘ついてメニューさえも見ず、そう言った。
「ちょっレド! 水って……ちゃんと食べないと。せめてサラダだけでもいいからさ! それじゃないとーー」
「腹は減っていない。お前達で食ってろ」
レドの言葉を聞き、深く溜め息をつくルドガー。
少し粘っていたが、どうやら折れたのはルドガーの方だったらしい。
「……仕方ないな。すみません~」
ルドガーは店員に声を掛け、注文を取ってもらう。
ちなみにルドガーが頼んだのは野菜豆腐サラダに、これもまた野菜が乗っているハンバーグを頼んでいた。
もしかして、ルドガーは相当の野菜好きではないのだろうか。
注文した後、俊弥は自分とシャルルの飲み物を取ってくる為ドリンクバーへと行き、ルドガーは一体どこから出したのか分からない書類を見ていた。
レドは……多分トイレだと思われる。
自分とシャルルの飲み物を確保し、待っている二人の元へ戻ろうとした時
「うぁっ!!」
友達と話していた思われる女の人が前を見ていなかった所為で、俊弥に思いっきりぶつかった。
体がよろけた俊弥は両手に持っていたグラスを離してしまい、割れはしなかったが、ガシャッンと大きな音を立てた後、俊弥は尻餅をついた。
「ん? 俊弥!?」
「どうかしたの?」
ルドガーは書類から目を離し、ガタンと音を立て立ち上がった。
「ごめん! ちょっと俊弥の所に行ってくるね」
シャルルにそう言い残し、ルドガーは俊弥の元へと向かった。
そして、テーブルにはシャルル一人となった。
振り向いたシャルルの目線の先には、女の人が謝っている姿に尻餅をついた俊弥と、その近くにいるルドガーだ。
ぐるりと店内を見回すが、そこにはレドの姿はなく、シャルルはショボンと落ち込んでいると。
「お嬢さん、こんな場所で一人でいてどうかしたの?」
「……?」
突然シャルルに、一人の男が声をかけてきた。
年齢は二十代後半位だろうか。
「こんな人が沢山いる場所で一人でいるのは危険だよ。ささこちらへ」
男がシャルルの手を掴む。
突然の事に、戸惑いの表情を浮かべるシャルル。
「でっでも……私は」
渋っていると、シャルルの手を掴んでいる男の手に力が籠る。
痛いっ
シャルルは痛みで咄嗟に目を瞑る。
どうにかしなくちゃいけない。
けれど、手を振り払う事も出来ない。
俊弥とルドガーの二人に助けを求めようとするが、上手く口から言葉が出て来ない。
「いやこんな場所では本当に危ないよ。変な人に攫われるからね」
「ーーそれはお前の事だよな」
シャルルの手を掴み強引に連れて行こうとした男性の肩を掴み、無理矢理後ろへと向かせたその者は、先程から姿が見えなかったレドであった。
「お前、ずっと俺らのことつけてただろ。
姿を隠す魔法を使ってた様だが、んなの気配で分かる」
レドが、ずっと後ろを気にしていたのはそういう理由だった。
お城へ向かう時も、本屋にいた時も、この店に向かう時であってレドはこの男性が後ろからつけてきていることに気が付いていた。
しかし……とレドは思う。
確かにつけてきていることは分かっている。
だが、あの気配は“一人ではなかった”。
男はそんなレドのことは想定外であり、またその姿を見て目を細めた。
「なっなにを言っているんだ君は、言い掛かりは止めなさいっ。
そ、それに君の方が変な人ではないのか!? この紅色の“化物”め!!」
「……っ!!」
その“化け物”と言う単語を聞いた時、レドの表情が変わった。
そして男を殴り飛ばした。
「レド!!」
シャルルはレドの名前を呼ぶ。
しかしレドはシャルルの事を無視し、男の胸元を掴む。
「……そうだな、どうせ俺は化物だ。
だが、お前が今しようとした事は、決して許される事ではない」
「ひっ」
「ちょっとレド! ……一体、何が」
「どうしたんだ。これは」
「違うのっレドは、私を守ろうとして!」
ルドガーと俊弥は騒ぎを聞きつけ戻ってくると、レドが見知らぬ男の胸元を掴んでいる事に驚愕していた。
ルドガーが声をかけようとした時、レドは男を離し「…………帰る」と一言を残し立ち去っていった。
その時一瞬だけであったが、レドの表情は苦しんでいる様な……そんな風に見えた。