スフィラ
「答えろ!! どうやってあの場所へと、入ったんだ」
腹部に蹴りを入れられる。
思わずむせ返り、鈍痛が広がっていく。
「……うっ、げほ……そんなの、っ知らない……」
俊弥はあの後男達に外へ連れて行かれ、只今尋問という名の暴行を受けている。
「そんな筈はないだろう! あの扉には魔術がかかっているんだ。そんな簡単には、開かない!」
そしてまた、腹部に蹴りを入れられる。
俊弥の体は既に傷だらけで、一部の傷には血が滲んでいる。
それから何度か暴行はされたが、男達は諦めたのか、どこかへと消えて行った。
俊弥はただ一人、その場で倒れていた。
すぐにでもシャルルを探しに行きたいが、体がいうこときかないのと、手足にロープが巻き付かれていて立てない状況だ。
俊弥は何か良い手がないかと、体を揺さぶった時。
ーーコツンと何かが俊弥の手に当たった。
触った感じでは尖った物である。
色々な場所を触り何なのか確かめようとすると、指先に痛みが生じる。
どうやら砕けた陶器の一部のようだ。
俊弥は手首のロープを切ろうと、色々と模索する。
すると、するりと手首のロープが切れ、俊弥はなんとか起き上がる。
「くそ、思いっきり殴るなんて。
……それに、シャルルの話を聞こうとしないなんて……」
そう愚痴をぶつぶつと零しながら、足首にも巻きついているロープを外している時
「お前っ! 一体何をしているんだ!!」
「っ! しまった!!」
見回りに来たのか、一人の男が現れた。
男性は誰かを呼ぼとしている。
応援を呼ばれたら困る俊弥は何かいい物がないかと、急いでロープを切り辺りを探す。
ガサガサと手を動かし探していると、遺跡で出会った少女から貰った魔法袋に何やら硬い物が手に当たる。
魔法袋は、ポケットから落ちたのだろうか。
硬い物の正体を一体何だろうかと考える前に、魔法袋から硬い物を取り出す。
その正体はあの少女から貰った剣であった。
正直魔法袋に入れた覚えはないのだが、俊弥はその剣を握りなおし、男へと振り下ろす。
男は間一髪で俊弥の攻撃をかわすが、頬から血が流れ出す。
「ーーっ!!」
俊弥は薄々感じてはいたが、ここは決して安全とは言えない異世界。
争いが絶えず、日々人が死んでいくような世界。
この剣も、少女の言葉から本物だと感じていた。
しかし昨日までは人と命を賭ける争いを体験したことがない、男子高校生。
だからこそ人を“刃物”で傷つけるなんて、俊弥は初めてだ。
血で怯んでいる俊弥を、隙ありと男が農具の鍬で応戦をする。
俊弥はそれをなんとか剣で受け止め、また攻撃を繰り出す。
だが、人に対し殺傷能力がある真剣なんて一度も扱った事がない俊弥の攻撃は、先程の不意打ち以外は全く当たらないでいた。
それは人を傷付けるという行為に、躊躇しているからだ。
そんな時、あの少女の言葉が頭によぎる。
『君が持っているのは、鑑定と風の剣
(つるぎ)かな』
ーー風の剣、名前からにして攻撃系のスキルではないのか。
今は怪我をしている。
そして相手は己を守る為に農具とはいえ、武器の扱いは俊弥に比べては長けている。
完全に不利である俊弥は、そのスキルに全てをかける。
「っ!! 風の剣!」
俊弥そう叫んだ後、人の目では到底見れない程の速さで攻撃を繰り出した。
それはまるで峰打ちをするかのように、男にひたすら剣戟を浴びせる。
出来る限り、傷付けたくはない。
幸いにも、この剣は刀と同じように背面が峰打ちとして使える。
だが、刃物としての役目ではなく、代わりに鈍器としての約目に変わっただけだ。
当たりどころが悪ければ、殺害することもたわいもない。
俊弥は出来る限り力を抜き、せいぜい打撲で済むように意識を集中させた。
そして、男はそれを躱す事は出来ずに攻撃を受け、ふらりと倒れた。
「…ハァ……ハァ、やったか」
男は倒れ、俊弥ただ一人がこの場で立ちすくんでいた。
男は外傷があまりなく、気絶していることを確認すると俊弥は安堵しシャルルを探しに行く事にする。
しかし歩けば歩く程傷に痛みが走り、とても長距離を歩く事や走る事は無理そうだ。
「くっそ……シャルル、一体どこにいるんだ」
地面に落ちていた魔法袋を拾い、剣をまるで杖変わりにする様にゆっくりと歩き出した。
◇
先程からバレないように息を潜めながら、物陰に潜んでいる俊弥。
先に進むにつれ、人が多くなっているのは確かだ。
侵入者とされている俊弥の一件があったからだろうか、村の人は畑には行っていないようである。
それからだんだん人が多くなっているという事は、この先にシャルルがいるのか……あるいは別のものなのか。
俊弥は隠れながら、村の者達と思われる者の話を盗み聞きしようとするが、周りの音や声が五月蝿く全く聞こえないでいた。
近くによれば聞こえるかもしれない。
しかしそれは、それなりのリスクがある。
この大人数がいる場所で見つかりでもしたら、袋叩き状態になってしまうだろう。
俊弥がどうしようか迷っている時
「私はっ! 俊弥の、元に……行かなくちゃいけないの!!」
「お待ち下さい! その者の元へは行ってはいけません!」
「いやっ、皆私の言葉なんて聞いてくれないのに、俊弥だけは私の言葉をちゃんと聞いてくれた人なの!! 私に優しく声をかけてくれた優しい人、皆が思っている人じゃない!!」
そう訴えながら、女性の手を振り払う。
この雰囲気だと、村の人は力強くでシャルルを連れ戻そうとするのかも知れない。
もしかしたら怪我をする可能性があるのにもかかわらず、シャルルはその危険を犯してもなお、俊弥の元へと行こうとする。
「……シャルル」
シャルルの行動を見て、俊弥の迷いは断ち切られた。
「……そんなの、決まっているじゃないか」
俊弥は立ち上がり、そしてシャルルの元へと走り出した。
「……俊、弥?」
そして俊弥はシャルルを守るように、女性の前に立ちふさがる。
いきなり俊弥が出てきたことに目の前の女性を始め、周りにいる人々も驚きの表情を隠せずにいた。
そんな中一人の男が口を開いた。
「何でお前がここにいるんだ!!」
その男の言葉を始め、次々に言葉という名の罵声が俊弥に降り注ぐ。
シャルルはその場の空気が変わったのを察知したのか、俊弥の服の裾を握り締める。
俊弥は、そんなシャルルを安心させる為に手を握りしめた。
「大丈夫……俺が傍にいるから。もう、シャルルを一人にさせはしないから」
「っ……あり、がとう……なの」
俊弥はシャルルに向けていた顔を、村の人達へと向ける。
皆……俊弥を軽蔑した目で見ている。
俊弥は過去の事を思い出しそうになり息を飲む。
だめだ、思い出すな。
今は……ダメなんだっ。
シャルルは俊弥の心情を察知したのか、ぎゅっと手を握りしめた。
「大丈夫……私も傍にいるの」
「シャルル、そう……だな」
出来れば争いはしたくはない、もう誰がが死ぬのは嫌だから。
俊弥は考える、誰も血を流さずに解決する方法。
その時、あの子の言葉が蘇る。
『んー、私なら分かってもらえるまで話すかな。
諦めずに伝えれば、きっと相手も解ってくれると思うから』
「そうか……」
俊弥は傍にいるシャルルにも聞こえない声で、言葉を漏らす。
ーーそして……
「俺は、突然現れたし傍から見ればただの不審者だし……。
でも、シャルルと出会って……なんかどう言葉に表していいのか分からないけど、このままじゃいけないと思ったんだ。
部外者である俺が、突然こんな事を言うのはおかしいのかもしれない。
けれど、シャルルをこのままにしてはいけないと思った。
あなた達だって、シャルルには幸せになって欲しいと思ってるんだろ?
ならシャルルの想いをちゃんと聞いてやれよ!
俺はちゃんと、想いを聞いた。
だからシャルルを外に連れて行こうと思う。
シャルルが望んだことならば、俺は何だってやろうと思う
……だから、その……」
自分でも一体何を言っているのか、だんだん分からなくなってくる。
言葉はたどたどしく、回りくどい。
頭の中がグルグルと様々な言葉で埋め尽くされていく。
「……いや、だから……つまり」
汗が頬を伝う。
早くなにか言わなくちゃ。
何か伝えなくちゃ。
と、今の現状の対応に苦慮する。
今の現状を打破し、尚且つシャルルが外に出ることを認めさせることを考えなくては。
すると、ある言葉が頭に浮かぶ。
「しゃっ……シャルルを俺に下さい!!」
思わず咄嗟に言った俊弥の言葉により、場の空気が一瞬にして凍りつく。
シャルルも、自分のことを下さいと言われきょとんとしている。
俊弥は周りの雰囲気により、思考が一時停止する。
あ……これは
やってしまったと
己の浅はかな言語を悔やんでいると
「オッホッホ、威勢のいい少年じゃな」
突然なんの前触れもなく、1人の老人が数人の男性達を連れ俊弥の前へと歩いてきた。
「そっ、村長!! お帰りは明日では」
「いや、予定より早く済んでな。しかしこの少年は、この娘を下さいとは…面白い事を言うのじゃな」
村長と言われた老人は、長く白い髭を長く生やし、服装は白い袴の様な姿である。
そして何故か俊弥が言った言葉がそれほどにも面白かったのか、村長は一人で大爆笑をしている。
その言葉を言った張本人、俊弥も流石に悔やむどころか、恥ずかしくなってきた。
「で、一体この騒ぎはなんじゃ?」
「村長、此方でこの一件を話させていただきます」
数名の男達が村長をとある家へと招き入れた。
当然村長が話を聞き終わるまで、俊弥は必然的に待機である。
この状況を好機とし、シャルルと一緒にこの場を後にすることも今なら出来そうだ。
しかし、もしそのような行為をすれば追手が来るか、街にたどり着く前に野垂れ死になる可能性が少なからずある。
ならば、なんとか村長を説得し、今のシャルルの現状を打破しなくては。
そして、数十分……或いは数時間なのかそれほど長く感じた中、村長がとある家から出てきた。
村長が出てきたことから、まばらであった村の者達が皆、周りに集まってくる。
その表情はどこかしら、余裕そうだ。
「オッホン。俊弥と言ったか、そこの少年」
「はい……」
「話は大体聞かせもらった。俊弥はその娘……シャルルを外に連れて行きたいのじゃと」
「……はい。
だって……あんな場所に独り、自分の言葉に一切耳を傾けられることもないなんて……
あんまりじゃないかっ」
「お前っ、村長にむかって」
「こら、よすのじゃ。その事については、わしも同感じゃ。しかし、この娘が成長してからではないと、外に出せず理由があったのじゃ」
「理由?」
村長の目が鋭くなる。
「それは直に分かることじゃろう。
時にシャルル、お前さんはこの少年と一緒に外の世界を見てくるといい」
村長のこの言葉により、周りはどよめく。
「村長……お気は確かで」
「そろそろこの娘にも、外の世界を知ってもいい頃じゃ」
「しかしっ!」
「いい、の?」
シャルルがそう村長に問いかけると
「いいとも、この少年と一緒に行ってくればいい。そうじゃ、まずスフィラに向かえばいい。そこでいい出会いがあるかも知れないぞ」
ポン、とシャルルの頭に手を乗せた。
村長は村の者達の言葉は聞かず、シャルルと話している。
一方の俊弥は、そのスフィラへどう向かえばいいのかと考えていた。
「スフィラか……。そこには一体どう行けば」
独り言だったのだが、村長は俊弥の言葉に返事をした。
「その事なら心配は要らんのじゃ、馬車を呼んでおく。近くまで連れて行ってくれるじゃろう。そこの者馬車の手配を」
「ははっ」
一人の男は馬車の手配へと行った。
残った村の者達はシャルルの一件は諦めたようだ。
「食料も手配しとく、しばし待ってるのじゃ」
「はっはい、ありがとうございます」
村長が来てから、話がトントン拍子に進んでいく。
本当にこのまま進んでいっていいのかと、躊躇してしまう程だ。
そして一時間程経つと、馬車が到着した。
村長から食料を貰い、シャルルと一緒に馬車へと乗り込む。
乗り込んだシャルルが窓を覗くと、村長と村の皆が手を振っていた。
「おじいちゃん、また会う……なの」
「オッホホ、その時には歓迎する。……まあ生きているかは、分からんじゃが」
「本当に色々と、ありがとうございました」
俊弥がお礼を言うと、村長は真剣な面持ちになった。
突然のことに俊弥は内心身構えたが
「俊弥よ、シャルルを“あの魔女”から守ってやるのじゃぞ」
「ーーえ?」
魔女? なんだそれ
俊弥が言葉の意味を聞こうと口を開いた同時に、馬車は動き始めた。
カタカタという音と共に段々遠くなっていく。
シャルルが住んでいた村が。
「おじいちゃん……きっとまた、会えるの」
シャルルは皆の姿が見えなくなるまで、後ろの窓をずっと覗いていた。
◇
ガタガタと小刻みに揺れる馬車の中。
中は狭くもなく、広くもない。
窓の方へ顔を向けると、景色は相変わらず森の中。
先程尋ねてみたところ、スフィラに着くのは1日後らしい。
それまでは、この馬車の中でゆっくり寛ぐか、寝るということだ。
そして俊弥の膝の上では、規則正しく寝息を立てているシャルルがいる。
もしかしたら、あまり寝ていなかったのかもしれない。
俊弥は寝ているシャルルの上に毛布をかけた。
思い返せば、突然この世界へ転移したと思えば、あの少女に放り出される様な形になり、シャルルに出会い、色々ないざこざがあったが、今こうして無事に馬車に乗っていることはある意味凄いのではないのだろうか。
だが、実感がわかない。
今回は村長のお陰で無事だったが、次からはこの先の旅路も……命の保証さえもない。
「……せめて、シャルルの安全だけ……でもっ」
次第にうっつらうっつらと首が前に後ろと繰り返し動きだすと、だんだん眠気が襲ってくる。
気が付けば目を閉じ、俊弥も眠ってしまった。
◇
朝。
相変わらずガタガタと、音をたてながら走り続ける馬車。
ゆっくりと意識が覚醒していく。
何気なく左へ顔を向けると、寝ていた筈のシャルルが起きていた。
「俊弥、おはようなの」
「ん……おはょ、う」
目をゴシゴシと擦る。
ふぁ~~と欠伸をしてると、何か違和感を感じる。
何だろう?
んーーとお腹へ手を当てると、違和感の正体が判明した。
「お腹……すいたな。
シャルルも白パン食べるよな」
「うん」
俊弥はシャルルに白パンとジャムを渡す。
そして俊弥自身も食べるため、自分の食べる分を出した。
光沢のあるジャムをたっぷり塗った白パンを口に含む。
程よい甘さと酸味が口に広がり、つい、にやけてしまう。
……傍から見ればただの変人に見えるかもしれないが。
それからこれからのことを考える。
俊弥はもちろんの事、シャルルもこの世界のことはよく分からないだろう。
少しづつでも、この世界のこと知っていかなければならない。
何はともあれ、先ずはこの世界の一般常識をしっかり調べなくては。
と、考えていると
「そろそろ着きますよ」
「はいっ、分かりましーー」
突然馬車が急停止した。
耳を劈くような錆びた音が、馬車の中に響き渡る。
ギギギと音を立て、横転してしまうのではないかと感じてしまうほど馬車が右へ傾き
「きゃっ!!」
「危ない!」
前に飛び出そうになったシャルルを、咄嗟に腕で抱き止める。
「ちょっと貴方達、一体何ですか!!」
「お前に名乗る名なんてねぇんだよ」
シャルルを腕で抱き締めるような体制の時、外から言い争う声が聞こえた。
何か問題でも起きたのか。
剣を取り、シャルルを馬車に残し、様子を伺うようにして馬車から降りた。
すると、御者を囲むようにして四人の見知らぬ人がそこに存在していた。
髪の毛は刈り上げであり、襤褸切れの様な衣服を身に纏っている。
見るからにいい人ではない、もしかしたら盗賊の類かも知れない。
俊弥がそう確信した時、一人の盗賊が俊弥の存在に気付く。
「俊弥?」
「シャルル!」
俊弥は即座に自分の剣を抜いた時、心配したのかシャルルが馬車から降りてきた。
シャルルは剣を持っている盗賊の存在に気付くと、慌てて俊弥の後ろへ隠れる。
本当は馬車の中に戻ってほしかったが仕方がない、シャルルを守るように剣を再び構える。
「一体何の用なんだよ!!」
そう四人の男に語勢を強めて言ったが、シャルルはもちろんのこと、御者の男性も守る事ができるのか不安で仕方なかった。
最悪な事態が起こるのではないのかと思うと、足ががたつく。
そんな中、男達は顔色を変えず一人の男が口を開いた。
「言うことはただ一つ、金目の物と……そうだなその娘も貰っていくか」
「何っ」
この言葉を聞き、柄を握る手に不意力がこもる。
盗賊の注意は完全に俊弥に向いている。
ひとまず御者は大丈夫だろう。
だが、シャルルを狙っているのなら、なんとかこの盗賊達を蹴散らさなくては。
相手は四人……そして皆剣を持っている。
今まで人を襲い、奪ってきた者達だ。
俊弥とは違い、人に武器を振るうことには躊躇しない人達。
そして、俊弥は真剣の扱いは素人同然。
とても今の俊弥一人では、かなう相手ではない。
覚悟を決めなくては……。
そんな時ーー
フワッと宙を舞う、精彩を放つ青い鳥。
昔見た事がある、雨露に濡れた薄いブルーのヒヤシンスの様な服が風に靡く。
そこまで頭に浮かび、あれは鳥ではない……人だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「天衝破!!」
「がっ……!」
一人の盗賊が、突然現れた少年に顔に蹴りが入り倒れる。
俊弥達のすぐ近くにすたっと綺麗に着地し、ゆっくりと立ち上がると盗賊達を睨むように視線を向けた。
「なっなんだお前は!!」
一人の盗賊がそう言葉を荒げるように、少年に剣を向けた。
その様子を見た少年は、呆れたような表情をした。
「それは僕の台詞だよ。子供相手に大人数なんて、大人気ないな」
少年は思った事をただ述べただけなんだろう。
だが、その言葉が盗賊達の頭に血を上らせることになってしまった。
「きっ貴様っ……お前らやっちまえ!!」
残りの盗賊全員が、突然現れた少年へと向かっていく。
流石に一人では危険だと、俊弥が助けに入ろうとしたら少年は振り返り
「大丈夫」
と一言言い、自ら盗賊の方へと走って行った。
「喰らえっ、この小僧が!!」
盗賊が少年へと剣を降り下ろす前に、少年は盗賊の腹部へと蹴りを入れ、盗賊は崩れ落ちた。
「このっガキが!!」
残りの二人も負けじと攻撃を繰り出すが、少年はそれを最も簡単に全部よけた。
その光景に俊弥達を始め、盗賊達も唖然とした。
俊弥はどう見てもただの通りすがりの少年ではない、戦い慣れていると感じた。
武器を持っている盗賊達の攻撃を躊躇わず避けていくあの雰囲気、間違いなく余裕がある。
そして盗賊達は先程の少年の動きを見て敵わないと思ったのだろうか、先程から動きが完全に止まってしまっていた。
それを好機と見た少年は、顔に拳で勢いよく殴り飛ばした。
二、三メートル程飛ばされた残りの二人は、言うまでもない見事に気絶した。
「……凄いの」
「……ああ」
少年の強さに、二人は唖然とした。
「大丈夫? 怪我はない?」
先程の鋭い雰囲気は消え失せ、優しい口調と表情をして少年は二人に話しかけた。
「大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
俊弥の言葉を聞き、次は御者の無事を確かめると、少年はポケットから携帯電話のような物を取り出し、どこかに電話をかける。
シャルルは少年が持っている物は一体何なのかは分からず、見つめているだけだが俊弥にとってはとても馴染み深い物だ。
少年が使っているのはガラケー型のようだが、異世界に来てから俊弥が日常的に使う物が目の前にあり心底嬉しい気分になった。
「あっセンリ? 忙しいところ悪いけど、門の近くで盗賊が子供二人と御者に絡んでいて……」
どうやら少年の言葉からにして、あの盗賊達の事を報告しているようだ。
「ん? その三人は無事だよ。
その盗賊は僕が…殴り飛ばしちゃったから……今、気絶して……います。
……そんな事言われても嬉しくない……。
まあ誰か兵士でもよこしてよ。いつまでもここに置いとくのもね……。
……うん分かった、じゃあ」
ピッという機械音が聞こえ少年は携帯をしまった。
「あっ……あの」
「あの盗賊達はすぐに捕らえられるよ。
もう少ししたら兵士が来るからさ、心配しなくても平気だよ。
……あ、君たちもしかしてスフィラに向かってる途中だったかな?」
「あ、そうなんです」
「じゃあ僕に着いておいでよ。
門の方まで案内するからさ」
俊弥にとっては願ったり叶ったりだ。
少年の言葉を了承し、御者にお礼を言い、付いていく。
そして門へ辿り着き、門番の横を通り抜ける。
「その……ありがとう、なの」
少しオドオドした様子で、シャルルは少年にお礼を述べた。
「ん? いいや気にしないでよ、僕が勝手にやった事だから。そういえば二人は何しにこの国に来たの?」
なんて言おうか一瞬迷ったが、ここは正直に言おう。
「何しに来たって言っても……とある村の村長がこの国に向かいなさい、的な?」
間違ってはいない。
何が何でも理由は間違ってはいない。
俊弥の言葉を聞き、少年は苦笑した。
「的なって……。じゃあ、もしかして何も当てがないのかな。だったらギルドに入ればいいんじゃないかな、ちょうど僕もギルドに行くところだし」
少年の言葉は思ってもいなかった事だ。
丁度二人には、知り合いと呼べる者がいない。
だからここは、このまま少年について行った方がいいのだろう。
「えっ!? ……じゃあお言葉に甘えて」
俊弥は少年が行くというギルドに一緒に向かう事となった。
丁度当ても無く、道も知らない俊弥にとっては好機である。
「そういえば名前、聞いていなかったね。
僕の名前はルドガー・メル・フィリウス。
君は?」
「俺は俊弥で、……こっちは」
「シャルル……なの」
少年改めてルドガーは黒髪に灰色のメッシュが入っている猫っ毛で、服は薄めの青色のコートを着ている。
表情は柔らかく、とても賊を一網打尽とした人とは思えない。
そして、敬語じゃなくてもいいからと言葉を発した。
先程からところどころ敬語じゃなくなってるからだろうか。
しかしそれはそれで、有難いものだ。
何せ、敬語はとても得意とは言えず、初対面の人には敬語とタメ語が混ざったよく分からない言語になるからだ。
「……どうしたの?」
自己紹介が済むとルドガーはシャルルのことを、ジッと見ている。
シャルルがその視線に耐きれず尋ねると、ルドガーは「気にしないで、ただ…昔の知り合いに雰囲気が似ていたから……」と言葉をこぼした。
「ルドガーって、シャルルのような子と知り合いなのか?」
「まあね、もう四年近く会っていないかな。……結構遠いんだ、何せ今は中央にいるから」
スッとルドガーの顔から表情が消える。
中央は一体何処にあるのかは分からないが、きっと中央都市というものだろう。
よくゲームとかで、世界の丁度中心に位置をする近代都市とされている。
このスフィラから遠いとされると、この場所は東西南北のどれかに寄っている事となる。
だが、それがどれなのか分からない。
このまま何も知らないでいると、何処かでボロが出てしまう。
別に俊弥自身は隠している理由はないのだが、急に異世界から来たんだと言うと、言われた人は戸惑うはず。
そして、やはりあの少女の言葉が引っかかる。
それに、俊弥自身もあれこれどう説明すればいいのか分からないし、この事は暫しの間放っておいた方がよいのだろう。
そんな事を考えていると、ルドガーが言っていたギルドが見えてきた。
「ここがギルドだよ、さっ中に入ろうか」
中に入ると木造りの様な建物だ。
お酒が置いてあるバーの様なカウンター席。
ソファーにローテーブル。
また奥の方のテーブル席には料理が運ばれている。
そこは甲冑を着ている者や、コート、マントを着用している者など色々な人がいる。
年齢や性別も様々だが、何気に若い者が多い気がする。
「あれ? ヴィネ達はいなのか……。
しょうがないな。ちょっと二人共待ってて」
ルドガーは俊弥達にそう言い、足早に奥の扉の中へと入って行った。
その場に残った俊弥とシャルルは、ギルドの中を見学することにした。
……まあ、一階だけだが。
「これは……依頼か?」
「依頼…なの?」
俊弥の目に真っ先に止まったのは、依頼の紙が貼り付けてある掲示板だ。
近くまで行き内容を確かめると、簡単な修理の仕事や子供の面倒を見るベビーシッター、薬草を摘んでくる仕事がある。
そして難しい仕事はやはり魔物退治が、大半を占めている。
魔物退治は怪我したり死亡するリスクは高いが、その分報酬は高い。
だが魔物の強さを表すであろうランクがAやSランク以上は、チームを組んで挑むのであろう。
「よぉボウズ、依頼を探しているのか」
俊弥が掲示板をまじまじと見ていると、後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには甲冑を着た勇ましい男性がいた。
髪の色は茶色で甲冑はベターなシルバー色。
見た感じはニコニコしていて、子供好きのような男性だ。
「依頼を探しているなら、ボウズにはこれとかいいんじゃないか?」
男性は依頼がある掲示板から幾つか依頼の紙を取り、俊弥に見せる。
「え!? いやその……」
男性のいきなりの行動に、俊弥は困惑する。
「ん? もしかしてこっちの方が、いいか?」
「いやっ、ちょっと待って俺はーー」
「はいはいザックさん、そこまでにしてください。彼が困っていますよ」
俊弥がいきなり現れた男性の行動に困惑していると、後ろからルドガーがやってきた。
今の状況では救世主だ。
神様だ。
大袈裟かもしれないが、そう感じたのだ。
「おお、ルドガー帰ってきたのか?」
男性の反応からして、二人は知り合いなのであろう。
「まあ、用事が済んだので。
俊弥、この男性はザックさん。主に傭兵の仕事をしている方だよ」
「どうも」
「どうも……なの」
俊弥とシャルルが挨拶をすると、ルドガーは何やら紅茶色の紙と羽ペンを渡してきた。
俊弥はそれを受け取り、紙を見ると……そこには名前や住所等の個人情報を記入する欄があった。
「二人は旅人ということになるから、名前と性別だけ書いてくれればいいよ」
「おっ、もしかしてギルドに入るのか! それなら俺が依頼の心得をーー」
「ザックさん、仕事は大丈夫ですか?」
「おおっと遅れるところだったな。じゃあ俺これで、また会おうなボウズ」
長い話が始まりそうだったが、ルドガーが上手くあしらったので、ザックは慌ただしく仕事に向かう為この場を後にしたのであった。
「何か……いろんな意味で凄い人だったな」
「凄い、なの?」
「まあ彼は、前からあんな性格だったけど。ん、書けた?」
「……これでいいんだよな」
「私の名前も、書いたの?」
「もちろん」
俊弥はシャルルと言葉を交わしつつ、ルドガーに紅茶色の紙と羽ペンを返す。
一応会話も本を読む事も可能だった。
だから、字はいつも通りで大丈夫のはず。
ルドガーは俊弥が記入欄に書いた文字を点検する。
「うん、バッチリだね。カードを発行するまで少し時間がかかるから、また後で取りにいかないとね」
「カード?」
「うん。えーと、こんな感じの」
ルドガーは内側の胸ポケットから、一枚のカードを出した。
俊弥はそれを受け取り、シャルルと一緒に眺める。
見た感じはポイントカードのような感じて、何の材質かは分からないが案外強度はあるようだ。
外見はシルバー色でアルトメリアギルド、ルドガー・メル・フィリウス 職業:医師(内科)医学者と書いてある。
ん? ……医師?
その文字を見てルドガーの姿を見るが、とても服装的に医師には見えない。
医者=白衣という概念があるからだろうか。
いや、その前に先程の盗賊を一人でなぎ倒したからそう思えないのか。
勝手に個人情報をはっきり見て、聞くのはどうかと思うがここは思いきって聞くことにした。
「る……ルドガーって、医師だったんだ」
「へ? あっ……うん、そうだよ。そこに書いてあるしね」
頭にハテナを浮かべているルドガーの反応からにして、本当に医師のようだ。
だが先程の盗賊を最も簡単に倒すとこを思い出すと、本当にただの医者なのかと思ってしまう。
「医師? じゃあ、頭がすっごくいいの?」
首を傾げながら、ルドガーにそう質問する。
「いや……僕はそこまで頭はよくないよ」
苦笑混じりでそう答えるルドガー。
「それに……このアルトメリアって、ギルドの名前で合っているんだよな」
アルストロメリアという花の名前とよく似ている。
「うん、そうだよ。アルトメリアって言うのは、どこか遠くの村の名前“だった”らしいよ。確かアルトメリアという花が沢山咲いてる所だったかな」
「“だった”?」
だったとはどういう意味なのだろうか、聞いてみようと口を開きかけたが、ルドガーの表情を見て口から言葉が出なかった。
「うん……詳しくは知らないけれど、ね」
ルドガーは悲しげな表情をしている。
俊弥はそれ以上問うのをやめて、別の話題を振る。
「そういえば、どこか宿とかないのか?」
ゲームとかでは大抵どこの村や街、それから王国には人が泊まれる場所がある。
だからこの国にもあるのではないかと俊弥は思った。
まあ、今の手持ちと、どれ位の金額なのかによるのだが。
滞在期間も決まってはいないし。
「宿? ……あるけど極力行かない方が、身の為だと思うよ」
「……それってどういう意味」
恐る恐る問うと、ルドガーは説明を始めた。
「この国は治安がいい方だけど、たまにテロを企てる者が宿に泊まっていることがあるんだ。そして子供を人質に取った事があるし……。
それに、夜中はお酒飲んでいる大人もいるからね煩くて寝ることが出来ないと思うよ。
一度用事で夜に訪ねたことがあったけど……かなりのどんちゃん騒ぎだったね」
俊弥は心の中で色々と突っ込みを入れたくなったが、何とか抑えた。
「じゃあどうするか、俺だけならまだしも……シャルルもいるしな」
俊弥はチラッとルドガーの顔を見る。
「……じゃ、じゃあ僕の家に泊まる? 二人が迷惑でないならだけど」
「え!?」
思ってもいなかった言葉だ。
何か言い案がないかなと思って、ルドガーの顔を見ただけなのだが。
それに泊めてくれるのは有り難い事だが、ギルドではなくルドガーの自宅だという。
「ルドガー……家を持っているの?」
俊弥が驚いている時、シャルルは表情を一切変えずに言葉を発した。
「うん、まあ同居人が一人いるけどね」
ルドガーだけではなく同居人がいるのなら、ますます迷惑をかけてしまいそうだ。
だが、他にあてがない。
それに話を聞く限りシャルルを宿に泊まらせるのは危険だし、ここはルドガーの自宅に泊まった方が安全であろう。
「本当に、いいのか?」
確認するように、控えめな雰囲気でそう訪ねる。
「うん、僕は何か二人をほっとけないしね。小さな子供がいるし……シャルルだったよね」
「……うん」
「その服だけじゃ可哀想だから、新しい服を今から買い行こうか」
「そうだな……。流石にそうだよなぁ」
現在のシャルルの服装はあの日同じ薄く水色が混ざっている白色のワンピースにオレンジ色のサンダルという、色合いが少々異色な服装である。
シャルルは女の子だ、いつまでも同じ服でいる訳にはいかない。
ここは服屋に行って、いくつか服を買った方がいいだろう。
「僕が服屋さんまで案内するから、一緒に行こうか」
「はいなの」
シャルルはふわっとルドガーに笑みを向けた。
そして一行はギルドを後にし、服屋へと向かった。