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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
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地下水道で見つけた物

ブックマークしてくださっている方々に感謝してます。

更新遅いのに評価までつけてくださった方、本当にありがとうございます。

 都市アストラルは大通りから離れるほど路地が入り組み、迷路のようになっている。たくさんの住宅街に囲まれた道の先にはちょっとした名店が隠れていることもあるが、基本的には人気の無い広場や行き止まりに続いているだけだ。

 そしてタクティスが向かう場所もまたその一つ。それは日当たりが悪く暗い広場だった。その中心部には円い金属製の蓋が付けられている床があり、その蓋を外すと地下水道へと繋がる階段が現れる。

 中は一切の光源が絶たれており、当然ながら一歩先が全く見えない。そこでタクティスはいつも携帯している指輪型の魔具を身に付けた。魔具にはあらかじめ魔力が注がれている為、魔力を持たないタクティスでも自由に扱うことが出来る。因みに魔力が切れた時は友人達に補充してもらっている。

 本来魔具という物は公共物に使われていることが多く、個人で携帯する物ではない。それほど魔具は高価なのだ。例えタクティスが持つ魔具が光を灯すだけの効果しか持たないとしても、一般家庭一ヶ月分の食費と同等の値段を持つ。そんな高価な物をタクティスが持ち歩けるのはひとえに『大賢者』を父に持つ恩恵に他ならない。

 タクティスの家は各大陸の主要国家から膨大な恩賞を貰っている為に並の貴族達よりも裕福なのだ。以前そのことが原因でタクティスにちょっかいをかける学徒もいた。その者はティナの手によって甚大な後遺症トラウマを植えつけられてしまったのだが。

 しかし実はタクティス自身も恵まれた環境にいる自分を嫌っていた。何故ならタクティスは魔法学院に通う身でありながら魔力がなく、講義も碌に受けられない。そして何より『大賢者』を目指すつもりなど毛頭ないのだ。それはつまり、タクティスが所謂『ボンボン組』であることを示していた。タクティスはそれが気に入らない。

 魔具から生み出された光りを頼りにあまり長くもない階段を降りると、細い地下水路に辿り着いた。


 「……これが都市全体に延びてるってのか。……超面倒くせぇ」


 地下水路は複雑に入り組んでおり、迷宮のレベルとしては学棟や都市の郊外とは比べ物にならない。その通路が都市全体にまで及んでいるのだ。タクティスの吐いた溜息は通常の時よりも深く長いものであった。

 辺りに響き渡る己の足音、耳朶に届く水流の音。地上とは異なる静寂の世界にはそれらの音が人一倍大きく感じる。タクティスは地上では今どの辺りにいるのか思い巡らせながら、アストラル図書館付近まで向かっている。結界石の持つ魔法を弱体化させる力がどれほどかは判然としないが、タクティスは探索を始めるならその辺りからだと決めていた。

 暗い迷宮のような地下水路を歩き続けてどれくらいの時が経過したのか、ふと気になった辺りでタクティスは異変を感じ取った。


 「……?」


 通路の隣を流れる水流から奇妙な音が聞こえる。タクティスはローブの内側に仕込んでいたナイフを取り出し警戒した。そして間もなく、水飛沫を上げて魚のようなモンスターがタクティスに向かって襲ってきた。


 『シャアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 「うお!? 何でこんな場所にモンスターが出てくるんだよ!」


 人間の子供と同じくらいの大きさを持つ青い魚のモンスターが鋭い牙を剥いてタクティスを噛み千切ろうとする。咄嗟に身を横に引いて躱したタクティスはすれ違い様にナイフで魚の横腹を切り裂いた。硬い鱗で守られていた為に致命傷にはならなかったものの、魚のモンスターは赤い血を流しながら苦しむようにもがいている。

 その隙を突いてタクティスは魚のモンスターの尻尾を掴み、勢いよく石造りの壁に叩きつけた。壁に赤い血が塗り付けられ、魚はさっきよりも弱っている。それでもタクティスは壁に叩きつけるのをやめない。ナイフで致命傷を与えられない以上はこれが一番威力のある攻撃だった。

 完全に魚のモンスターの動きが止まった頃には壁の数箇所が真っ赤に染まってしまっていた。モンスターはその命が尽きたとばかりに体を崩しタクティスの手から零れ落ちた。そしてタクティスの手に残されたのは小さな青い石だけになった。


 「……やっぱ雑魚だったのか」


 モンスターの体は魔力によって形作られている。これは誰から教えられたわけでもなく図書室に置いてあった本から自分で学んだことだ。ある一定の魔力が集まると、それが凝固して石のような鉱物に変わる。それが核となってモンスターを生み出す為、その鉱物は人々から魔魂石と呼ばれている。

 この魔魂石は魔具を作る材料としては欠かせないものなので、国が進んで買い取ってくれる。学徒の一部が小遣い稼ぎにモンスターを倒す理由がこれだ。そして魔魂石の大きさや質とモンスターの強さは比例しており、タクティスの手に収まっている石ころ程度の大きさではモンスターの強さも高が知れている。


 「……はぁ。やっぱモンスターを倒して生計を立てるのは難しそうだな」


 一応、魔魂石の売買で収入を得る職業は存在している。しかし雑魚モンスターを倒すことさえ苦労するタクティスの実力ではその職で生きていくなど無謀の極みだろう。

 とりあえず手に入れた魔魂石は懐に入れて、タクティスは地下水道の探索を再開した。

 地下水道には所々に浄化の魔具が設置されている。それにより都市内で流された排水は清浄な水となって海に流されるのだ。故に排水施設特有の不快な臭いは全く無い。だが皮肉な事に、この魔具の設置がモンスターの発生源にもなっているようだった。

 浄化の魔具は魔力切れによる停止を防ぐ為に、大気中の魔力を常に収集する機能が備わっている。その為に浄化の魔具付近では一種の魔力溜まりが生まれ、モンスターが発生してしまうのだ。

 タクティスがその事実を知る事ができたのは、魔具の傍を通った時に奇跡的にモンスターが生まれる瞬間を目撃してしまったからだ。水の中が淡く光っていることに気が付いて覗いて見ると、小さな青い石が光を放ちながら徐々に魚の姿を形成し始めていたのだ。一々戦っていられないと思ったタクティスは、そのモンスターが生まれきる前に全速力でその場から離脱した。


 「はぁ……はぁ……くそっ!」


 恐らく魔法が使える身であればあの程度のモンスターは楽に倒せるのだろう。まさに小遣いを稼ぐ格好の得物であった筈だ。しかしタクティスにとってはそうではない。雑魚だからと油断すれば大怪我するかもしれない危険な生き物なのだ。戦う時は常に全力で当たらなければならない。


 「……無能だな……俺は……」


 タクティスはそれが酷くもどかしかった。気が付けば無意識に壁を殴りつけている自分がいる。

 高望みはしない。自分の非才を受け入れる。それが昔から決めた自分の信条だった。しかしながら頭で理解していても……心は納得できていなかったのだ。


 「……」


 しばらく経って大分落ち着いてきたタクティスは再び前を歩き出した。今は立ち止まってはいられない。さっさと面倒事を終わらせて、家でゆっくりと休みたかった。

 だがタクティスは立ち止まらずにはいられなかった。何故なら今まで地下水道の中を照らしていた光りが消えてしまったからだ。辺りを暗闇が支配した。


 ――魔具の魔力残量にはまだ余裕があった筈だけど。


 訝しく思いながらタクティスは魔具を外し、代わりに携帯ランプを取り出した。これは魔具の効果が切れた時の為にタクティスが予め用意しておいたものだ。タクティスの鞄の中には講義用の教材が殆ど入っていないので、空いたスペースには代わりとしてこのような道具を収納してある。

 ランプの光は魔具によって出していた光球よりも弱い。タクティスはより一層慎重になって前に進み出した。

 異変はすぐに分かった。死臭が辺りに漂っていたのだ。


 (……おいおいおい。まさか……)


 半ば確信したように歩を速めてタクティスは臭いの元に向かった。そして見つけた。


 「……マジかよ」


 ランプの明かりに照らされたのは黒いローブを纏った男だ。ただしアストラルの学徒ではない。男の纏うローブは学徒の着けるローブよりも黒く、様々な道具が収納できる実践向きの装備になっている。恐らく、斥候職かその類に属する人間なのだろう。その男はぴくりとも動かず、瞳孔は開いたままだ。念のために脈も調べたが間違いなく死んでいることが分かった。

 何故こんな所で死んでいるのか。気にはなったが、タクティスの仕事は男の素性を調べる事ではない。あくまでも盗まれた物の回収だ。タクティスは男が手に持っている本に注視した。

 それは表紙が白く、題名らしきものは一切書かれていないぶ厚めの本だ。なるほど。確かに『白の本』としか言いようがない。危険な魔導書らしいのでどうやって回収するか悩んだが、そのうち悩むのが馬鹿らしくなって手掴みで男から『白の本』を奪い取った。当然とばかりに何も起こらない。タクティスは安堵と拍子抜けさが混じった溜息を吐いた。


 (魔力もなく、願いもない。どうやっても魔導書が起動する筈ないじゃねーか)


 伊達に無能として生きていない。そう思って皮肉の笑みを浮かべていると、何処かで誰かが笑っているような気がした。


 「……?」


 辺りを見回しても誰も見当たらない。もしやと思って男を見ても男は死んだままだ。生き返って笑ったとかそんなことはなかった。やはり気のせいだったのかと後ろ頭を掻いていたタクティスは『白の本』を鞄の中にしまって出口を探し始めた。

 不思議なことに帰り道は浄化の魔具の傍を通ってもモンスターに一度も出くわさなかった。そのことに疑問を感じつつも、深く考えずにタクティスは地上への帰還を果たす。

 すでに辺りは夕暮れに近付いていた。そろそろこの都市に住む学徒達が帰宅する頃だろう。本来ならタクティスもこのまま帰って休みたかったが、残念ながら明日になると学院長室に入ることが難しくなりかねない。

 仕方が無いのでタクティスは夜になるのを待ってから、こっそりと学院長室に向かうことにした。

ようやく出ました。モンスターです。

え? 『白の本』? 

いやいや、モンスターの方が重要でしょう?

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