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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
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新しい友人、見えてきた目的地

 アストラル魔法学院が誇る魔具の研究を重視した学科を納める二番棟。そこはボロボロの三番棟とは比べものにならないほど綺麗で、広かった。

 タクティスは玄関口に設置されている受付でクーリス・ブライトの居場所を聞き、その場所へと向かった。その間、やはりタクティスの存在に気付いた学徒達は相手を嘲笑するような視線を送ってきたが、タクティスはそれらを全て無視して目的の場所まで走る。

 魔具開発研究室。そこは数多くの学徒の中で、それなりの学業をこなさなければ与えられることのない個室である。どうやらクーリスはそこにいるらしいのだが、それを所持しているということは、恐らくクーリスはかなり優秀なのだろう。

 実際に辿り着いた先、研究室の扉は学院長室のような木造でもなく、石造りでもなく、見たこともないような金属で作られていた。若干気圧されたタクティスは入るのに戸惑ったが、意を決して研究室の扉を開く。

 少し触れただけで扉が勝手に横へ滑り出したことに驚きつつ、部屋に入るとタクティスはその光景を見てもっと驚愕することになった。それはもう言葉を失うほどだった。それでもタクティスは何とか一言だけ口から搾り出す。


 「……汚っ!?」


 何に使うのか分からない大道具が乱雑しているにも関わらず、狭さを殆ど感じないのだから部屋の中はそれなりに広いのだろう。しかし、床は九割近くが本や何かの書類によって散らかされている。それだけならまだ良かったのだが、部屋に三つほど並んでいる机の上には蓋が開いたままの薬瓶が置かれており、その一部が倒れて中身が床にぶちまけられているのだ。零れて床に広がっている薬品の色は回復薬にも似た青色だが、液体にしてはやけにどろどろしていて気持ち悪い。それに臭い。


 できるだけ汚れていない場所を選びながら部屋の中を進んでいくと、奥の方で白衣を着込んだ男に出会った。最初は教官かと疑ったが、よく見ればその白衣はここに来るまでに自分を見下していた学徒達も着込んでいたものだ。白衣の胸元には不死鳥の模様が刺繍されているので、実力は折り紙付きなのだろう。

 男は長い薄色の髪を後ろで一つに束ねていて、眼鏡の奥に潜む紅い瞳はまるで炎を具現化しているように明るい。体は無気力な雰囲気を纏っていて華奢である筈のに、まるで勝てる気がしない。

 タクティスは外見と雰囲気だけで目の前の人物がティナと同等の『天才』であると見抜いていた。


 「あんたが……クーリス・ブライトか?」

 「うん。そうだけど……君はもしかして学院内でトップクラスの有名人、『魔力皆無の無能』君かな?」

 「――ッ! ……まあ、否定はしねーよ」


 クーリスは面白そうにタクティスを見つめていたが、やがて思い出したようにタクティスを近くの席に座らせて、奥の棚から赤い液体が入った薬瓶を取り出した。そしてそれに微弱な炎の魔法を注ぎ込んで沸騰させると、そのままタクティスに差し出した。


 「僕としたことが失礼だったね。お客人にはまずお茶を出さないと」

 「……これはなんだ?」

 「あれ? さっき言ったじゃないか。見た目どおりの紅茶だよ? しかもメイプルの葉で作られた最高級の紅茶だよ。少し前にオータム大陸から取り寄せたんだ。それで一々淹れるのが面倒だからさ、一度に全部使い切って淹れた紅茶を幾つかの小瓶に保存しておいたんだよ」


 クーリスの後ろにある棚の中には現在タクティスの持っているのと同じような紅い液体の入った薬瓶が並んでいた。きっと何も知らずに見たら怪しい薬にしか見えなかっただろう。

 こいつには薬瓶とカップの区別がついていないのか? などと疑問符を浮かべながらタクティスは恐る恐る紅茶を啜った。意外にもその紅茶は甘くて美味しい。タクティスは目を見開くほどに感動した。


 「気に入って貰えたようで嬉しい限りだよ……それで? わざわざ有名人さんが僕の所にどんな用事なのかな?」

 「……その有名人って言うのはやめてくれないか? 俺のことはタクティスって呼んでくれ」

 「分かった。タクティス君だね」


 有名にしたって扱いが悪すぎる。父親が『大賢者』にして魔力を持たない無能な学徒。それがタクティスに関して周りが思っている感想だ。親の知名度が強すぎて子供の無能さが周囲に知れ渡るのも早かったのはまさに皮肉である。

 とりあえず気を取り直してタクティスは都市にどれくらい詳しいのかを尋ね、続けてグレイにも行った質問を吹っ掛けた。クーリスは話を聞くと一瞬だけ唇を吊り上げて、それから少し逡巡するように顎に手を添えた。


 「ふーむ。僕がこの都市にどれだけ詳しいか……ね。かなり詳しいよ。なにせ僕の研究してる魔具はこの都市をより良くする為の物だからね。何処にどんな魔具を作れば良いのかを知る為に、都市の地形はそれなりに把握しているんだ。それにしても“この都市から離れずに都市からいなくなるとしたらどうすれば良い”だなんて変な質問だね。まるで隠れている誰か・・・・・・・を探し出そう・・・・・・としている・・・・・みたいじゃないか」

 「…………」


 淀みなくすらすらと答えてみせたクーリスのさり気ない一言にタクティスは息を呑んだ。察しが良すぎる。そんなタクティスの心情まで読み取ったのか、クーリスは「ま、僕の勝手な妄想だよ」と付け加えた。

 タクティスが何も言えないままでいる間にクーリスは自分の分の紅茶を用意すると、当たり前のようにタクティスの隣に座った。


 「君と話すのはなんだか新鮮な気分だな。他の皆は僕を『天才』という目で見てくるんだ。嫌になっちゃうよ。だけど君は僕をただのクーリスとして見てくれてる。有り難いことだよ、本当に」

 「嫌味か」

 「ああ、ごめん。だけど君なら僕のこの気持ちが分かるんじゃないかな?」

 「知らねえよ。他人の苦しみなんか分かりたくないっての」


 タクティスは突然愚痴のようなものを語り出すクーリスを適当にあしらっていたが、内心では妙な親近感を覚えていた。


 (そうか。こいつは他の奴らと違って俺を俺として見てるんだ。だから大分踏み込んだ話をされても不快感がなかったのか)


 初めこそ『無能』だと言われたが、それは決してタクティスを見下していたわけではなく、単なる確認の意味だったに違いない。名前よりも蔑称の方が本人確認に有効だというのは流石に凹んだが。どうやらクーリスという男はグレイの言ったとおり肩書きなどは気にしない性格のようだ。


 「ははは。思っていたよりも気が強いんだね、タクティス君は」

 「そりゃどうも。それより、答えは分かったのか?」

 「勿論だとも。この都市から離れず、それでいて姿を消す方法……僕なら“地下水道”に隠れるね」

 「地下水道……!」


 盲点だった。今まで地上のことばかり考えていて、都市の地下という空間を思いつけなかった。


 「どうやら僕の意見は君の参考になったみたいだね?」

 「……ああ、ちょっとだけ光明が見えた気分だ。ありがとな」


 タクティスはクーリスにお礼を言うと、研究室から立ち去ろうとした。その時、クーリスにローブを掴まれたので立ち止まった。振り返るとクーリスは何が面白いのか笑みを絶やさぬ顔をしてタクティスを見つめている。


 「一方的に質問しておいて、用が済んだらさっさと立ち去るってのは感心しないな……どうせなら僕の質問にも答えていってよ」

 「……手短に頼む」


 言われたことは確かに一理あったので承諾すると、クーリスは嬉しそうに頷いた。そして散らかっている机の上をがさごそと漁って小さなメモ用紙と筆記具を持ち出した。その際タクティスは机の上に散らかっている紙束の中に、この場に似つかわしくない物が混じっていることに気付いた。それはタクティスも子供の頃に読んだことがある世界的に有名な絵本だ。表紙には赤い鳥と一人の人間が描かれており、「不死鳥の願い」という題名が付いている。


 「君もこの物語が好きなのかい?」


 タクティスの視線に気が付いたクーリスは少し意外そうに目を見開いていた。しかしその表情はすぐに笑顔へと変わる。


 「別に。ただこんな場所で見掛けるとは思わなかっただけだ」

 「そっか。僕は好きだよ。これは魔具の研究にも通じているから、ただの御伽噺と馬鹿にできない。だからここに置いてあるんだよ」

 「そうなのか?」


 タクティスはクーリスの言葉に興味を示した。確かこの絵本の内容は不死鳥が生命に魔力と心を与えて人間を作ったという話だった筈だ。それの何処に魔具の研究と関係することがあるのだろうか。そうクーリスに問いかけてみると、彼は一旦メモ用紙を机の上に置いて、絵本の頁を幾つか捲った。それはちょうど人間が魔法を生み出した辺りの話だった。


 「この話によると人間は願うことによって魔法を作り出したんだ。これは現実にも色々な仮説が立てられている。タクティス君は知ってるかい? 実は魔法だけじゃなく魔具も魔導書も、全ては願うことで力を持つんだ」

 「そうなのか? 俺も魔具なら使ったことあるけど、特に何かを願ったことはないぞ?」

 「気付いていないだけできちんと願っていた筈だよ。“この魔具を使いたい”ってね」

 「あ、なるほど」

 「魔力は所詮、力をより強く発現させる為の補助アシストに他ならない。大事なのは願うことなんだ。これは極論だけど、願いさえあれば魔力を必要としなくても問題ないというのが僕の見解だ。魔力を持たない君が魔具を使えたようにね」

 「……!」

 「まあ、あくまで極論だけどね。そもそも魔具には最初から魔力が充填されているわけだし」


 さっきからタクティスはクーリスの話に驚かされっぱなしであった。この魔力主義が強い国の中で、まさか魔力を必要ないと断言する人間がいるとは思いもしなかった。クーリスはそこで再びメモ用紙を持ち、タクティスに強い眼差しで問う。


 「そこで聞きたい。君には目的、夢、行動、恋愛、友人……何でもいい。何か強く願っていることはあるかい?」

 「俺の願い?」

 「そう。他人の願いって意外と僕にも想像がつかないものが多くてね、新しい魔具を作る時にとても参考になるんだ。だからこうして初めて会話した相手には願いを聞くようにしているんだよ。不躾かもしれないけどね」


 クーリスの言葉に納得しながら、タクティスは自問自答をしてみた。


 ――俺の願いって……なんだ?


 タクティスは良くも悪くも「現実」を受け入れてしまっている。自分が『無能』であることも、努力しても決して『天才』には敵わないことも認めてしまっている。願うということはすなわち何かを欲するということだ。欲望と言ってもいい。いつか働いて金を溜められるようになったら国を出るという目的はあるものの、それは“願い”ではなく“決意”だ。叶えたいと思っているのではなく、必ず成し遂げてみせるという己の強い意志。

 では願いとは何か。決して自分では何もできないような途方もないことを望むことだろうか? しかしタクティスはそもそも自分の限界以上を望むことがない。必要以上に己の限界を見限っている為、高望みをしないのだ。


 「……」

 「もしかして、君は願いがないのかな? それは……恐ろしく無欲だね。それとも魔力を持っていないことが何かしら影響しているのかな?」


 クーリスはおどけた様に絵本に視線を注いだ。それに対してタクティスもおどけた様に答えた。


 「まさか。俺は傲慢な人間だよ。願うってことは自分以外の何かに“頼る”ってことだろ? 俺はできるだけ一人で解決したいんだ。誰かに頼るっていうことは自分の弱みを見せることになるからな」

 「なるほど、タクティス君は面白い考え方をするんだね。実に興味深いよ」

 「なんだ? 俺の頭の中でも覗いて見たいとでも言うつもりか」

 「そうだね。徹底的に解剖してみたいかも」

 「やめろ。それは冗談でも怖いわ」


 タクティスとクーリスは互いに軽口を叩き合い、どちらともなく笑った。そして一区切り付いたところでタクティスは今度こそ研究室を出る。


 「気が向いたらいつでも遊びに来てよ」

 「ああ、今日は色々とありがとな」

 「こっちこそ思わぬ参考資料になった。ありがとう、タクティス君」


 タクティスは簡単に手を振って、その後は真っ直ぐ二番棟を出て行った。周りの敵意の籠った視線すら気にならないほどタクティスは自分が浮かれているのが分かる。思わぬところで新しい友人ができたことが嬉しかったのだ。

 タクティスはクーリスを紹介してくれたグレイに感謝した。そうしてこの後、タクティスは学院を早退して都市の地下水道へと向かうのであった。

たった二人の会話でこんなに書いたのは初めてかもしれません。それだけクーリス君はお気に入りのキャラだったのでしょう。

土日はちょっと書き溜めておきたいんで、更新はストップさせてください。

『白の本』はもうすぐ出てきますよ。

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