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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
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才能を持つ者、無能を生かす者

 明らかに本のタイトルとは思えない『白の本』という項目。タクティスはゼニスに説明を求めた。


 「この本は無名だ。故に『白の本』と呼んでいる。そして、この『白の本』が今回お前に依頼したいことなのだ」

 「回りくどいのは嫌いなんだ。はっきり言ってくれよ」

 「……『白の本』の行方が分からなくなった。その捜索、及び回収を頼みたい」

 「……薄々気付いていたけどさ。こういうのって普通は国が動くんじゃないのか? だって禁書指定されてるってことは誰かに見られちゃ不味いもんなんだろ? なんでただの学徒である俺にそんな依頼してくるわけ?」

 「あれは魔導書だ。ほんの少しの魔力が干渉するだけで何が起こるか分からん。それに国が動くと少なからず国民達に勘付かれる恐れもある。だが人一倍課外依頼で街の外に行く機会が多いお前ならば、怪しまれることも無いだろう」

 「ふん。あんまり嬉しくない理由だな。というかちょっと触るだけでも何が起こるか分からない魔導書なんだろ? そんなのただの学徒に任せんなよ。というかてめぇらで管理してる禁書ぐらいきちんと把握しとけってんだ。……俺はやらねぇよ」


 ――話にならない。こんな時ばかり『無能』をこき使いやがって!


 タクティスは乱暴に本を閉じるとそれをゼニスの胸に叩き付けた。そして本来ここに来た目的も忘れてタクティスは図書室から出て行く。ゼニスは無表情のままタクティスの背中を見送った。

 タクティスはさっさと帰宅しようと学院の外に向かっていた。周囲にいた学徒達はそんなタクティスの姿を見るなり顔を顰めて何処かに去っていく。

 誰もがタクティスを普通の学徒として見てはくれない。その現実をタクティスはすでに受け入れていた。

 タクティスが自身の無力さに気付いたのはティナが魔術師としての才能を開花させた時だ。それまではいつだってタクティスがティナの前を歩き、守る側に立っていた。だがその立場は魔法学院に入学したことで覆る。

 どれだけ体を鍛えようと、魔力で身体を強化した学徒には敵わなかった。どれだけ知識を身に付けても魔法を使えるようにはならなかった。

 それだけではない。

 周りからは常に『大賢者の息子』としか見てもらえず、無駄にプライドの高い者達に絡まれることが多々あった。それをタクティスは上手く避け続けてきたが、時には逃げ場を奪われ無理矢理戦わされたこともある。そのたびにタクティスは自身の無力さを思い知らされ、周囲に『魔力皆無の無能』ということが知れ渡っていった。

 勝手に期待しておいて、勝手に失望する周囲の者達にタクティスは吐き気を覚えた。自身を「無能」と呼ぶその口で幼馴染みのことを「ティナ様」と呼んでいる周囲に苛立ちを覚えた。

 たまたま魔力を持たずに生まれたというだけで、どうしてこうも扱いが違うのかタクティスには納得できなかった。

 だがやはりタクティスは頭が良かったのだろう。心では納得できなくとも、頭では理解してしまっていた。

 “タクティス”という個人と、“それ以外”という全体は生きている世界が違うのだ。二つの世界は魔力という深い谷によって断絶されてしまっている。だから“此処”と“向こう”は決して交わることがない。

 タクティスはこの国に居場所を無くしてしまっていた。

 そしてその現実を物語るように、二人の男がタクティスの前に立ちはだかった。


 「タクティス・ストレンジ……ってあんたのことだよな?」

 「確か学院一の劣等性……いや、『無能』だったか?」


 男達は新品の黒いローブを羽織っており、胸元にはタクティスと同じ卵の模様が刺繍されている。すなわち魔術師見習いの学徒という証。


 「てめぇら一年か? 先輩に対する礼儀も知らないとは……さてはお前ら馬鹿だろ? もしくは馬鹿のボンボンか?」


 魔法学院は『大賢者』を育成する為の教育機関だが、充実した設備が整っているが故に学費が高く、通っている学徒の半数以上は貴族関係か、それなりに裕福である家柄の者である。勿論本気で『大賢者』を目指している者もいるが、こういった『ボンボン組』の中には魔法学院という名前に惹かれただけの誇りも持たない連中が混じっている。タクティスを魔術師見習いと知って絡んでくる連中の殆どは主にそういった者達だった。


 「へっ! 無能のくせに偉そうにしてんじゃねーよ!」

 「ティナ様と楽しそうにいちゃいちゃしやがって!」


 二人は手に持っていた杖から炎の玉を撃ち出してきた。

 タクティスは横に跳んで難なく炎を避ける。同時に相手の持っていた装備や構えを見て瞬時に分析を終わらせた。


 ――前に出ることもなく装備は杖だけか。近接戦闘を捨てた純粋な魔術師型だな。


 恐らく二人は魔法が使えないタクティスが自分達に近付くことはできないと侮っていたに違いない。実際、相手が見習いではなく下級以上の魔術師だったならばタクティスは魔法の弾幕によって近付くことができなかっただろう。

 だが相手は碌に魔法の連発もできないような見習い。それも魔法の基礎がしっかりと積まれていない一年だ。魔力がないと言っても剣術や格闘術を学び、対人戦に秀でたタクティスの方に分があった。


 「お前ら、ティナのファンクラブかよ……。あいつの本性知ったら幻滅するぜ?」


 狙いを付けられないように左右に跳びながら一年生二人に肉薄したタクティスは、相手が魔法を放つより前に両拳をそれぞれの顔に突き出した。


 「「わぶっ!?」」


 一年生は鼻から血を流して後ろに仰け反った。タクティスは追撃として背中から倒れこんだ一年達の鳩尾を踏みつけて、その場から走り去った。

 もしも相手がティナのファンクラブの一員だったとしたら、他にも仲間が潜んでいるかもしれない。本当ならばもう少し痛めつけてやりたかったが長居するよりは即離脱を選んだ方がいい。そう判断したうえでの行動だ。

 そしてその判断は間違っていなかった。


 「あの野郎! 一年相手に手加減なしかよ! やっぱ無能は最低だな!」

 「……へっ! 一年を捨て駒にしておいてよく言うぜ……糞野郎!」


 足を止めずに声がした方を振り向くと、まさに新手の学徒が雷系統の魔法を放つところだった。学徒の着ているローブは不死鳥を模した刺繍がしてある。


 (……くそっ! 上級クラスの魔法だと!? 殺す気かよ!)


 魔力を持たないタクティスは魔法攻撃に対して絶望的なまでに耐性がない。それでいて防御魔法も使えないのだから受けるダメージは凄まじいものになる。そして全力で避けようとしても相手の魔法の方が速い。

 恐らく同級生、もしくは上級生が放ったであろう青い電流が、蛇のようにうねりながらタクティスに胸に突き刺さろうとした。


 「――おい、糞虫共。私のタクティスに何してんの?」


 だがその時、背筋も凍るような低い声とドス黒いオーラが青い電流を散らし、守りの光りがタクティスの体を優しく覆った。そしてタクティスと魔法を使った学徒の間に凛として立つのは柳眉を逆立てた幼馴染みである。相手の学徒はその存在を認めると死人のように顔を青白くした。


 「あ、ち、違うんです! ティナ様! こいつが我々の可愛い後輩を一方的に痛めつけたので……悪いのはそいつなんです!」

 「黙れ」

 「ひっ!? がふっ!? ……ティ……ナ、様?」


 ティナが冷たい言葉を漏らした瞬間、タクティスを指差していた学徒は白目を剥いて力なく倒れた。

 そのあっという間に終わったやり取りを見ていたタクティスは思わず喉を鳴らす。いつの間にか浮き出た冷や汗が頬を伝わって、吸い込まれるように地面に落ちた。


 「タクティス、大丈夫だった? 怪我はない?」

 「……ああ。助かったぜ、ありがとな」


 ティナはゆっくりと振り向き、普段どおりの喋り方でタクティスの身を案じてきた。それに対してタクティスは肩を竦ませながら曖昧に笑ってみせる。


 「それにしてもお前、怒ると本当に別人だよな。さっきのアレ、何やったんだよ?」

 「タクティスを探してたら今にも攻撃されそうだったんだもん。そりゃ激怒しちゃうよ。因みにさっきのはタクティスに向けて出されてた電流を一旦散らして、こいつの体に戻してあげただけだよ。失神するほどの威力だったみたいだね。そんな危険な魔法をタクティスに使うなんて最低だねこいつ」

 「はぁ……もう慣れたよ」


 ある意味お前が原因だけどな、とは口にも出せずタクティスは代わりに溜息を吐いた。

 倒れた学徒を放置してティナはタクティスの腕を掴んで一緒に帰ろうと進言してくる。タクティスはそれに対し肩を竦めることで適当に反応した。

 そして一度だけ倒れた学徒の方に視線を注いだ。タクティスの黒い瞳には複雑な感情が込められている。


 ――ティナが現れただけで場の空気が変わった。すでに勝者が確定していた。これが……『才能』を持ってるってことなんだろうな。


 それは自分には決してないものだ。しかしそれを妬むことも嫌うこともない。何故ならそれが「現実」だから。そして才能を持つ者にとってはそれを見せつけることは些細で、当たり前のことなのだろう。何故なら本人はそれを特別な力だとは思っていないからだ。

 才能を持つ者は常に常人よりも高いところを昇っている。誰にも追いつけない速さで前に進んでいく。だから地面に取り残された石ころにも気付かない。遥か後ろで立ち止まる者を気にしない。

 そんな「現実」をタクティスは様々な感情を呑み込んで受け入れていた。否定したところで「現実」は変わらないと知っていた。


 「タクティス? どうしたの?」

 「いや、ちょっと野暮用を思い出した。悪いけど先に帰ってくれないか?」


 だけどそれがどうした? どうせ現実は変わらない。自分は無能だということも変わらない。だったら前に進むこともやめるのか? そんなわけない。だったらどうする? 簡単だ。無能なりの実力を見せ付けてやればいい。


 「ええ!? 何で? 何でそんなこと言うの?」

 「ちょ、胸倉掴むなよ。悪かったって! 後で何か埋め合わせするから!」

 「……むうう。約束だよ?」

 「おう」


 タクティスは軽い返事をした後、ティナと途中で別れた。

 向かう先はアストラル魔法学院の中心に立つ教官棟。目的地はその頂上てっぺんに位置する学院長室だ。

 学徒どころか教官達でさえその部屋に踏み込むのは躊躇うというのに、タクティスはなんの戸惑いもなく重くぶ厚い扉を開いた。そんなタクティスの行動を予測していたように、机に座っていたゼニスは無表情を貫いていた。


 「お前はここに来るのが嫌だったのではなかったか?」

 「課外依頼の話を何処でするかって相談した時のことか? あれは学内放送なんかされて呼び出されるのが嫌だって意味で言ったんだよ。俺みたいなのが悪目立ちすると碌な事がねーからな。俺の方からここに訪ねるだけならなんの問題もねえよ」

 「そうか。それで、用件はなんだ?」

 「あの話、やっぱ受けるわ」

 「そうか」


 たったそれだけの会話。ゼニスはタクティスが心変わりした理由を聞くこともなく、机の引き出しから一枚の資料を取り出した。タクティスもまた何も言わないままそれを受け取る。


 「誰かに気付かれることがないよう気を付けろ」

 「安心しろ。この街の連中はとうに俺のことなんか見放してる。俺の無能っぷりはハンパじゃねーぜ?」


 無表情を貫くゼニスに対し、タクティスは皮肉たっぷりに笑ってみせた。

この時点でもうブックマークしてくださる方がいるようで、ありがたやありがたや~。

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