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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
2/29

魔法学院

 かつて世界は滅亡の危機にあった。

 邪竜の暴走によって大陸中が滅ぼされかけたのだ。

 人類はあらゆる大国と手を取り合い、力を合わせることでついに邪竜を滅ぼすことに成功した。

 この邪竜と人類の戦いを後に竜王戦争と呼ぶ。

 戦争を終えた人類は再び同じような脅威が現れても立ち向かえるように力を蓄えることにした。

 竜王戦争を終結に導いた『大賢者』のような優秀な魔術師を育てる為に、各国は魔法学院を設立したのである。


 今頃そんな話を新入生は聞かされているのだろう、とタクティスは半ば他人事のように図書室に籠っていた。

 本来なら二年生であるタクティスは一年生を迎える為に入学式に参加しなければならないのだが、周囲からの強い薦めと本人の意思でこうして一人図書室の中に避難していた。

 基本的に魔法学院に魔力を持たない者が入学するなど有り得ない。タクティス自身も酷く拒んでいた。

 しかし、『大賢者』の意思には誰も逆らえない。たとえ息子・・のタクティスでさえも。


 「なんで俺みたいなのがここにいるんだろうな……」


 魔力を持たないことは生まれた時から分かっていた筈なのに、タクティスはそう思わずにはいられない。

 思えばタクティスがこのように卑屈になったのは『大賢者』である父親が魔法学院への入学を強要したのが始まりだった。そのせいでタクティスの生活は酷く辛いものとなったのだから。

 入学したての頃は誰もがタクティスを『大賢者の息子』という目で期待し、『魔力皆無の無能』だと分かると失望の色を浮かべた。ましてやいつも隣にいた幼馴染みが『最も大賢者に近い学徒』とまで呼ばれるようになると、周囲がタクティスに向ける目は嫉妬やら侮蔑が混じったものに変わった。

 故にちょっかいを掛けられたことも多々あった。時には決闘などを申し込まれた時もあった。そのたびにタクティスは適当に相手して傷付き、それを見て激怒した幼馴染みの大復讐など凄惨な事件まで起こる始末だった。

 タクティスを傷つけた学徒が全員病院送りになったことからタクティスに直接危害を加える者はいなくなったが、それでも周りの評価は変わらない。

 ――大賢者の息子なのに。

 ――魔力を持たない無能のくせに。

 それはタクティスにはどうしようもない理由で、決して変わることのない事実であった。

 タクティスは時々、自分の存在する意味が分からなくなる。


 「あ、タクティス。やっぱりここにいたんだ」

 「ティナ……入学式はもう終わったのか?」

 「まだ終わってないけど、私の役割は終わったから抜けてきちゃった」

 「優等生がそんなことしていいのかよ?」

 「そんなの、周りが勝手に決めてるだけじゃない!」


 瞑想に近い感覚で思考に耽っていたタクティスは突如現れた幼馴染みに呆れた声を出した。

 全部周りが勝手に決めたこと。ティナはそう言って憚らない。

 ティナは言外にタクティスのことを擁護しているのだが、残念ながらその思いはタクティスに届いていなかった。


 「お前なぁ……周りから受ける評価って結構大事なんだぞ? 俺なんて実践訓練ができないから、教官達からの評価は最悪すぎてわざわざ課外依頼とか受けないと単位貰えないし……」

 「え、時々いないと思ってたらそんなことやってたの?」

 「まあな。でも去年の最終筆記試験が良かったから一部の教官達からの評価はマシになったみたいだし、今年はそんなに行かなくても大丈夫だと思うぜ?」

 「行くことには変わりないじゃない……」


 ティナは軽く溜息を吐きながらふとタクティスのローブが視界に入った。

 アストラル魔法学院の学徒であることを示す黒いローブにはそれぞれ胸元に刺繍されているものが違う。ティナは高位魔術師の資格を持っていることから不死鳥の模様が、そしてタクティスには魔術師みならいという意味を表す卵の模様が刺繍されている。

 それはつまり、タクティスは一年と同レベルかそれ以下の実力しか持ち合わせていないという証明にもなる。この学院に入学して来る殆どの者は『大賢者』を目指す誇り高い者達だ。故に自分より弱い者を襲うという行為は滅多にしない。

 ティナはタクティスの言っていた「絡まれないようにしたい」という意味はそういうことなのだろうと納得すると同時に、例えようもない不快感を胸に湧き上がらせた。


 「どうして……タクティスだけ……」

 「ん? なんか言ったか?」

 「あっ……ううん! なんでもない! そうだ! もうすぐ講義が始まるから、もう行くね!?」

 「そっか。じゃあ頑張れよ、優等生」


 タクティスは慌てながら図書室を出て行くティナを不思議そうに見送った。

 一人だけに戻ると部屋の中は驚くほど静かに感じる。タクティスは少しだけ肩を竦めて、読みかけだった本に目を落とした。

 魔力がないタクティスは基本的に魔術関係の講義には出席しない。知識だけならばこうして本を読むことでも得られるし、講義で行われる魔法の実践訓練などはそもそも参加不可能だからだ。

 故にタクティスが受講しているのは薬学や、剣術など魔力に頼らない学科のみ。それ以外は全て本から学び取っていた。こうなると単位を得るには少し学院での評価が足りず、課外依頼というものを達成しなければならない。

 タクティスは学院を無事卒業する為に、この課外依頼を何度も達成してきた。全ては自立する為に。

 魔法学院卒業というのは就職活動において大きな利点となる。それを利用して収入が安定した職についたら、金を溜めていつかはこの国を出ようとタクティスは密かに考えていた。

 このアストラルは魔力主義が強く影響している。良き理解者は少なからずいるが、魔力を持たないタクティスにとってこの国は大変生きにくい場所なのだ。

 タクティスはそんなことを考えるたびに己を呪ってしまう。


 ――なんで俺は魔力を持たない無能で、世界の英雄である大賢者の息子なんだ……!


 皮肉なことに、この誰にも打ち明けられない苛立ちがタクティスに弛まぬ努力を続けさせ、強固な精神を作り出していた。


 しばらく魔法に関して本を読んでいると昼休みの時間を示すチャイムが鳴った。

 タクティスは読んでいた本を閉じて、そろそろ昼食にしようと食堂へ向かう。

 図書室から出て先の見えない廊下を延々と歩き、三番棟から外へ出た。外からすぐに見える大校庭では色んな学徒が未だに魔法の訓練を行っている。なんとなくその様子をぼんやり眺めていると、一人の学徒と目が合った。

 その学徒が持つ灰色の髪に黄色い瞳はまるで狼のようだ。しかし、その外見に似合わず中身は子犬だということをタクティスは知っている。


 「タクティスじゃねーか! 久しぶり! 元気だったか!?」

 「よう、グレイ。久しぶりだな。……つーか、そんなにはしゃぐなよ!」

 「いいじゃんか! お前とは剣術の講義以外で滅多に会えないんだからよ!」

 「はいはい。それじゃ俺はこれから食堂に向かうけど、お前も来るか?」

 「おう!」


 タクティスに人懐こい笑みを浮かべる灰髪の少年。彼の名はグレイ・シーカー。タクティスと同じ剣術学科を専攻している、タクティスにとって心を許せる数少ない友達だ。

 二人は食堂に入るなり空いた席を確保しつつ同じメニューを頼んだ。学徒達の殆どが選ぶ一番安いアルファランチだ。因みに学徒達はたびたび都市の外で魔物を倒したり、自らの魔法で編み出した魔具などを売って小遣い稼ぎをすることを学院から許可されている。なので収入があるとちょっと豪華なベータランチなどを頼む学徒もいる。

 タクティスはアルファランチが乗ったお盆を受け取って席に着くと、「そういえば……」と切り出してからグレイに問いかけた。


 「グレイは新学期が始まるまで何してたんだ? 実家に帰ってたのか?」

 「まさか。俺の故郷はウィンター大陸だぜ? 一々ここと向こうを往復するのが面倒だ。ずっとここの学生寮でごろごろしてたよ」

 「お前……薄情だなぁ」

 「これが当たり前さ。なにせ向こうは極寒の大地だからな。皆心が冷たいんだよ」

 「確か雪っていうのが降るんだよな? こっちのスプリング大陸じゃまず見られないからちょっと羨ましいな」

 「あんなもの見ても面白くないんだけどなぁ」


 二人はアルファランチを啄ばみながら、久しぶりの会話に華を咲かせた。楽しそうに笑うタクティスを鬱陶しそうに見つめる周囲の視線もこの時だけは気にならない。


 「それでタクティスさんや」

 「どうした、グレイさん?」

 「ティナちゃんとは何処までイッた?」

 「ブッッ!?」


 お互いの日常を語り合う中で突然持ち上げられた話題にタクティスは口に含んでいた水を盛大に噴き出した。対面に座っていたグレイにその水の飛沫が飛び掛る。グレイは咄嗟に盾となって自分のアルファランチだけは守り通したが、身に纏う黒いローブにはいくつもの染みが浮かんだ。

 グレイのローブの胸元には下級魔術師の証である雛鳥の模様が刺繍されているが、そこも僅かに水で湿ってしまっている。


 「うわっ、きったねぇ!? 何してくれちゃってんだお前!」

 「ゴホッ! ゲフッ! お、お前が変なこと聞くからだろーが!」


 悲鳴をあげるグレイにタクティスは咳き込みながらも言い返す。

 実は学院内ではタクティスとティナが付き合っているという噂が少なからず流れている。だからこそタクティスはあらゆる学徒から反感を買っているのだが、当の本人達はそのことを知らない。

 グレイも当然その噂を知っている、というかタクティス達の生活を見聞きするほど親しい仲だからこそこの話を振ったのだが、今は思わぬ反撃を受けたと唸っている。


 「たくっ……別に変なことでもないだろ。だってお前、毎朝ティナちゃんに優しく起こしてもらってるんだろ?」

 「ちょっと待て。誰が『優しく』起こしてるって?」

 「ティナちゃんが自慢げに言ってたぜ。というか何処に自慢する要素があるのか甚だ疑問だけどな」

 「あいつ……んなことお前に話してたのか。後で折檻だな」


 眦を吊り上げるタクティスを無視して、グレイは身を乗り出して更に問い詰めてきた。


 「そんなことより、実際起こしてもらってるのは間違いないんだろ? それに一緒に飯食って一緒に登校するとまで来た。放課後だって時間が合えば一緒に帰るんだろ? もうこれって付き合ってるの確定じゃね?」

 「ちげーよ。あいつとは家が隣同士だし、親ぐるみの付き合いだから人一倍一緒になる機会が多いってだけだ。それに貧乳は俺の好みじゃない……って、もうここを出ないか? 流石に周りがなんかヤバイ」


 主に喋っていたのはグレイだったが、ある意味ティナとの惚気話のようなものを聞かされて周囲の学徒の視線は殺意めいたものが放たれ始めていた。特にこの場にいたティナのファンクラブらしき者達は何の呪いの儀式なのか、壁に藁で作った人形を打ちこんでいる。

 グレイも話に熱中して見逃していた周りのおぞましさに気付いて「あいつら、マジ怖えぇ!」と口にしながら慌ててアルファランチを空にした。そうしてタクティス達は食べ終えた食器を片付けるとそそくさと食堂から退場した。


ゆったり更新します。

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