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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
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強者の責任、弱者の意地

 ティナはゼニスが引き止めるのも聞かず、光の柱が現れた場所に向かっていた。

 何かを思ったわけではない。ただ予感がしたのだ。このままでは大切な幼馴染みに二度と会えなくなるかもしれないと。

 だからティナは走る。魔力をありったけ足に纏わせ、並の魔術師では出せないような超速度で学院に向かう。最短距離で行く為に大通りを無視し、建物の屋根を突っ走って直線状に駆けて行った。

 速く。もっと速く。風よりも速く!

 焦りに焦ってティナは学院目掛けて一直線に跳ぶ。その時、路地の方で光の魔法を見かけた。それは先程見た光の柱とは比べ物にならないくらい矮小なものであったけれど、ティナは殆ど反射でそちらの方に移動していた。


 「お願いタクティス……! 無事でいて!」


 ティナは魔法を身に付けた際に誓った己の決意を胸に抱き、全速力で路地の中を疾駆した。

 ティナは今でも覚えている。学院に通う者達がタクティスに突き刺した言葉のナイフの数々を。


 『何であんな奴が大賢者様の息子なんだよ?』『大賢者の息子のくせに、魔力を持たない? 何それ? じゃあ魔法学院なんか来るんじゃねーよ』『落ち零れよりも性質が悪いな』『親のすねかじりめ』『どうせあいつもボンボン組だろ? 目障りなんだよ』


 何も知らないくせに、知ろうともしないくせに。奴らは好き勝手にタクティスのことを馬鹿にし、それでいて『大賢者の息子』という肩書きに嫉妬していた。勿論ティナとしては学徒の言い分も分からなくは無い。

 何故なら学徒達の殆どは大賢者に憧れ、その魔導の頂に上るために日々研鑽を積んでいるのだ。そんな彼らにとっては憧れの大賢者と血が繋がってるというだけで羨ましいものだったに違いない。だからこそ彼らはタクティスに期待を寄せ、そして過剰なまでに失望したのだ。


 ――どうしてこんな奴が大賢者の息子なんだ。

 ――どうしてこんな出来損ないが自分達と同じ土俵に立っているんだ。


 大賢者を目指すつもりもなく、そもそも魔力を持たない人間が同じ学院に通っている事が、彼らの誇りに傷を付けた。真面目に上を目指している者達にとってはさぞタクティスの存在は目障りだったに違いない。

 だけどそれがどうした。彼らにも彼らなりの事情があるように、タクティスにだってタクティスなりの事情があるのだ。それを少しも理解しようとせず、一方的に忌み嫌うなんて愚か者のすることだ。そんな奴らがどう足掻いたところで大賢者の影すら踏む事などできはしない。ましてやそんな幼稚な者達に大切な幼馴染みを傷付けさせはしない。

 だからティナはタクティスの障害となる者をこの手で退けてきた。タクティスを守り抜こうと決めた。かつて自分が守られてきたように、助けてもらったように。今度は自分がタクティスに救いの手を差し伸べてあげるのだ。


 「タクティス……」


 だが時々考えずにはいられない不安があった。決して認めたくない懸念であるが……もしもタクティスが自らの手で己の障害を退ける術を手に入れてしまったら、彼にとって自分の存在は必要なくなるのではないだろうか。そして今はまさにそんな状態なのではないだろうか。

 そう思うとますますティナは焦燥感に襲われる。一刻も早くタクティスに会いたいと心から願ってしまう。

 しかしそれらの思考は目の前で起きた発光によって遮られた。

 それは魔法の発動時に見られる特有の発光だ。三人ほどの人影が更に先にいる人物に向かって攻撃しようとしている。


 「駄目!」


 タクティスを傷付けさせるわけにはいかない。絶対に守り通さなくてはならない。

 ティナは咄嗟に落雷を三人の人影に落とした。



***************



 (はぁ……はぁ……くそっ!)


 タクティスは長杖を背負って大通りの中を走っていた。先程戦った賢者に吹き飛ばされたせいで体中がズキズキと痛む。魔力がないタクティスには回復魔法など使えないし、使えたとしても『白の本』を所有する今の体では無効化されるだけなので意味が無い。

 タクティスにとってこの先も誰かと戦うことはただの消耗戦に過ぎず、できるだけ避けなければならなかった。タクティスにとって唯一勝ちとなるのはこの国の脱出であって、賢者達に勝つことではないのだ。途中で力尽きるという最悪の展開だけは未然に塞がなければならない。

 いつもの通学路が今に限って無限に続く迷宮の道に見えるのはそれなりにタクティスが疲労している証だろう。肉体的にも精神的にもタクティスは疲れていた。賢者との戦いはそこまで長い時間行っていたわけではない。それだけでここまで疲労するとは思えなかった。


 (『イレイザー』の……副作用か?)


 なにせ魔力がないタクティスにも発動させることができた魔法で、しかもあの威力だ。何らかのデメリットがあってもおかしくない。


 (周りを気にすると撃てないし、乱発もできないってことか。強力な魔法っていうのもある意味使えないんだな)


 むしろ数多の極悪魔法を自在に使える大賢者が化け物過ぎるのだ。それなのに向こうの立場は英雄で、自分の立場は犯罪者。そう考えるとなんだか腹が立ってくる。

 タクティスは怒りを原動力に変えて、とにかく前に進んだ。また賢者と遭遇することになるのならできるだけ出口に近い方がいい。だが自分の家を見つけて、タクティスは少しだけ寄り道しようと思った。

 大陸を渡る為には金が必要だ。タクティスは密かに貯めてきた資金を取りに自分の部屋に戻る。これでこの部屋に入るのは最後かもしれないと思うと、慣れ親しんだ自分の部屋に何やら感慨深いものを感じた。


 「……ただいま、が言えなくなるのは少しだけ寂しいかな」


 口に出してみると本当に寂しくなるから不思議だ。タクティスは金を取ると、後ろ髪を引かれるような気持ちで部屋をあとにした。ついでに父親の部屋から攻撃や防御に使えそうなものや、高そうな回復薬などを荷物にならない程度に持ち出す。勿論返すつもりは毛頭ない。その際、右腕を隠すのにちょうどいい篭手があったのでそれは先に装備しておく。

 準備はある程度整った。タクティスはいっきに街の外まで駆け出した。

 少し離れた所で騒がしい音が聞こえるのは、囮役が賢者と遭遇しているからか。本当にクーリスがグレイを巻き込んだのかは定かではないが、とにかく無茶だけはしないで欲しいと心から願う。

 大通りを駆け抜け、タクティスはとうとう街の出入り口である門の場所まで辿り着けた。頑丈そうな門は閉じているが、ここまで来ればもう周りの被害を気にする必要は無い。タクティスは右手を門の前に翳して魔法名を口にする。

 ――筈だったのだが、門の前に人が降り立ったので中断せずにはいられなかった。しかもその人物は顔見知りだ。


 「……タクティス。お前は……この国から出て行くつもりか?」

 「ゼニス。あんたには悪いけど、こっちは悠長に『白の本』を取り出す方法が見つかるまで待ってられねぇんだよ」

 「その点は心配する必要は無い」

 「……? おい、何するつもりだ」


 ゼニスは風の魔法を己の手に作り上げ、それに更なる魔法を重ね掛けしている。それはタクティスでさえ、噂にしか聞いていなかったゼニスの固有魔法であった。


 「――術式兵装」

 「あんた……俺の味方だったんじゃなかったのかよ!?」


 術式兵装――魔力ではなく魔法をその身に纏わせる戦闘術式を発動させて、ゼニスはタクティスの前に立ちはだかった。

 思わぬ裏切りにタクティスは開いた口が塞がらない。しかし胸の中では確かな苛立ちが噴き出していた。


 「……ああ、そういうことかよ。そうだよな。なんだかんだ言ってもあんたも賢者の一人だもんなぁ!」

 「賢者の一人としてここにいるのではない。故にお前を殺すつもりも無い。しかし“力”を手にしてしまった以上……私もお前を放っておくわけにはいかないのだ」

 「……ハッ! また俺が危険だからっていう理由か?」


 くだらない。どいつも、こいつも。皆好き勝手な理由を付けて、好き勝手に相手を貶めやがる。

 タクティスは右手に力を込めて、正面で構えているゼニスを睨み付けた。そしてゆっくりと背中から長杖を取り出す。


 「相手が好き勝手なら、俺も好き勝手にさせてもらうだけだ」

 「お前は自分が手にした力の恐ろしさを理解しておくべきだ。今のお前はすでに弱者の枠から大きく逸脱している。無責任な行動は許さん」

 「俺は弱者のままだよ。強者が抱える責任なんて知った事じゃねぇ」

 「この国は良くも悪くも大賢者という抑止力がいるおかげで平和なのだ。それに匹敵する力を持つ者が他国に流れれば、戦争が起きる可能性だってある。今のお前にはそれだけの力があり、それほどの責任を負っているのだ。……理解してくれ」


 タクティスはわざとらしく大きな溜息を吐いた。ゼニスの言葉に耳を傾けるつもりは無い。


 「全部今更だろ。俺はずっと弱者として生きてきたんだ。いきなり強者として生きろなんて言われて『はいそうですか』って納得するとでも思ってんのか? 馬鹿も休み休み言え」


 ――それに、とタクティスは言葉を続ける。

 それはタクティスがこの国で十七年間生きてきて思ったことだった。

 才能を持つ奴は決して後ろを振り向かない。だから後ろで立ち止まっている才能無き者達を平気で置いて行くことが出来る。

 才能無き者が努力という時間をどれだけ積み重ねても、才能を持つ者は一瞬とも呼べる時間でそれらを容赦なく叩き壊す。

 弱者が必死に紡いできた軌跡を虫けらのように踏み潰していく……それが強者なのだ。

 そんな慈悲のない生き物になんかなりたくない。そんな「理不尽」な奴らと一緒にされたくはない。

 だからこそ、弱者は思う。だからこそ、タクティスは語る。


 「俺は――お前ら・・・みたいにはならねぇよ」

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