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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
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プロローグ 魔力皆無の少年

プロローグにサブタイトル付けるのって変ですかね?

 かつて不死鳥は言いました。


 「貴方に心を与えましょう。貴方に力を授けましょう」


 そうして小さな命に心と魔力が宿り、それは人間となりました。

 心は感情を育み、願いを生み、魔力を糧に魔法を作り出しました。

 魔法は世界を広げ、世界は更なる命を生み出します。

 人間は言いました。


 「私はこの世界が大好きだ」


 不死鳥は笑顔で頷きました。



****************



 国内最大を誇るアストラル図書館。その地下で管理されている禁書庫には開くことさえ許されないような書物が数多く納められている。

 しかし一冊だけ、他の物とは距離を置かれて保管されている本があった。

 暗い部屋の中で男はランプの灯りでその本を照らし出す。

 その本はぶ厚く、表紙は白く塗装され、題名らしきものは何処にも記載されていない。


 「なるほど……こりゃ確かに“白の本”だわ」


 男は話に聞いていた通りの本を見て納得が言ったように呟いた。そして何の躊躇もなくその本を手に取った。

 本来なら禁書庫に納められた物に触れると盗難防止用の魔法が発動する仕掛けがあるのだが、この図書館は例外であった。故に男がその本を奪い去ろうとしていても何らかの魔法で邪魔されることはない。

 男は呆気なく仕事を達成できたことに安堵しつつ、油断せず辺りを警戒しながら本を鞄の中にしまう。

 今は深夜で図書館内にいるのは館内を見回りしている管理人と自分の一人だけだ。その管理人にさえ見つからなければ無事に図書館から逃げ出せるだろうと男は注意を怠らない。

 しかし男は重大なことに気付いていなかった。

 何故この禁書庫にあるものは盗難防止の魔法が掛かっていないのかということを考えていなかった。


 ――君は私に何を望む?


 その声は突然男の頭の中に語りかけてきた。


 「な、誰だ!?」


 男は驚いて小声で怒鳴るという器用な真似をしつつ周囲を忙しく見回す。しかしこの場には管理人の姿はなく、間違いなく自分一人しか存在しない。ランプの中で揺らめく炎は男以外の誰の存在も照らし出すことはなかった。

 しかし、謎の声は男の不安など気にする様子もなく語り続けてきた。


 ――君は私に何を望む? 私は君の心のままに力を貸そう。


 男は全身から汗を噴き出して「まさか……」と呻きながら鞄にしまった本を取り出した。

 そこにあったのは間違いなく白の本だ。間違いなく白の魔導書・・・だった。

 男はようやくこの場にある書物に魔法が掛かっていない理由を悟った。

 魔導書には元々強力な魔法が宿っている。それこそこの場にある物は盗難魔法など掛ける必要もない危険な魔導書ばかりなのだ。

 男は白の本を睥睨しつつ仕事の話を持ってきた人物の言葉を思い出した。


 『あの本は中でもキワモノでね。誰にでも入手できるが誰も所有することはできないのだ』


 最初は矛盾した意味不明の忠告だと思った。一応は忠告だと受け取っていたのだ。しかしその意味は今になって明らかになった。


 「くそっ……!」


 恐らく詳細を話せば仕事を引き受けないと思い、あんな中途半端な忠告しかしなかったであろう人物に毒を吐きながら、男はとにかくここを離れなければと焦りを見せた。

 そこで追い討ちを掛けるように、今度は頭の中ではなくはっきりと手に持っていた白の本から声が聞こえた。


 「――ここから離れるのが君の心の願いか。ならばその為の力を授けよう」


 白の本が光り出す。


 「ちょっ……待て! ああああああああああああああああああああ!?」


 清らかで美しい白の光は眩く、暗い禁書庫の中を満たし、男の姿を包み隠していく。

 そして光が失われ、再びその場に暗闇が戻った時には男の姿も消えていた。



****************



 開けたままにしておいた窓からは麗らかな春の香りが舞い込み、部屋の中には優しい温もりが滞在していた。

 しかし破壊の足音がトットットと軽快なリズムを刻みながら上って来て、容赦なく春の部屋に侵入してくる。


 「ほら、起きて起きて! タクティス、もう朝だよ! 今日から新学期だよ!」


 元気な少女の声は心地よい暖かさに包まれていた少年を何度も叩き、布団を剥ぎ取り、ベッドから引きずり出した。抵抗したくとも眠気の方が勝っている少年は為す術もなく硬い床に叩き落された。

 痛みによる覚醒。少年ことタクティス・ストレンジの朝はいつもここから始まるのだった。

 頭や腰をを擦りながらタクティスは恨めしそうに眼前に立つ少女を睨んだ。


 「ティナ……! お前、もう少し優しい起こし方とかできねぇのか!」

 「魔法を使わないだけ優しいとは思わない?」

 「お前の優しいの基準は魔法を使うか使わないかの二択しかねぇのかよ!?」


 タクティスは幼馴染みの二分法的な考え方に呆れて溜息を吐いた。

 ティナ・エリアス。彼女とタクティスは親ぐるみの付き合いで、生まれた時から幼馴染みというやつだ。なのでティナがこうして勝手に家に入ることも当たり前になっていた。


 「まあいいや。俺は着替えるからとりあえず下で待っていてくれ」

 「あいあいさー!」


 幼馴染みが階段を降りていくのを見送りながら、タクティスは肩を竦ませる。それから外出用の服に着替えて、最後に部屋の壁に立て掛けてある黒いローブを羽織った。ローブには胸元の辺りに小さな卵の絵が刺繍されている。それを見てタクティスは酷く曖昧に笑って見せた。


 ――また始まるんだな。別に今更だし、どうでもいいけど。


 下に降りると、食欲をそそるいい匂いが鼻腔を擽った。その匂いの元を辿るとティナが野菜のスープを温めているところだった。無論彼女が作ったわけでなく、昨日のうちにタクティスが自分で仕込んでおいたものだ。我ながら中々の出来だと食欲をそそられながらタクティスは満足の笑みを浮かべた。

 ティナがタクティスに気付いて朝の食卓は並べられた。小さなパンと野菜のスープを何故かティナが堂々と対面の席に座って美味しそうに頬張っている。


 「うーん。やっぱりタクティスって料理の天才だよねぇ! これだからタクティスの家に来るのは楽しみなんだよ」

 「おいコラ。俺を叩き起こすのは飯目的か」


 口では文句を言いつつも、自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえることに悪い気はしない。だからこそタクティスは朝に無理矢理起こされることを強く拒絶したりはしない。食べ終わると食器洗いは率先してティナがやってくれるので助かってもいた。


 「あれ? タクティス、今日はそのローブ着るんだ?」

 「今日は新学期初日だからな……妙な奴に絡まれないようにしたいんだよ」


 タクティスは曖昧に笑って家の戸を開けた。

 首都アストラル。国の名前をそのまま付けられたこの都市は朝から活気に溢れていた。

 新鮮な魚を売っている所もあれば肉や野菜を扱う店もこの時間帯には既に営業しており、都市の主要施設に通じる大通りでは仕事をする者の他に観光客や学生の姿が流れている。

 タクティス達もまたその大通りの中を歩く学生の一部だった。

 この大通りは魔法によって作られた噴水を中心として円形に広がった中央広場から三つの道に分かれた十字路となっている。左の道に進めば国内最大の図書館があり、直進すればこの国の王が住まう城が建っている。そしてタクティス達が向かう右の道の先にはアストラル魔法学院が存在した。


 「おい、あれってティナ様じゃないか?」

 「ティナ様だ……相変わらずお美しい」

 「マジだ。ティナ様だ。朝からお目にかかれるなんて今日はなんて幸運なんだ!」


 そして右の道を進むと当然ながら学生達の数が多くなり、ティナを崇拝する熱狂的信者ファンクラブの声も目立つようになる。ティナはそれに対して殆ど気にする様子を見せていないが、隣を歩くタクティスは彼らの殺意にも似た視線を受けて針の筵のような思いだった。

 去年は見なかった顔ぶれ……すなわち新入生達でさえタクティスを見る目は冷たい。


 (はあ……また絡まれるんだろうな。)


 タクティスは半ば確定した未来を見据えて深い溜息を吐いた。

 学院の中に入るとタクティス達に対する視線の数も増した。その視線ははっきりと二種類に分かれている。

 学院内随一の優等生であるティナに対する尊敬と憧憬を込めた熱い視線。

 学院内唯一の無能であるタクティスに対する失望と侮蔑と嘲りを混ぜた冷たい視線。

 魔法が使えない。それだけでこの学院においては蔑視の対象になるのだ。

 ただしタクティスの場合はその程度ではなかった。

 一千万分の一の確率で生まれるという異常者。このアストラルにおいて唯一当てはまった人間。それがタクティスであった。


 ――タクティス・ストレンジには魔力が無い。

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