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ナナシ ~閉園前のささやかなfire works~

あと一話で完結します。

 唱えることは何もない、在るのは無限だけなんだ。

 この世界は結局、彩りがあって、愛があって、海があった。

 暗さと灯りがあって、火があって、温もりがあって。

 僕がそれらに気付けなかっただけの話で、要するにこれは僕の唯の

 ひとりよがりなお伽噺だ、見たくない人は見なければいい。

 見たい奴はみればいい、けど僕は退場するよ、さようなら。


  

 

 そろそろいいかな、トントントン 扉にノックしたら、何が在るのかな。

 光か闇か、中学生の落書き帳並の事しか書いていないかもしれない。

 でも、書いているだけまだましかもってそう思えたら素晴らしい。

 もしかしたら、そんなくだらない落書き帳の中にも、くだらなくない事が

 一文紛れ込んでるかもしれないからね、其れを探しにゆこう。

 探して、見つかったら、儲けものじゃないかな、違う?

 そんなもの、彼のお話はそんな取るに足らない、何かに執着しすぎた男の

 残念なお話、まだ私は知らないのだけど、自分の見知らぬ執着心に。


 

 

  

 全ての遠き理想郷…あらゆる過去の名残のその又名残。 

 誰しもが一度は後悔をし、後悔し尽した果てに辿り着く幻想郷。

 誰しもが一度は手に取る交じり合う原色が色めき煌めき合う社交場。

 一つのアトリエの様に私達″二人″の目に映える。

 美しい…? 確かに、これは美しい…とか云い様がない。

 だけどけれど、怖くもあるのだ、至上…至情な愛というのは

 反面、字面通りとはいかず、圧倒的裏側を持ち合わせているから。

 狂い亡き狂気…寸分の間さえない程に埋められた悪意。

 狂気はあるようで、なくて、けれど真にはある。

 狂気と悪意はいつも共にしている、喩誰かが

 『僕は人を殺しましたが、全く頭のネジは外れておりません』

 と言ったとしても、必ず頭のネジは外れているのだ。

 なぜかって、それは、個人だけで世界が回っている訳じゃないって事だ。

 残酷な事実…其れは、人は一人では生きては往けないということ。

 逆に言えば、こうともこれはこう言える残酷な事実かもしれないが

 『人は、一人を増やせば一人で生きることが出来る』

 一面、意味が解らない言葉に聞こえる、一人を増やせば?

 一人を増やしてしまえば、それはもはや一人ではなくなってしまう。

 矛盾より生まれてしまった一つの奇跡。

 其れは―ドッペルゲンガ―…。

 ドッペルゲンガ―とは、

 自分とそっくりの姿をした分身。

 同じ人物が同時に複数の場所に姿を現す現象。

 自分がもうひとりの自分を見る現象。自己像幻視。

 江戸時代の日本では、影の病い、影のわずらいと言われ、離魂病とされた。


 「今の僕らみたいでしょう?」


 美術館と錯視しそうなくらいの景色が際限なく広がっている

 メリーシープゴーランドの先の先の世界。

 この世界には終わりがあるのか定かではない、終電がその言葉通りならば

 きっとこの世界のジェットコースターはまさしくソレだ。

 終わりの始まりとは、終わりもなく始まりもないということ。

 繰り返し繰り返し打たれたピリオドの上にまた新たな点を重ね潰していくような。

 線にはならない、為るとすれば、てんで未熟な点だけ。

 濃淡が無いだろうと言わしめるほどに黒とグレーの交わり。

 黒とグレーの恋愛だ、この世で最もなる曖昧な物。

 虹色は複雑だねって黒とグレーは笑う、虹色の方が曖昧だと。


 「そう、だね。今の僕ら…今の私達…みたい…って…」


 言葉が詰まった、私の中の黒とグレーが渦を巻く。

 彼は、気付いていたのかって、黒が微笑み、グレーが私に問い掛ける。

 そんなことは、最初からって。

 

 「そう、そうだよ、今の僕ら、君は僕の事が嫌いな、今の僕ら」


 僕だけが、執着して終着出来ていない、そんな今の僕らっていう。

 どこか強がった表情を魅せて、気丈な彼に、私は言葉を返そうと。


 「そ、そんな事…ないよ…だって私はあなたのこと……」


 言えなかった、やっぱり、今の私にはどう悪あがきしたって言えなかったんだ。

 数年前の奇跡、数年前なら言えた言葉。

 貴方が好き、その単純な言葉をどうしたってそうしたって今の私には言えなかった。

 彼は聞きたいだろう、とってもとっても聞きたいだろう。

 私達の感情を映すかのような周囲の様相の色は、何時しか

 万華鏡のように色を色とりどりに変貌を遂げている。

 淀んだものすら、万華鏡は鮮やかなトキメキに変える、誰にも不快な思いはさせず

 誰にも深い物を残す。

 浅い景色は、いらない、浅いならば沈んでしまう。


 「無理は、しなくていい、気付いてたから、大丈夫だよ」


 もう傷つく準備も傷つくのも終わったから。

 冷たい氷の笑顔を刹那に二人、シートベルトをしながら座っている

 座席の隣で、彼は魅せる、そんな表情見せないでよ……

 そういったって、そんな事言えない、だってそんな表情をさせているのは私。

 

 「無理なんて…無理なんてしてない、無理だなんて言わない」


 無理をしてるのは、寧ろ彼の方だ、いまだって何時だってそうだ。

 思えば、彼がなんで分かっていて誘ってくれた? 

 そのことを想えば……私は、何も言えなかった、あの時のソフトクリーム。

 彼はどんな気持ちで私にソフトクリームを渡して

 そのソフトクリームを、溶けるソフトクリームを食べたんだろう。

 

 「そっか……そう、だよね、じゃあ僕は言うよ、無理してごめん」


 ほんの一匙の救い、彼の本音、私はどこまでも身勝手だ。

 その言葉を聞きたかって、思ってしまっていて、彼は望み通り。

 私の欲しかった言葉をくれた。

 彼はいつも、そうやって素知らぬままにさりげないままに私の欲しい物をくれるんだ。 

 ふと、彼に手を伸ばした。

 そしたら、彼に、届かなかった……違う。

 私が彼に届かそうとしていないんだ、彼は遠い、私に彼は遠すぎる。

 

 「どうしたの…?」


 シートベルト、座席に座っている私達は、隣にいるはずなのに

 今も、違う乗り物に乗ってるみたいな感覚だ、まるで意思疎通が出来ていない。

 思えば、ずっとこうだったのかも、って今思った。

 通じ合っているようで実は通じ合えていない。

 同じ言葉を交わしているようでどこかズレて異端だ。

 そう悟った途端、私達の景色が変わって、脳内に映像が流れた。

 其れは彼も同じだったようで、頭を抑えている。

 脳内に映像が流れたかと思うと、次いでその映像に声が入った。 

 ノイズ音から徐々に肉声へと結びつく。

 なんだかよくわからない靄が染み付いたテロップと共に

 一つの映像作品が、私達の空間に映された。

 

 

 ―雨が一本の針みたいに、繊細に地面にその身を安らかに打ち立てる。

  季節は、誰も彼もが脳内をお花畑にさせる夏休み前の梅の間、梅雨。

  大学の外廊下に、一箱のダンボールが置かれていた。

  外廊下を提出遅れのレポートを提出する為に歩いていた私は。

  ふとして、ダンボールの前に立ち止まってしまった。

  その時の私は、人生という物に″人が生きる″意味以外の何かを

  必死に見出そうとしていた、よくある事だ、一部が嫌になって

  全部が嫌になって、やがて無い物を探してしまう時期が、いわばそれだ。

  そんな″席巻梅雨期″に颯爽と舞い込んできた、奇奇怪怪に。

  私が、飛びこまないわけがない、不思議な函があれば開けてしまう。

  スイッチがあれば押してしまうのが人間という物だ。

  視界に入った即座に吸い込まれてしまった私は、茶色い箱の中に

  圧倒的なる可愛さを見た、其れはこの世の全ての華麗さや可憐さを

  覆い包みこみ凝縮してしまった様な物だ、大袈裟な表現を抜きにして言えば。

  「柴犬だ」

  そう、大昔から存在している栗毛の幼獣、柴犬が、大学の外廊下で捨てられていた。

  勿論、私は遺憾なく全身から迸る怒りと言う怒りを猛々しく唸らせた。

  唸りに唸らせた挙句、私の到達先がわからない出現点で止まっている怒りは

  虚しく、世間の怪しい物を見る目に打ち消された。

  ホントに唸ってしまっていた、グルグル…グルルゥ……と。

  犬はどちらだと言いたくなってしまう、いや勿論私が犬ならば、多分

  軍用犬とかだと思う、まぁ居ぬけど、いぬいぬ。

  ともすれば、私は改めて気が付いて、唸ってる間の周囲を鑑みて自分の状況を顧みた。

  当然、私はずぶ濡れだった、外廊下に雨避けなんていうものは、屋根なんていうものはない。

  だって外廊下、なんだから、正直者でしょ? そうでしょ? ハッキリしてて

  私、好きよ! まさか裏切られるとは思っていなかったけど、やっぱり嫌い。

  柴犬は、唯一の放棄人による良心『ダンボール』とかいう便利な癖にこれまた

  裏切り性の高い物に守られていた、よく腐るんだよソイツ。

  「そいつ、すぐ裏切るよ…所詮まがい物さ」

  キザな私のアドバイスに、栗毛の柴犬は一声、クゥゥンと可愛い媚声を立てるだけ。

  私もそんなのだったら、もっと可愛がられるのかなぁ、なんて隣の芝生は青い理論。

  柴犬に気を取られているうちに、ズブズブにズビズビに一点の弁護も出来ない程に

  努力が泡と帰してしまったレポート用紙、存分に気持ちよさそうに濡れている。

  レポートのテーマは『濡れ衣を着せられた時の適切なタオルの投げ方』なので。

  速やかに私は、持っていたポーチから、ハンカチを取り出そうと、身体を

  少しだけ、屈んでいた腰を、上へ持ち上げようとすると、何やら硬い物にぶつかった。

  ちょっとだけ尖っていて、やけに面積が広かった。

  面積がやけに広く、まるでこれは覆われているみたいで私は守られているようだ。

  そう思いながら、そのまま体を起こすと案の定、ぶつかった。

  「グハッ……」

  ぶつかったかと思えば、血反吐を吐きそうな弱弱しい男の声がした。

  「グハッ…?」

  おいおい、物騒な音がするぜ…血飛沫に呼ばれたよ何事だい、またしても私の出番かな?

  若干、昨夜見たミステリー映画の余韻に酔いしれながら、更に鋭利な突起物に

  突き刺さったおしりを押さえつつ、私は後ろを振り向いた。

  後ろを振り向くと、如何にも冴えなさそうな、悟り世代真っ盛りといわんばかりの

  上はタートルネック(色は灰色)上着に、クリーム色のパーカー、

  そうしてそうして視線を見下げてみると、暗い影が更に映える

  ダークブルーのジーンズ……その下は、あまり具体的な感想を言う事すら勿体無いと

  思う程至ってコメントすることのないまさに大学生…? (中学生…)が履いていそうな

  サファイアブルーのスニーカー。

  そう、私の後ろに居たのは、おそらくこの先一生主人公になる事はないだろうと

  何気ないファーストインプレッションで思わせる程冴えない男子学生だった。

  どうやら、傘をさしてくれていたみたいで。

  「あ…アンブレラ…有難う」

  なぜか、テンパってしまい、英語でお礼を言ってしまった私。

  「of course」

  そのノリに乗じて、勘違いの連鎖が連なり、彼の方もどうやら得意な様で

  少しニヒルに口角を上げて、もちろん、と返答してくる。

  「続ける?」

  勿論、と返してきた時点で既に彼への興味は私から真っ新になくなってしまい

  再び柴犬の方へ向けながら、彼に問うた。

  「continue?」

  問うたつもりなのに、本当に彼は英語がお達者な様でオウム返し。

  鸚鵡返しをしてくれたのは、いいが、存外、私は既に彼に飽きていたから、

  なんとなくそのままずっと濡れてしまったレポート分の癒しを柴犬に債務の

  濡れ衣を着せて、存分に満喫しようと小一時間、姿勢を保っていた。


  :柴犬:

  柴犬(しばいぬ、しばけん)は、日本古来の犬種。

  オスは体高38 - 41cm、メスは35 - 38cmの小型犬種。

  国の天然記念物に指定された7つの日本犬種(現存は6犬種)の1つ。

  現存6犬種中唯一の小型犬種だが、飼育頭数は最も多く、日本を代表する犬種。

  日本で飼育されている日本犬種(6犬種)のうち、柴犬は約80%を占める。

  日本国外でも人気が高く、数多く数多幾多斬った張ったのカリスマ性を魅せる。

 

  以上、これにて、柴ペディアである。


  で? 今から私は、苦労して書いた提出物を犠牲にしてまで愛でた柴犬を

  今からこれから、どうするつもりなんだろう、未来を請け負う? いやいや。

  私のマンションは、確か男も野獣も飼えない(語弊があるが男子禁制という意味だ)

  ならばどうしようかな、去ろうか、去ろう、世の中は世知辛いのだ。

  「すまない、さらばだ……栗色のケダモノよ…お前との日々は忘れない、刹那の邂逅」

  外廊下を、あと一時だけ柴犬の頬を撫でながら後ろ髪惹かれる断腸の想いで

  私は、去ろうとした、けれどその時、か弱き美獣の一声が轟こうと……。

  「あ、あの…ちょ、ちょっと待ってよ」

  正直ガクリとした、外廊下を、とうに背中にしていた私からすれば。

  聞きたかったのは、冴えない男子学生の冴えない男声ではなく。

  豆大福よりまんまるな顔をした、この世のピンクを盛大に多い包んだ様な

  世界から寵愛を受けた野獣の音声だった。

  「…え、あぁ、まだいたんだ」

  ずっと柴犬に全神経を注いでいた私は屋根のない外廊下でなぜ自分がズブズブに

  なっていないか、その点について考えることを放棄していた、さすが可愛いは洗脳!

  「いたよ…ずっと差してたよ…まぁ、それはいいけど、この犬どうするの?」

  好きでやってたから、とこちらに恩を押し付けることなくそそくさと

  自分の主張を誇示してくる冴えない大学生のちょっぴり男前の姿勢に

  少しだけ心を奪われそうになりながら、しどろもどろに私は答える。

  「え…どうするって? ここは中国じゃないから……食べれないよ」

  「食べないよっ! ここに放置しておくの? って聞いてるの」

  ピントのずれた私の応えに半ば半ギレしながら冴えない大学生は

  私に返答を促す。

  「放置? うん、私のマンション、犬飼えないし」

  素直に答えると、其れも、そうじゃないって…と言う風に

  自分の欲しい返事がもらえず理不尽に切れる冴えない大学生。

  「それはなんとなくわかってるよ……そうじゃなくて…」

  季節は誰も彼もの気持ちを湿らせる梅雨だ、そのジットリど真ん中に

  大学の外廊下で、傘も差さずに(今現在、私だけが濡れている)語らい合う

  大学生2人、さぞかし神の視点で見れば、いわばこれは青春と呼べる…。

  「あ、そうだ、カフェオレ飲む? 牛乳入ってるよ」

  青春と呼べなくもないかもしれないが、相手が私ならばきっと青いままだろう。

  「カルシウム不足じゃないよ!!! あ、貰うよ、あと傘あげる」

  鉄分不足を疑う私にまたもや半ギレる冴えない大学生は、しんしんと濡れている

  私がおもむろに取り出した共同戦前を張っている所為か、パッケージがずぶ濡れな

  カフェオレを強奪してから、そうっと手元に傘を持たせてくれる。

  これはもしや≪我儘に振る舞っていると見せかけての圧倒的気遣い≫

  コイツ……イケメンか…? 警戒心を強める私は、コイツがイケメンだとしたら

  次に言うセリフはもちろん、アレだろうと構えた。

  彼は、自分が濡れるのを厭わずに、丁重にカフェオレのストローを押し出し

  挿管口に挿し、吸い込む、本当に喉は乾いてみたいだ。

  それから数分経ち、濡れながら彼はカフェオレを飲み干した後に私に告げた。

  その言葉は、おそらく≪捨て犬を物欲しそうに見ていた女の子に対して放つ言葉≫

  として、この世で一番適応する言葉の連なり。

  「その犬さ、僕のマンションなら飼えるんだ」

  若干、キザを気取って、ニヒルに決まったぜっ? 

  いやいや、そんな風にポーズを完結されても、それがなければ 

  かっこよかったのに…残念なイケメンだ。

  なので、少し悪戯したくなり私は、意地悪く返した。

  「へぇ…柴犬好きなんだね」

  さすがに疎い私でも、彼が何を言っているかわかる、意図も。

  だから、意地の悪い私の答えに、涙目になった彼を見ると、なんだか笑ってしまった。

  「そ、そうじゃなくてさ…あぁ…そうだね、わかったよ、言うよ」

  涙目になりながら、続きを必死で述べようとする冴えない大学生の彼。

  「犬さ、僕のマンションで飼うから、君も見に来ない?」

  なんだかよくわからない三流振付師に倣ってきたような支離滅裂な手振りを

  しながら、雨を背後に、私に伝える彼。

  しつこいが、季節は誰も彼もが倦怠感を纏わせる季節、梅の雨、ばいう、ではなく

  つゆ、である、なので、晴れやかは有り得ない。

  ですから、季節限定の追加オプション意地悪。

  「君も見に来ない? っていうのは1回だけ?」

  なんで自分が此れだけ自我を保てているのかはわからない。

  きっと≪男性から何かに誘われている≫この状況が目新しすぎて困惑し

  頭の蒸気機関とかそんななんやかんやがオーバーヒートしてしまっている所為だ。

  後で謝ろう……、絶対謝っておこう…いくらなんでも誤りすぎた…。

  てんで自意識過剰な高飛車な言葉に彼は、戸惑って舌が回らないらしく

  一度唾を飲み下してから、どもり声で言った。

  「で、出来れば……″だけ″、なんて制限は外してほしいな…」

  真摯だった、雨に打たれても尚、そんなに自信がなさそうな声音な彼の表情は

  私をしっかりとシャンと見据えていた、瞳の瞳の奥のアクアマリンが私を捉えていた。

  正直言って、奇跡とか、そういう掴みきれそうにない、曖昧で抽象的な何かを

  垣間見てしまっていた、多分稲妻が迸るっていうのはこういうことを言うんだろうと。

  今の私はそこまでを照れながらも確信できる。

  「……と、とりあえず、柴犬、君、抱きしめてよ」

  ぎこちない動作で、私達は、若干の都合の良い神様を頭上に見ながら

  手と手を重ねあわせ、外廊下から退場した。


 

―頭の中をじりじりと焼き付き、流れた映像は。

 「これって……」

 当惑し、一秒間に何度も瞬きを繰り返す私。

 それは、彼も同じで、静止して、手と手で身振り手振りを繰り返す。

 あの時の、三流振付師から習ったようなてんでリズムがずれている調子。

 こちらを向いて、しどろもどろに彼は言った。

 ほんの数時間前の悟った様な表情は消えて。

 「これって……僕らの始まりの日のお話だね」

 そう、大学に入って間もないころのお話、私達は、梅雨の日に出会った。

 あの頃は、二人の関係は、いつまでもお日様の様だと思っていた。

 今の様に、乾ききった関係になるだなんてなることは想像さえもしていなかった。

 しょうがないのかもしれない、歳月、月日は何時だって残酷だ。

 子供は母親が見ていない間に、誰かとキスをして、誰かと恋をするんだ。

 そういう物だ、そうじゃないと、回らないんだ。

 「あの柴犬って、結局、どうしたんだっけ」

 あんな初々しい映像を見たところで、二人の関係は今更どうにもならない。

 そんなことはわかっていたから、私は感情の逆巻きに叛いて話を切り替える。

 すると、彼は、刹那、瞠目した後に、答えた。

 「何を言ってるの、埋めたじゃないか、あの日から一年後の日、

  確か、マラリアだったかな、其れで病死しちゃって」

 飼っていた所為か、鮮明に映像が脳裏をかすめる所為で、新たな感情の涙が

 彼の瞳を満たす、そういえば、夜中に電話を掛けてきたなぁ。

 『ど、どうしよう…きゅ、急に倒れちゃって…泡吹いて……』

 あの時の彼も、一生懸命だった、どうにかこうにか苦しめないように 

 死なせてやろうって、それだけを考えて、死ぬ前の数時間、冷たくなる迄の

 数時間前、シーツを敷いて、ずっと傍で寝てあげて……。

 …なんでだろう、ホント今更だよ、今更すぎるんだ。

 私の瞳にも新しい感情の涙が溢れてきた。

 私達が、瞳に何かを満たす度に、覆水が盆に返らないように、メリーシープゴーランド

 の景色も景観も、全景が変貌してゆく、紫は青色に、赤色はオレンジ色に、自由奔放に

 縦横無尽に、舞い散り喰らい散る、圧倒的な自由な彩色、虹色なんかは目じゃない。

 満観全景…二人の目に、色んな思い出が巡り廻り廻り回る。

 後悔を、させてほしいの?

 躊躇、してほしいの? この世界は、私達に何を訴えているのだろう。

 

 Conclusion of the merry-go-round of someday


 Two men were stretched out in front of condolence shadow to regret

 

 Where one person to where the feeling

  

 World immiscible forever

 

 The Young eternal world someday


 I merry-sirp-go Land


 彼の瞳が、私を見据え、私の目が彼を見据えた。

 途端に、ナニカガ静止した。

 ガタリ…ゴトリ、重い金属の音、今までの自由が解放される音。


 メリーシープゴーランドが、静止した音。

 

 汗を掻いていた、私達は、とても、とてもとても。

 蒸発、するのかもしれない、彼も私も、この世界も。

 長い長い旅をしてきた様な気がした、そこで大事な事を学んだ。

 思い出を振り返れば、後悔ばかりだって事を。

 だから私達は、シートベルトが上がってから、一言も声を交わしていない。

 二人はここで終了だっていうことを互いが互い知っていたから。

 メリーシープゴーランドを降りると、夜の帷が蔑んでいて。

 一羽の鴉が、八咫烏の様に大きく気高く不気味な鴉がハタメク夜の街

 暗中を模索しろと言わんばかりの

 右からも左からも音の聞こえない暗闇が際限なく間断なく広がっていた。


 ふと、彼の方を向けば。

 ―彼は、倒れていた、鮮やかな鮮血と共に、情熱的赤と共に。

 けれど、私は彼の方を向いた。

 彼は不適に微笑んでいた≪キシキシシシシ≫というどこか

 魑魅魍魎を思わせる背中に百鬼夜行を背負っている様な。

 連想―メリーシープゴーランドに乗る前に頭に響いたフレーズの数々。

 ドッペルゲンガ―。

 深い悲しみに遭った時、人はもう一人の自分に遇うと……。

 そうして、そのもう一人に……。 ―殺される。 

 

 

 

 

 

  

 

  

  

  



 

 

次で。

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