誤実 ~憧憬に架けるゴーカート~
あと一話で終わらせます。
そろそろ、だね、ようやく、そうなる。
僕は今までをこれで終わらせようと思うんだ。
そうして、君との永遠をこの世界に刻ませる。
其れを誰かは恐怖と呼んだり、気持が悪いと嫌悪するかもしれない。
でも、僕と君がそれでいいなら、それでいいと僕は感じている。
だって、もう二人だけなんだから。
アレ……? おかしいな、貴方への気持ちは徐々に変わっていく
なぜだかこれは誰かに弄られている様な感覚で、私には到底意味が解らない。
理解不能の中で、進行されていく物語。
終わりが在るエンドレスストーリー、文を見るだけで倒錯する。
頭も体も、全身が軋む……。
さようなら……なんて、言えるのかな。
「お客さん、そろそろ到着するよぉ」
うとうとと体を、バスの割には安っぽい布で覆われた椅子に預けている。
預けられていた私は、運転手の声が夢の中で聞こえた気がして、
いつしか手を伸ばしていた、すると夢の外の世界で笑い声が聞こえた。
「お客さん、なにしてるんですか、寝ぼけてますね」
ふと、驚いた、なぜなら夢の世界のはずなのに、とてつもない
リアルな物理的感触がしたからだ、こう…温度と温度と伝達の様な。
軽い微熱を含んだ其れで、私は、ようやく全てを悟り見開く。
「え、あ……す、すいません……」
目を開いて、謝った私に運転手は静かに微笑んで出口を指す。
「あぁ、いえいえ、気持ちよさそうでしたもんね」
私がすいませんと謝っている事を示す為に首を上から下へ降ろしている間に
言いたい事を言い切っていき、なぜかその言っている言葉は会話の延長線上のような
言葉の連なりのはずなのに、そんな延長線上で会話を終わらそうとしている。
まるで、早く出ていけと遠まわしに言われている様な……けれど特に運転手は
圧力を込めている感じはない……実は自分でもこれでいいのか迷っている?
「ど、どうしましたか? お客さん」
運転手に対して気になる事が多く生まれ、数秒視線を浴びせていると冷や汗を浮かばせて
私に対してやや気張った声音を掛けてくる。
「いえ……あの、何か私が寝ている間にありました?」
鞄をおもむろに取り出して時計を確認しながら、もしかすると私の睡眠ラグ中に何かという
当惑が思い当たり、睡眠を始めた時間と今までの時間を合計し引き算する。
約四時間ほど、私は眠っている、四時間の間に何かが起きたのだろうか……。
わからないなら、わからないなりに考える、其れが私というもの。
「いやぁ…寝ている間と聞かれるとねぇ、特に何もないんだ…」
運転手の言葉に、私は自分の当惑が外れたことを知り、またもや思考の糸を絡ませる。
けれど、雁字搦めにならないように出来るだけ短い時間で結論を出すように心掛け。
寝ている間は関係ない、ということは今の事か、それとも継続されている事か。
そのどれかだろう、そうして、運転手を見てみても、今の事だけという限定的な事でも
なさそうなので、おそらく私が乗車している間からずっと奇奇怪怪な事が起こっている
と考えて問題はなさそうだ。
「なら、もしかするとずっと起こっている事ですか?」
なるべく運転手の気を立たせないように波風立たぬように軽い戦ぎで天真爛漫に、出来る
だけ純粋純心を装わせオブラートに包み更に畳を掛けていく、拍車を回す。
「ずっと……そうだね、私が運転を始めた時からだよ、世の中奇妙だ」
悟った表情を私に魅せながら、運転手は静かに又出口への扉を片手で指す。
なぜ、出口を強調させるのか、しかも二度も。
バスは、恐ろしいくらいに静謐さを保ち消沈していて、風景も風さえその正体を現さない。
そうして、全ての音もサイレンサーを覚え空気を読んだかのように鳴りを潜めている。
水面に浮かんだアメンボの様に見ている方だけが緊迫さを感じている。
そんな風な雰囲気が、今、空間において流暢に流れている。
きっと私だけが感じている、私だけが浮いている取り残されている。
もしかすると、普段の悪い癖でまた考えすぎているのかもしれないなと思い
素直に順繰りに順応するように、私は運転手の指すバスの出口へと歩む。
「世の中奇妙…そうですね、世の中は日々奇妙になっていきます…けど大きい可能性を秘めている」
「大きい可能性……ねぇ、そうだね、うん。君の巡り会わせはそうなのかもねぇ…けど私はもう正直関わりたくはないかな…女は少し、苦手なんだ…」
そんな一見意味の解らない会話を運転手と交えながら両足を交じり合わせて私は暗闇と同化
する静けさを持ったバスを降り、彼の待っているはずの遊園地へ向かった。
運転手は、彼女がバスを降りた後に、ひたすら彼女に合図するかのようにしつこい程に掲示
していた片手を頭に持っていき、抱える様に頭を包む。
「送り出してしまったは、いいものの…本当に運営していなかった…バスに搭載されている新機軸のナビゲーションシステム『バーナビー』にも記載されておらず、しかも端末のネットワークに接続した所で、全く情報がなかった…そのはずなのに、彼女が向かっていった遊園地には光が大いに乱れていた…なんだか不気味に思いすぎて思わず放心したままに恐怖を振り払いたい一心で彼女を遠ざける姿勢を取ってしまった…」
そう、運転手が怯えていた理由、彼女にどこか不可思議な不気味な態度風体で接していた理由は
彼女が向かっていた遊園地は、十数年前に営業破綻で経営継続が中断され今は管理者すらいない
はずの場所だったから。
「…まぁ、数日前に又営業再開されたらしいから、大丈夫か…」
何か謀った様に、彼女、お客さんが向かった遊園地は、最新ナビゲーションシステム『バーナビー』
に寄せられた情報によると、数日間だけ一部アトラクションのみ運営を再開するらしい。
だから運転手は、彼女を送り出した、唯の良い訳に聞こえるかもしれないがこれは
一切の穢れが無き純然たる事実だ。
「さて、次のお客さんの所へ向かうかな」
対して休憩時間を貰えないと文句を言う様に気怠くエンジンが吹き出しバスが熱を帯び
又走る準備を開始する。
「次は出来れば普通のドライブを願いたいな…」
夜の帷 爛々と降り注ぐ街灯 絡み絡み合う巡り廻り合う壮麗な中をバスは悠然と走り去っていった。
「ここが彼の言っていた遊園地……か」
運転手の不安など知らずか、彼女は彼が待っているであろう遊園地に
足を踏み込んでゆく。
豪華絢爛に整然とされた灯りが舞い、アトラクションは自由にその技を動かす。
奇妙な遊園地だ、とファーストに想った。
誰も乗る人がいなかったとしても、意思を持っているかのように各自楽しんでいる。
乗っちゃ悪い、と思ってしまう程に。
けど商業目的なわけだから、乗って悪い、なんてことないよね…。
お客の意見をうのみにする所為か、本来の構成が滅茶苦茶なメリーゴーランド
白馬ばかりのメリーゴーランドが彼が言っていた遊園地の待ち合わせ場所に
設置されていたので、白馬ばかりのメリーゴーランド唯一の原色で染まった
白が付かない馬一騎を選び搭乗する。
「雰囲気は、いいかもしれない」
照明が首尾よく配置されてお客様が整然と輝きを帯びる様に照る。
夜の月が役割の尽きを終えるくらいの舞台措置としてを果して
私の憂いさを誰よりも表現してくれる。
今の私が考える事は、夜の月が鮮やかで鮮明だ、それくらいだ。
今日の月は、とても月だ。
何を言っているのかわからないと思う人が大勢いるかもしれないけれど。
何かが、何かであることがはっきりしているというのは大きい。
其れが間違っているというのなら。
人はアイデンティティを考え身を滅ぼさない。
回らないメリーゴーランドで廻る。
視界には、憧憬であるはずの白馬、これだけ憧憬が広がっていると
たちまち憧れが唯の景色になってしまう。
やっぱり、本来が一番だなぁ。
ピクリとも微動だにしない原色で染められた馬を自力で揺ら揺らと揺らしながら
憧れに後ろ髪惹かれることなく、夜のメリーゴーランドにて彼を待つ。
健気な私と思いながら、そういえば受付に誰もいなかったなと
今更ながら自分のいる場所について不信感を蔓延らせる。
「電気系統はちゃんと点いてるし…大丈夫だよね」
自分なり心霊スポットには当てはまらない事を確認して
露呈しそうになった猜疑感を忍ばせる。
メリーゴーランド騎乗している馬の頭に吊ってある鞄から
時計を取り出して確認するけど、とうに約束の時間は誰かさんの所為で
過ぎに過ぎているのでもはや意味がないことに見てから気づく。
「5時間ほどの遅刻か……」
我ながら人生史にすら残る痛恨のミスだなと片手の甲で頭を突き反省。
ふと、反省してから、メリーゴーランドの白馬を暇すぎて一騎ずつ視線で
追っていると、知っている男性がいた。
私が追うと彼の方もこちらに即座に気付きアイキャッチをしてきた。
「もう待ちくたびれたよ……白馬も煤けるね」
知っている男性は、勿論この状況において一人しかおらず彼だった。
有難うございます。