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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第1話 リリアーヌ編
9/72

善人にもなれば、悪人にもなる

 メールは夜通し歩いていたので、体が限界だった。なので帰路はフーリエに負ぶってもらった。

 三人がリリアーヌに帰ってきたとき、日は既に昇りきっていた。

「メールちゃんだ! フーリエたちと一緒に帰ってきたぞ!」

 メールたちに気付いた男の人が、村中に呼びかけるように大声を上げた。たちまち三人の周りに若い男たちが集まりはじめた。

「みんな、メールを捜していたのよ」

 フーリエの説明に、おぶられてたメールは身が縮こまる思いだった。逃げられるものなら逃げたかったが、足をがっちりと固定されているので、それもできない。

(いや、逃げたらダメだ。きちんと受け止めないと、私がやってしまったことを)

 メールは首を振って、自分で考えを改めた。

 男たちを代表して駐屯兵のおじさんから、説教と軽いゲンコツを喰らった。メールはただうつむいて謝るしかできなかった。ごめんなさい、ごめんなさい。

 しかし、説教のあとは、誰もがメールの無事に安心して笑顔になっていた。メールは頭が下がる思いでいっぱいになった。

 一人、またひとりと、安心した人たちが家に帰っていった。みんなに別れを告げてからメールたちも家に帰ろうとしたときだった。

「メールちゃん! 無事だったんだね! よかった……」

 遠くから声がかけられた。声だけで近所のおばさんだとわかった。

「もう、二度とこんな無茶はしないでよ? あんたがいなくなったことを聞いてから、私はずっと眠れなかったよ」

「その……、ごめんなさい」

「まあ、無事で何よりだね。まずは帰ってゆっくり休むことだね」

「マクブラインさん、ですね」

 突然フーリエが話に割りこんできた。

「ん、どうしたんだいフーリエちゃん。そんな改まって」

「あなた宛てに手紙が届いています。……どうぞ」

 フーリエはカバンの中から一通の手紙を取り出し、それをおばさんに手渡した。

「ありがとうよ。……おっと、これは息子がいる軍からだね、ようやく返事がきたのかい」

 おばさんが手紙の中を確認している傍ら、メールは姉に対して違和感を感じていた。おばさんに言葉をかけるときに、あの姉が一度姿勢を正したのだ。そして手紙を渡すときから今もずっと、心無しか悲しい表情をしている。

「(ねえ、名無しさん、名無しさん)」

 メールのささやきに、名無しは顔の向きを変えずに反応した「なんだ」

「(お姉ちゃん、なんか様子がおかしくないですか? 何かあったんですか?)」

「……軍から届く手紙ってのは、ほぼ内容が決まってる」

「(? どういう――)」

「どういうことだい、これは!」

 メールの質問は、大きな叫び声で遮られた。

「フーリエちゃん。これは……これはどういうことなんだい」

 おばさんは血相を変えてフーリエに掴みかかっていた。その目はうっすらと涙でにじんでいる。

「私は中身を見ていませんが。何が書いてあったんですか?」

「息子が……、魔物に喰われて……、殉職したって」

「え」

 メールは目を剥いた。

 フーリエは表情を変えることなく淡々と答える。「そうですか、それはお気の毒です」

「嘘、だろ? あ、あぁ……」

 おばさんはその場に泣き崩れた。フーリエは膝を折ってしゃがみこみ、そっと夫人の背中に手を置いて慰めた。

 メールもすぐおばさんのもとへ行こうとした。しかし、その途中で、

「これが手紙屋の仕事なんだよ」

 名無しにそう言われて、メールは振り向いた。

「手紙屋の仕事?」

「手紙屋の仕事は『手紙を届けること』だ。それ以上でも以下でもない。それに対して何の感情も持ってはいけない」

 おばさんの泣く声が耳に突き刺さる。辺りから何事かと人が集まり始めていた。

「お前は昨日言っていたな。手紙屋ってのは村の外に出られない人に、他の人からの思いのこもった手紙を届ける、素敵な仕事だと」

 メールは何も言わなかった。名無しは淡々と続けた。

「俺たち手紙屋は、手紙の内容次第で善人にもなれば、悪人にもなる。どちらになるかはわからない。どちらにもなる覚悟がない奴は手紙屋にはなれない」

 メールがずっと無口だったのに疑問を感じたのか、名無しが怪訝な顔を向けてきた。そして呆れたようにため息をつく。

「……なんでお前が泣くんだ」

メールはおばさんの方を見ながら、静かに涙を落としていた。声だけは出さないように唇をきつく噛みしめている。

「なんでなのか自分でもよくわからないです。いつの間にか……止まらなくて」

 違うのに。今悲しいのはおばさんで私じゃないのに。どうして私に関係ないことでこんなに涙が出てくるんだろう。

「この程度で泣くようじゃ、手紙屋は無理だな」

「はい、すみません……」

 透き通るような青空の下、一人の女性の慟哭だけがこだましていた。

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