これからも一緒に
朝。出発の支度を終えたメールは家の外に出ていた。
今日のナンナの地面も雪で白い。村の人が言うには、ナンナは夏の限られた時期しか雪は溶けないらしい。故郷のリリアーヌとはまるで正反対の村だ。
村の外れにある墓地。村の住人や、外から来た人たちが、分け隔てなく眠っている。
その一角に建てられた墓石の前でメールはしゃがみ、静かに両手を合わせていた。
母に。父に。顔も知らない殺されてしまった手紙屋に。
「…………」
しばらくしてから、メールは目を開けて立ち上がる。
「……よし。じゃあ、行ってきます!」
そう告げて、メールは墓地をあとにした。
* * *
入り口では名無しとハイネが待っていた。
「ハイネ君も行くの?」
「まさか! お前はこの見た目で、魔物がいる外に出られると思うのか」
そう言うハイネは、頭から足の先まで包帯でぐるぐる巻きだった。いったいどの部分が怪我でどこがそうでないのか分からないほどだ。もしかしたらそのすべてが怪我なのかもしれないが。
「残念だがしばらくはナンナで療養だ。復帰は早くて一ヶ月ってとこだな」
「そっか。無理しないで、ゆっくり休んでね」
「ああ。と、いうか!」
ハイネは怒ったような口調で隣にいた名無しに詰め寄る。
「お前、どうしてもっと早く洞窟に来てくれなかったんだよ! あと少しで死ぬところだっただろ!」
「お前は強い。たとえフーリエには敵わなくても、あのくらいまでは粘れると信頼した上での行動だ」
「お、おう。そうなのか。それなら……」
「ハイネ君、『お前は強い』とか『信頼』とか、そういう響きのいい言葉に騙されちゃダメだよ。要するにハイネ君が死にかけになるまで放っておくつもりだったってことだよ」
「……言うようになったな、メール?」
「そりゃー、旅をしてれば少しはたくましくなるってもんですよ」
「俺とフーリエの実力は拮抗していた。もしあのとき俺がハイネ、フーリエと一緒に行ってたら、フーリエは本性を見せなかったかもしれない、そう考えた」
「何のためにそんな面倒なことを?」
「フーリエを説得するためだった。生かして改心させるためだった。結局は徒労に終わってしまったが」
「! ……いえ、そこまで考えてくれていたんですね……。ありがとうございます」
「もっともメール、お前があの場にいるのは想定外だったがな。もっと長い間家で休んでいると思っていた。おかげで無駄に焦ってしまった」
「そ、そうですか。すみませんでしたねえ……」
名無しがなぜ焦ったのか。その理由をちょっと考えてみた結果、メールの頬がわずかに赤く染まった。
「ところでさ、メール。ちょっと話が……」
ハイネがメールを手でちょいちょいと手招きする。耳を近づけるとヒソヒソ声で話しかけてきた。
「村の人の噂話で聞いたんだが、名無しの左腕、フー姉と同じ機械ってホントか?」
「うん、そうだよ。私も昨日初めて知ったんだ」
昨日名無しが洞窟から帰ってきたときに、おそらくフーリエの斧に斬られたのであろう袖の切り口から、機械の腕が見えていた。今日の朝食を食べたあとに問いただしてみたら、意外にあっさりと服を脱いで見せてくれた。
名無しの機械義手は、左肩から指先まであった。外側の金属に覆われているため、内部がよく見えないが、おそらくあの録音機と同じようにコードでびっしりと埋め尽くされているのだろう。肩に近い左胸には義手をつなぎ止めるように金具が埋め込まれていた。フーリエの機械義足と全く同じ技術でつくられたものらしい。
左手に常に手袋をはめていたのは現在王国で所持を禁止されている機械を隠すため。
リリアーヌでメールが魔物に襲われたときに、噛まれた左腕が無事だったのも、生身ではなく機械だったからだそうだ。
「マジなのか……。大変だったんだぞ、昨日の夜」
機械の所持は違法にあたり、すぐさま拘束、警察に身柄を引き渡されてしまう。
昨日も名無しの機械義手が村人に見られたことで、村の男総出による拘束、通報一歩手前だったらしい。
そこをハイネが治療中のベッドの上で、
「あのな……あいつは手紙屋だぞ? 国に認められた国家公務員の手紙屋だぞ! 特例中の特例であいつは手紙屋になれたんだよ。普通に考えてそうだろ?」
と、多分に憶測と願望が入り混じった説明をした。
噂が広まるのが早ければ、収まるのも早い。名無しの機械義手の件もすぐに収束したようだ。
「あらまあ、水面下でそんなことが……。なんかごめんなさい」
「で。何か聞いたか? その、そうなった理由とか」
「ううん」
朝にいろいろなことを問いただしたが、それだけはメールは聞かなかった。
「昔何があったとしても、左腕が機械でも、名無しさんは名無しさんだもん」
「そっか……、そうだよな」
ハイネもメールの考えに賛同したようで、笑ってくれた。メールも笑顔を返す。
「お前たちはナンナを出発するんだな」
「ああ、まずメールをリリアーヌへ送り届けるつもりだ」
「あ、そのことなんですけど」
メールが二人の前でひょいと手を上げる。
「私、これからも名無しさんについていってもいいですか? 名無しさんと一緒に旅をしたいんです」
「なっ!?」
メールの提案に、ハイネはぎょっと驚き、
「…………」
名無しは無言で聞いていた。
「私、もっといろんな景色を見てみたい、いろんな人と出会ってみたい。いろんなことを知りたい。お父さんとお母さんと、それからお姉ちゃんもだけど、三人の見たものをもっと見てみたいんです」
何より、手紙屋になる夢もまだ諦めてませんし。メールは最後にそう付け加えた。
「ダメ、でしょうか?」
言ってみたはいいものの、実際了承されるかはわからない。おそるおそる名無しの表情を伺う。
「……俺はお前に手紙を届けた。お前の手紙としての役割も終わった。だから俺はこれ以上お前にかかわる義理はない。仕事じゃないからな」
名無しはまず、そう言った。メールにとっても、それは反対のしようもない、まさに正論だった。
次に名無しは、こう言った。
「……だが、お前が勝手についてくるって言うんなら、それはお前の自由だ。好きにしろ」
メールの顔から自然と笑みがこぼれた。
(ほらね。やっぱり)
メールの頭にそういう言葉が浮かんだ。
「……ひとつ言っておくが、邪魔になるようなら、すぐに置いてく。その辺覚悟しとけ」
にやついているメールがどうも気に入らないようで、どすの聞いた声でそう釘を刺してきた。メールはにやにやしながら「はーい」と愛想良く返事した。
「おいおい、あんなこと言ってるが本当に大丈夫か?」
ハイネが心配そうに話しかけてきたが、
「大丈夫だよ、絶対。名無しさんなら」
そう返事した。自信に満ちあふれた声で。
「じゃあ、またねハイネ君、元気で」
「おう、すぐに体を治して仕事に戻るからよ。そしたらまた会えるかもな」
「かも、じゃなくて、絶対会おうね。絶対に!」
「そうだな、また会おう。名無しも! しっかりメールを守れよ!」
ハイネの言葉に名無しは、手を肩の位置まで挙げることで応じた。
「さて、と。じゃあ私たちも行きましょうよ、名無しさん」
「なぜお前が仕切る」
「ふふっ、これからよろしくお願いしますね!」
メールはナンナの入り口から延びる下り坂を早足で駆け下りていく。
時々足を止めては、振り返って名無しが来るまで待つ。
そんなことを繰り返しながら、メールは名無しと一緒にまた、旅を始めた。
木々の間から見える青空は、どこまでも澄みきっていた。




