とびっきりの笑顔
次の日の朝、メールは目を覚ました。また泣き疲れていつの間にか眠っていたようだ。
「起きたか、気分はどうだ」
部屋には名無しがいた。隅にある椅子に足を組んで座り、こちらの様子を見ていた。
「なんか、好きなだけ泣いたから、すっきりしちゃいました」
そう言って鼻をすすり、名無しが投げ渡してくれたちり紙で鼻をかんだ。
「たった今村長が飯を持ってきてくれたぞ。温かいうちに食べとけ」
「いただきます」
思えば、ナンナに来てからほぼ一日、ろくに食事をしていなかった。名無しが座っていた椅子を借り、机に並べられていたご飯を食べ始めた。食事をつくった人は、メールの状態をどこかで聞いていたのだろうか、おかゆをはじめとした、比較的食べやすい料理を、これでもかというほど準備してくれていた。とても食べきれないので、小皿に分けて名無しに手伝ってもらいながら食べ進めていく。
「……フーリエのことは、すまなかった。なんとか殺さずに止めようと思っていたのだが……」
ふと、名無しがそうこぼした。
「いいんです。もうすんでしまったことですから。お姉ちゃんのことは、お父さんとお母さんに任せます。だって、天国は本当にあるんですから」
「……そうだな」
そうやって名無しと話しているうちに、昨日ほんの少し脳裏にちらついたことを思い出した。メールはスープを一口飲んでから切り出した。
「名無しさん、どうしてもっと早く手紙を、この機械を渡してくれなかったんですか。いくらでも渡す機会があったはずです。それこそリリアーヌで渡すこともできたはずで——」
「フーリエがいたな。親を殺した犯人の前で渡せと?」
「う……。シルメリアは」
「最初は風邪でぶっ倒れてて、治ってからはリオナにつきっきりだったな? ハルモニアもラ・クリマも、アルバのことで同じだ」
エルレ・ガーデンとロウェナはリリアーヌと同じでフーリエがいた。そもそもロウェナでは名無しはワルプルギスに行っていた。
「いやそれでも! 宿の中とか町と町の間とか、ほんの少しの間でも渡すことはできたでしょう? どうして——」
「……わかっている。いくら理由を並べようとも、結局は俺が迷っていただけだ。渡すべきなのか、隠すべきなのか。ずっと判断できずにここまで来てしまった。悪かった」
あっさりと謝罪されてメールは言葉に詰まる。
「名無しさんは、嘘つきですね」
——手紙屋の仕事は『手紙を届けること』だ。それ以上でも以下でもない。それに対して何の感情も持ってはいけない
リリアーヌで、名無しは確かにそう言っていた。
(嘘ばっかり。こんなに私のことで悩んで、考えていてくれたくせに)
きっとエルレ・ガーデンでもシルメリアでも、ワルプルギスでも、ラ・クリマでも、手紙を送る人のこと、受け取る人のことを考えてあげてたんだろうな。
「……人のことを嘘つき呼ばわりした割には、随分と嬉しそうだな」
にやついているメールの顔を見て、むすっとした顔の名無し。
「別に? なーんでもないですよ!」
「とてもそうは見えないが」
「ふふっ、秘密です!」
メールは笑った。両親が望んでいた、とびっきりの笑顔で。




