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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第6話 ナンナ編
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愛してる

『えっとね。メール、ごめん! また会おうねって約束、守れないわ! 私たち、もう死んじゃうから!』

「……なんでそんなに明るいのよぉ、お母さんのバカ」

 メールの記憶のまま、どこまでも明朗快活な声に、涙と一緒に笑みがこぼれる。

『えっとね、ご飯はちゃんと三食食べるのよ。食事も肉ばっかり食べないで、しっかり野菜もバランスよく食べるのよ。 健康管理はきちっとして、風邪、引かないようにね。お金はお父さんと一緒に稼いだのがたっくさんあって、メールが働くまでは問題ないから、心配しなくていいわよ。きっといろんな手紙屋と、ここにいる無愛想なやつも力になってくれるから、思いっきり頼りなさい! 使えるコネはしっかり使いなさい! ……だからあんたも、しっかりメールの力になるのよ! 分かった?』

 途中の声は、メールにではなく、当時そこにいた『誰か』に向けた声のようだ。

『勉強は……、あまりしてない私が言うのもアレだけど、最低限のことはしっかりするのよ。助けてくれたり、よいことをしてもらったりしたら『ありがとう』っていうのよ。悪いことはしない、もししちゃったらちゃんと『ごめんなさい』って謝ること。……まあ、こんなにたくさん言わなくても。メールなら大丈夫よね。父さんと母さんの自慢の娘だもの。

 メールの大きくなった姿と、お婿さんと花嫁姿、見られなかったのは残念ね。でも心配してないわ。きっと私に似て美人になるんだから。そのときは自信をもって、しっかり胸を張りなさいね。

 メール、愛してる! 世界で一番愛してるわ! お父さんとフーリエとメールが私の世界一よ! じゃ!』

 そこで母親シゼルの声は途切れた。やや間があって、今度は男性の声が聞こえてきた。もちろん、メールにとって聞き覚えのある懐かしい声だ。

『まったく……。母さんがそんなにたくさん言ったら、僕の言いたいことがなくなるじゃないか。……メール、聞こえるかい? 父さんだよ』

「お父さん……!」

『ごめんね。母さんが言った通り、もう会えそうにないんだ。ごめん……。メール、多分つらいと思う。でもつらいって感じるからこそ、嬉しいときには幸せって思えるんだよ。人生が楽しいことばかりなら、それはきっとつまらない人生さ。父さんもそうだったさ。嫌なこともあった。でも父さんは幸せだよ。

 父さんの幸せはね、メール。君が僕の娘として生まれてくれたことさ。

 メールと母さんとフーリエがいてくれた。行ってきますと言えば『行ってらっしゃい』と手を振ってくれる。『ただいま』と言えば『おかえり』と微笑んでくれる。『いただきます』と言えば『召し上がれ』と一緒に手を合わせてくれる。それだけで幸せだったよ。君にもそんな人ができるよ、絶対。

 メール。君に、幸せになれる秘訣を教えるよ。それは、笑うことだ。

 楽しいとき幸せなときは素直に笑えばいい。辛いときや苦しいときこそ大胆不敵に笑って周りをビビらせちゃえばいい。怒ったときは好きなだけ怒ったあと、笑い話にしちゃえばいい。……悲しいときは思いっきり泣いてスッキリしたあと、笑えばいい。

 難しくて分かんないかもしれないけど、いつかきっと分かるよ』

 大きな咳が聞こえた。それと同時に何かを吐くような音も録音されていた。

『ごめんね。僕たちは先に逝くよ。でもそれは当たり前のことさ。親は子より先に死ぬものだよ。先に逝って、ちょっと休むだけ。……そこで待っているからね。ずっと待ってるから焦らなくていいよ。ゆっくりと人生を歩んで、喜んで、怒って、哀しんで、楽しんで、愛する人と一緒にお婆ちゃんになってからおいで。

 ……またね、メール。愛してるよ』


          *     *     *


 ブツッという何かが切れるような音を最後に、機械は止まった。

「…………」

 名無しは腕を組み、顔を少し俯かせ、黙っていた。

「な、な……」

 メールが うまく言葉にできない。こみ上げる涙を必死にこらえ、震える唇をなんとか動かし、伝えた。

「な、なじ、ざん……、あり、あり、が、どう……、ござい、ばず……!」

「……ああ」

 名無しはそれだけ言うと、部屋から出て行った。家の中は、メール一人だけになった。

 本当に、どこまでメールのことを気遣ってくれているのだろうか。

「あ、ああ……っ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 メールは思いっきり泣いた。家の外に聞こえようが、そんなの構わないくらい大きな声で。

 今度こそ、自分の涙を一つ残らず絞り出すために。

 そのあとに、思いっきり笑えるために。

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