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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第6話 ナンナ編
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ばかやろう

 メールは村長の家で待ち続けていた。ベッドに腰掛け、両手を組み、ただ、三人の無事を願っていた。

 村についたあと、がむしゃらに大声で叫び、人を呼び寄せ、ハイネをすぐに村の医者のところへ連れていった。村長もハイネと一緒に医者のところへ行ってくれた。

 メールにできる精一杯のことはやった。あとは信じるしかない。

 部屋の扉が開いた。メールは俯いていた顔を上げる。

「…………」

「……名無しさん」

 扉の前には名無し一人が立っていた。服のあちこちが泥で汚れ、左の袖にいたっては切り裂かれていたが、まずは名無しの無事にほっとする。

 しかし、そこにいるのは名無しだけ、彼の後ろには誰もいない。

「……お姉ちゃんは」

 名無しは何も言わずに目を伏せた。悲しい表情をしていた。

「そうですか……」

 メールは悟った。上げた視線を、再び下に戻す。

 名無しを責めるつもりはない。彼は殺されそうになったメールを救い、そして父と母をはじめとした、フーリエに殺された多くの手紙屋の無念を晴らしたのだ。何より彼が帰ってきてくれたことが嬉しかった。

 しかし、

「……ばか」

 ぽたりと大粒の涙がこぼれ落ちる。ベッドのシーツを両手でぎゅっと握りしめた。

「お姉ちゃんのばか、大ばかやろう……!」

 メールはこの村で何回目かわからない涙を流した。

 目の前が真っ暗になる。周りには何も見えない。

 昔は父がいた。母がいた。その二人が拾ってきた義理の姉がいた。

 いつか夢で見た風景には優しくて、明るくて、暖かかった。

 もう、そんな場所はどこにもない。ただ真っ暗で、誰もいなくて、冷たい、悲しい場所しか残っていなかった。

 いつから壊れてしまったのだろう? あるいは最初から狂っていたのだろうか?

 もう、どうしようもないのだ。

 名無しは待ってくれた。メールが泣き止み、落ち着くまでずっと待ってくれていた。

 やがて名無しは、コートのポケットに手を突っ込み、中から何かを取り出した。

「メール、お前宛ての手紙だ。……受け取れ」

「え」

 メールは濡れた顔を拭って再び名無しの顔を見た。自分宛ての手紙があること自体驚きだったが、その差し出してきたものも意外だった。

「これ、エルレ・ガーデンのときの……!」

 名無しが差し出したのは、以前メールに見せてくれた機械、録音機だった。

 メールは両手を籠の形にして、それを受け取る。名無しがそっと録音機の一カ所を指差した。以前名無しに言われた再生ボタンだった。

 メールが目で名無しに確認すると、名無しは首肯で返した。

 おそるおそる人差し指で再生ボタンを押す。

 わずかなノイズとともに、それは聞こえてきた。

『……る? ……ェル? ほ、ほんとにこれで録音できてるの?』

 聞こえてきた声は、メールが幼い頃からずっと聞いていた懐かしい声。

 そして、メールがずっと聞きたかった声だった。

「……お母さん」

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