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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第6話 ナンナ編
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機械

 汗が流れ、地面へと落ちる。フーリエは視界を遮りかねない邪魔な汗を拭った。

(やっぱり、こいつは強い。……あたしの読みは外れてなかった)

 手紙屋の中でも特に強いと言われているのは三人。アランヤ・イアハート、シゼル・イアハート、マーカス・クリントだ。フーリエも決して弱くはなく、この三人に準ずる強さをもっていたが、それでも届かない。

 しかし、アランとシゼルはフーリエの育ての親、マーカスは彼女の手紙屋としての師匠だった。つまりフーリエは手紙屋最強の三人とつながりがあったのだ。

 そこが付け入る隙となった。

 方法はほぼ一撃必殺、親しい仲を利用した騙し討ちで決まった。

 あとに残った手紙屋たちはハッキリ言ってフーリエより格下。誰にも気づかれないように一人ひとり抹殺していけば、計画は達成できる。

 ……はずだった。

 しかし、今から約一年前に新しく手紙屋となった男。名前を名乗らず、気味悪いこの上ない。しかし、強い。それこそフーリエに匹敵するほどに。

 そして、最強の三人とは違い、フーリエはこの男となんのつながりもなかった。だから倒すときはある程度正面からぶつからなければならない。

 フーリエは予測していた。手紙屋殺しの計画で一番の壁となるのは、手紙屋最強の三人ではなく、いま目の前にいる男だと。

 実際、名無しは本当に強かった。フーリエにとっては、今まで戦ってきた誰よりも強いとさえ感じた。

 相手に様子をうかがい、お互いに武器と拳を交えて、再び思考の読み合いを行う。

 先ほどから、この繰り返しだった。このままではいたずらに体力を消耗するだけ。そして、持久戦になってしまえば、どちらが有利になるのかが全く分からなくなる。早々に決着をつけなければならない。

(でも……)

 フーリエは、洞窟内で戦いを繰り広げる中で、名無しに対して違和感をもっていた。それは名無しもフーリエも戦闘において、ある程度の熟練者だったからこそなのかもしれない。

 フーリエは自分の考えを信じ、賭けに出た。

 まずは、先ほどまでと同じように機械の足を踏み出し、名無しと再び拳を交える。

 フーリエの手慣れた大斧づかいを、名無しは丁寧にさばく。

 そして、フーリエは大斧を手放した。あたかも手を滑らせてしまったように見せかけて。

 つまり、今のフーリエは武器も何も持たない丸腰状態。相手からしたら絶好のチャンスだ。

(あたしなら間違いなく撃つ! ……どうだ!)

 額に冷や汗が浮かぶ。ここでの読み違いは即、死につながる。フーリエは薄暗い洞窟の中、名無しを睨みつけた。名無しは若干驚いたように目を開いていた。

 名無しが取った行動は、

「ぐっ……」

 脇腹への蹴りだった。フーリエはそれを甘んじて受け、数メートル後ろへ吹っ飛んだ。

「けほっ、う……」

 地面に横たわる形になるが、すぐに体制を立て直した。

 あの場面での、蹴り。

 鈍い痛みが響く中、賭けに勝った喜びで、フーリエの顔から自然と笑みがこぼれた。

 本当に相手を倒そうと、殺そうとしているのであれば、まずあり得ない行動。

 フーリエの予想は確信に変わった。

(こいつ……、あたしを殺す気がない)

 この期に及んでまだ改心させようと考えているのだろうか? メールと話し合えばまだやり直せるとでも?

(……ばっかじゃないの!)

 フーリエは洞窟の地面に転がっていた大斧を強く握りしめた。歯を食いしばり、怒りをあらわにする。

 そこからの戦いは一方的だった。

 名無しは殺す気がないのだ。ならばフーリエはただダメージを恐れず特攻すればいい。

 相手を殺さずに封じる場合はまず足を攻撃して機動力を削ぐが、フーリエの足は機械式。痛めつけることも削ぐこともできない。

 それでも腕など封じられるものは封じるべきだが、名無しはそれさえもしない。メールのために、できる限り五体満足で降参させようとでも考えているのだろうか?

(どこまでも甘ちゃんね! まあ、メールの預かり手としては、いい働きしたんじゃないの?)

 フーリエは本当に殺すつもりでかかったが、それでも名無しは倒れなかった。やはりかなりの実力者、そう簡単には崩れなかった。しかし何回目かの突進で、名無しの体勢がついに崩れた。フーリエは大斧を横に大きく薙いだ。

「…………っ!」

 名無しの胸から血が噴き出す。そのまま流れるように膝をつき倒れた。

 思ったより傷が浅かった。直前で後ろへ跳んで回避したのだろう。あのとっさの場面での動き。やはり侮れない男だった。

 名無しは膝をついた姿勢のまま、左手を胸におさえつけ、荒い息を吐いていた。傷口からは浅いながらもポタリポタリと血が滴っている。松明の火に照らされて、黒い手袋と洞窟内部が、赤く染まっていた。

 リリアーヌでも、ロウェナでも、そしてそれ以外の場所でも他を圧倒する強さを振るっていたであろう名無し。しかし、そんな男であっても、倒れるときは意外とあっけなかった。

「……バイバイ」

 大斧を振り上げ、こちらを見上げる名無しへ振り下ろした。

 勝ったと、そう思った。


「まったく。人が大人しくしていればこのザマか」


「え……」

 しかし、フーリエは自分の目を疑った。大斧は名無しの体を真っ二つにすることなく、弾かれた。

 まだ抵抗の意思がある、その程度では驚きはしない。

 驚いたのは、名無しが左腕で斧を受け止めたことだった。そして腕は切れていない。

 散々魔物や人を切ってきた自分の大斧の切れ味を疑うはずはない。通常なら腕ごと綺麗に両断できる。

 直後、名無しは素早い動きで銃を突きつける。フーリエはつい反応が遅れてしまった。

 轟音とともに発せられた銃弾は、迷うことなく人体の急所へと撃ち込まれた。

「がっ……!?」

 体を貫く痛みとともに体勢が崩れる。

 名無しは自分を殺さない、先ほど立てた仮説を覆されてしまい、まったく思考がついていかない。

 しかし、ほぼ本能とでも言うべき、手紙屋殺しとしての使命が彼女を突き動かした。

「あたしは……まだ……っ!」

 フーリエは力を振り絞り、名無しの頭めがけて回し蹴りを放った。

 名無しは余裕の動きで、先ほどの大斧と同じく左腕でそれを受け止めた。

 斧によって斬られたコートと服の下には、今フーリエの義足と偶然ぶつかりあっている部分には、 フーリエと同じ機械が見えた。

「なっ……!?」

 名無しは再び銃弾をあっけにとられるフーリエの体へと撃ち込んだ。

 ついにフーリエは倒れた。地面に叩き付けられ、あとから大斧が地面にぶつかる金属音が聞こえた。

 名無しは冷たい目で見下ろしている。

 フーリエの頭は混乱していた。

「あたしと同じ……、機械の、腕? それに、今のはいったい……、何が……? あ、あんたいったい……、いったい何者なのよ!」

 問われた青年はその場にしゃがみ、地に伏せるフーリエとの距離を縮め、淡々と告げる。

「『オレは誰でもないし、誰でもいい』 そう言ってなかったか? ああ、お前には言ってなかったな」

 彼の返答は答えになっていなかった。そして答えるつもりもないらしい。銃の撃鉄を下ろし、フーリエの頭に銃口を押し付ける。

 もう体は動かない。ここまでだとフーリエは敗北を悟った。

「……今更こんなこと言うのもおかしいけど」

 言っている最中でも殺される覚悟はしていたが、彼は黙って聞いてくれていた。

「メールのこと、よろしく頼んだわよ。あの子だけは手紙屋にしたくなかった。手紙屋にしたら、私はメールを殺さなきゃいけなくなるから。あの子だけは、愛しているから。……ホントばかみたい。さっきまであの子殺そうとしてたのに……」

「こういうときはなんて言うんだろうなぁ……。ああ、あれか。『あいつからの手紙、しっかりと受け取れ』、か」

 フーリエは最後の力で頭をひねり、その目で銃口を覗き見た。その奥には、『彼女』が撃てなかった『手紙』が一発、しっかりとこめられている。

「そうね……。地獄でじっくりと読ませてもらうわ」

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