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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第6話 ナンナ編
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私の居場所

 夢を見ていた。少し昔のときの思い出だ。私が七歳で、お姉ちゃんが十三歳だったときの話だ。

 お父さんとお母さんが仕事の合間を縫って、久しぶりにリリアーヌに帰ってきてくれた。でもそのときちょうど私は夏風邪をひいて寝込んでいたのだ。

 あの時期は蒸し暑い日がずっと続いていた。

 しばらく意識がなかったけど、やがて私は真っ白な布団の中で目を覚ました。

「おや、目が覚めたかい? 体の調子はどうだい?」

 そのすぐそばで本を読んでいたお父さんが優しく声をかけてきた。これは今から六年前の夢のはずだから少しは老けてるはずなんだけど、そうは思えない。お父さんはいくら年とっても老けないっていつもお母さんが文句言ってた。


 ——ん、まだちょっとしんどいかな。頭がくらくらする。


 お父さんがおでことおでこをくっつけてきた。ひんやりとして少し気持ちいい。

「……うん、熱は下がったみたいだね。これなら明日にはよくなってるよ。今日はゆっくり休みなさい」

「うん……」

 私は布団の中で静かにうなずいた。

「ん?」

 お父さんが眉間に皺を寄せて部屋の入り口の方を向いた。つられて私も見る。次第にドタドタと家の中を走るとも聞こえてきた。

「メールぅぅ! 大丈夫ぅ!?」

 ものすごい勢いで私の部屋に入ってきたのは、お母さんだった。

「風邪よね、つらい? 苦しい? ごめんね、お母さんたちがいつも仕事でいないから、寂しかったのよね! 本当にごめんなさいね」

「こら静かにしないかシゼル。メールの頭に響くだろ」

「ひさしぶりに帰ってきたと思ったらこれ。いつもいつも暑苦しい……。リリアーヌが暑いのってお母さんのせいなんじゃないの?」

 たしなめるお父さんと、ぼそりと呟くお姉ちゃん。夢のお姉ちゃんは、現実のお姉ちゃんよりはやっぱり若くて、体も小さい。髪はサイドポニーにしている。

 お母さんは相変わらずのハイテンションっぷり。子どもっぽいっていうか。これからまだ何回か会うんだけど、この性格はいつまで経っても変わらない。

「今日の夕食は楽しみにしててねメール。久しぶりの家族全員そろっての食事だから、お母さん張り切っちゃうわよ」

「メール、寝起きでしかも風邪引いてるところ悪いんだけど、お母さん止めて。このままだと山の熊でも狩ってきそうな勢いだから」

「あらフーリエ、それは名案ね。確かにお母さんほどの手紙屋になると、魔物だろうが熊だろうがタイマン張れて当然だものね」

 しまった、とお姉ちゃんが手で顔を覆う。

「さあて、メール、何が食べたい? 熊が嫌ならイノシシ鍋でもいいわよ? それとも鹿がいい?」

「なぜそこで魚の選択肢が出てこない! 魚美味しいでしょ魚食べようよ! ここは漁業の村リリアーヌでしょうが!」

「お母さん」私は小さな声を精一杯絞り出した。

「普通のご飯でいいよ。私、お母さんのいつものご飯が食べたいな」

「えー、まあメールがそう言うならいいんだけど、でもそれもなんかなー。いまいち盛り上がらないというか。インパクトとか派手さとか……。せっかく家族がそろったのに」

 お母さんは不服そうに口をへの字に曲げる。

「むー、じゃあ何かしてほしいことってある? メールの言うことならお母さん、なんでも聞いちゃう」

「じゃあ一つだけいい? お父さんとお姉ちゃんも」

「ああ、いいとも」「もちろんよ」「何かしら?」


「手、握ってほしいな」


「私は布団から手をそっと出した」

「メール……」

「蒸れてぐっしょりしてるけど」

 私は顔を赤くして恥ずかしそうに付け加えた。

「もちろん」「そういうことなら」「喜んで」

 我先にと私の手を三つの暖かい手が包んでくれた。

 お父さんがいて、お母さんがいて、お姉ちゃんがいて。

 私、ここがいい。

「メール、愛しているよ」「メール、愛してるわ」「メール、大好き」

「私も」


 みんな、大好き。

 ここが、私の居場所。


          *     *     *


 メールが目を開けると、そこは見慣れたリリアーヌの家ではなく、初めて見る家の天井だった。空気もひんやりした、冬の物だった。

(……なんで、今更になってあんな昔のこと、夢に見たんだろう。あんな、昨日まですっかり忘れていた昔の思い出を。どうしてお父さんとお母さんがいないってわかった今になって、見ちゃったんだろう……?)

「こんなの……、ずるいよ……」

 まぶたの裏から押し寄せてくるものを、メールは止めることができなかった。せめて誰にも見られたくなくて、枕に顔を押し付けた。



挿絵(By みてみん)

おまけ メール・イアハート(落書き)

※突発的に描いたものであり、作中の内容と一致するものではありません。

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