お願い、死なないで……
「………………」
「メール……行くぞ」
メールの手を誰かが掴んだ。顔は俯いたままだが、メールはそれが名無しの手だと分かった。彼が体を引き上げようとし、メールはとくに抵抗することなく従った。体の動かし方が分からず、この体が自分のものではないという気さえした。
名無しに体の九割以上を支えてもらう形で、ゆっくりと墓場から集落へと戻る。名無しは本当にゆっくりと、力の抜けたメールの恐ろしく重い足取りに合わせてくれた。
行きより何倍も時間をかけて村に帰ってくると、二人がナンナに到着したときと比べて、村の中が明らかにざわついていた。
村長にメールを紹介した男がこちらを見ると大慌てで駆け寄ってくる。
「村長! ああよかった、ご無事で」
「何かあったのか?」
「村で人が死んでいたんです。傷口からおそらく殺人かと」
「なんじゃと!? 殺されたのは誰じゃ!」
「それが、その……」
男はメールの方を一瞬ちらりと見て、言いにくそうに小さな声で告げた。
「……手紙屋です。また手紙屋が殺されました」
「殺、され、た?」
耳に入った言葉をそのまま鸚鵡返しする。村長と村の男、そして名無しも一斉にメールに注目する。
「また、死んじゃったの? 手紙屋が……殺されちゃったの?」
「…………」
村長と男は気まずそうに目を逸らす。名無しだけが未だにメールを見続けていた。
「死んだのは、誰ですか? また、私の知り合いですか?」
こぼれた涙が雪の上に落ちる。もう涙は全部出し尽くしたと思ったのに。
「今度は誰が殺されるの? お姉ちゃん? 名無しさん? それともハイネくん?」
「おいメール、落ち着け。考え過ぎだ。俺たちはまだ誰も死んでいない」
名無しが抑えようとするが、メール自身も思考の制御がきかなくなっていた。耳を塞ぎ、うずくまり、金切り声をあげる。
「嫌だ! 嫌だ! もう何も見たくない! 聞きたくない! 知りたくない!」
「おい! メール、どうしたんだ! いったい何があったんだ」
半錯乱状態のメールに声をかけたのはハイネだった。サクサクと雪を踏みしめながら近づいてくる。
「なんだなんだ。震えて、こんなに寒いのに体が汗びっしょりじゃないか! しかも泣いて……」
尋常ではないその様子にハイネは本気で心配していた。
「ハイネ、くん……」
大粒の涙を流しながら、メールは力一杯ハイネに抱きついた。
「! ……!?」
突然のことにハイネは言葉にできないほどうろたえたが、やがてメールの頭をそっと撫で始めた。
「ハイネくん、ハイネくん。お願い、死なないで……」
「……嫌な夢でも見たのか? 大丈夫だ。俺は生きてる。死んだりしねーよ」
人ごみの中からもう一人、手紙屋が姿を現した。フーリエは悲しい目をしていた。
「メール……知ってしまったのね」




