会えたらいいな
今日でハルモニアを発つ。メールは名無しからそう告げられていた。
「もしまた私が街を出たくないって言ったら?」
「さすがに二回目は許可できん。今度は無理矢理でも連れていく」
名無しは銃を手で弄びながらさらりと告げた。どうやら二度目は通用しないようだ。
「それに、もう心配する必要もないと思うがな」
「? 何か言いましたか?」
「別に。最後に手紙を回収してから行くぞ」
「はーい。じゃあ私はその間にお父さんとお母さんの手がかりを探します」
名無しがポストを調べている間、彼が視界の外に出ない程度の距離でメールは手がかりを探す。道行く人を止めて話してみるが、やっぱりめぼしい情報は得られない。
(やっぱそう簡単にいかないのかなあ……)
そう思い、ここで情報を得ることを半ば諦めかけながら、メールは近くのベンチに座る老夫婦に話しかけた。
「すみません。男女二人組の手紙屋に会ったことはありませんか?
「ん? 手紙屋」
「夫婦の手紙屋なんです。歳は四十くらいなのですが……」
「……はて、見たかね?」
「爺さん、もしかして、あの人たちのことじゃない? ほら、ちょっと前に手紙届けにきてくれた」
「ん? ……ああ、あの男女二人の手紙屋? 夫婦か、そういえばそれらしかったね」
「へ?」
「うん、見たよ? 男性と女性の夫婦の手紙屋」
「長い銃と剣を持ってました?」
「うん? ……あー確かに、男の人は杖みたいな銃持ってたねえ。女性は剣を鞘に納めてた」
「男の人はちょっと大人しそうで?」
「そうそう、そんな感じね。女性は逆に勝ち気な性格してそうだったねえ。尻に敷かれてそうだったなあ」
メールの頭で、パズルのピースがトントン拍子にハマっていった。
「本当に、少し前に、ここにいたんですか……?」
「うん」
「もしかして、どこに行くか、言ってませんでした?」
「えーと、ナンナ、だったかなあ。約束をしてあるとか何とか言ってた気が……」
「あ、ありがとうございます!」
メールはおじさんにお辞儀をしてから、長い髪を揺らしながら名無しのもとへ戻った。
「名無しさん!」
「なんだ」
「見つけました! とうとう見つけたんですよ! お父さんとお母さんの手がかり!」
聞いたことをそっくりそのまま説明するメール。
「それで、ハルモニアからナンナって村に行ったって——」
「それは確かな情報か? 信頼できる人間からの情報か?」
慎重な物言いをする名無し。眉間には少し皺が寄っている。
「信じられるかどうかは分かりませんけど、まったくないよりはマシです! 行きましょう!」
「待て。お前の親が本当にナンナに行ったとしてもだ。その情報はどれくらい前のものだ。今もそこにいる保証はないだろう」
「たとえナンナにいなかったとしても、そこに行けば新しい手がかりが掴めるかもしれないでしょう? ね、行きましょう!」
「………………」
名無しが黙って考え込んでいる。メールはありったけの思いを込めてさらに、詰め寄る。
「お願いです! このチャンス、無駄にしたくはないです」
「………………」
それからさらに十数秒の長い沈黙の後、
「…………わかった」
名無しから、渋々と言った感じではあったが、肯定の返事が返ってきた。
(やったああ!)
メールは心の中で雄叫びを挙げ、小さくガッツポーズをした。
そんな彼女に後ろから、二つの影が近づいてくる。
「よお」
「アルバ君! アイリちゃん!」
「また会いましたね。メールさん」
二人を認識すると、メールはポーズを直し、正面から向き合った。
「もう、行くのか」
「うん。……行く」
親の手がかりが見つかったから、とは言えない。目の前の少年はもう親を失っているのだから。
「……会えたらいいな」
「え?」
「いや、だからさ。親に会いに行くんだろ?」
たった今手がかりが見つかったなんてこと、彼が知るわけもない。でもなぜだろう。今の彼の瞳は、何もかも見通している気がした。
「……うん、会いに行くよ」
「会ったらさ、思いっきり愚痴言って、たくさん体叩いて、さんざん泣いて、それで抱きしめて、大好きだって言うんだぞ。おれの分まで」
そばにいたアイリが優しく微笑む。メールは表情こそ変えなかったが、驚いた。
霊媒師に騙されて生気がなくなるほど落ち込んでいたアルバが、親の死を認められなかったアルバが、親の死を受け入れ、メールを励まそうとしていた。
別にアルバの親でもないのに、姉弟でもないのに、彼の変化に思わず胸が詰まって、やっとのことで声を出した。
「……年下のくせにー」
「なっ……! こういうことに年上年下関係あるかよ!」
「そもそもどうして私がアルバ君の分までそういうことしないといけないの? 別に姉弟でもないのにー」
「……人がせっかく応援しているっていうのによー。そんな反応されたらなんか恥ずかしくなってくるじゃねーかよお」
「アルバ君」
「なんだよ。余計な口出しして悪かったよ。忘れてくれ」
「ありがと」
「! ……ん。元気でな」
(きっと、もう大丈夫だね)
メールはそう信じた。アルバにはアイリがいる。おじいちゃんもいる。友達もいる。気にかけてくれる大人の人もたくさんいるきっと周りの人たちが支えてくれる。だからきっと大丈夫だとメールは思った。
行くぞアイリ、そう声をかけてアルバは歩き始めた。アイリは手を振りながら慌ただしくアルバの後を追いかけていく。
人ごみに紛れて彼らの姿が見えなくなってからも、メールはずっと目をそらさなかった。
「……名無しさん。アルバくんに何か言いましたか?」
「さあな」
「『さあな』ですか。……ふーん」
名無しは何も語らない。きっと何かをしたんだ。
さも興味がなさそうな言い方をして。どうでもいいような素振りをして。
メールの目の前にいる、とても頼れる大きな背中。まるで兄のようで、父のようで、彼と一緒にいられることが嬉しくて嬉しくて、
「えいっ」
名無しの体に軽く体当たりして、そのまま彼を通り越し、前を進む。風が優しく巻き上げる花びらを眺めながら。




