機械と罪
「じーちゃん、今日も来たぜ!」
自分の家に入るときとは打って変わって、元気よく家に入ったアルバ。
「お、お邪魔します……」
「…………」
あとからメール、そして名無しと続く。
「おお、来たのかアルバ」
廊下の奥の部屋から、男性の老人の声が聞こえてきた。
「じっちゃん。また地下のアレ、使わせてもらうよ?」
「くれぐれも壊さんようにな。貴重なものだからな」
「へーい」
ドア一つ隔てたやりとりを終えたあと、アルバは玄関のすぐそばにある扉を開いた。その先は階段があり、薄暗い地下へと続いていた。
「ついて来なよ。足下と頭、気をつけろよ?」
そう言ってアルバは扉の奥に消えていった。メールは家の奥にいるアルバのおじいさんに一応お辞儀の動作をして、彼に続いた。後ろからは名無しの足音が聞こえ、ついてきているのが分かった。
名無しには、仕事があるんですから届けにいってもいいですよ、と一応言いはしたのだが、
「お前を一人にしたらロウェナのときみたいになる。それにあいつ、何をしでかすか分からん」
ということで、名無しもついてくることにしたらしい。
地下の扉を抜けた先では、アルバが待っていた。彼の上にはいくつものカラフルな丸いものが浮遊し、行き場もないまま天井にぴったりと張り付いている。
「これ何?」
「風船だよ」
「これが風船!? だって拾ったやつと形が全然違うよ? あ、でも空の向こうに浮いていたのはこんな形だったかも……」
メールは混乱する。アルバが意地悪そうに笑う。
「それはだな……。これだ!」
彼は自分の足下にある、銀色の物体を指し示した。
腕でなんとか抱えそうなくらいの大きさ。不格好に筒やひものようなものが露出し、たくさん伸びている。それは、少し前のメールなら、これが何なのか、名前すらもさっぱり分からなかったに違いない。
しかし彼女はつい最近、これに似たものを見ていた。
「これ……もしかして、機械?」
「ん? 機械知ってんのか? なんだ、じゃあ別に説明する必要ないじゃん」
「でも私こんな大きいの、見るの初めてだし」
「ふーん、そうなのか」
「これであの空を飛ぶやつができるの?」
「おう、できるぞ」
見てろ、と言いながらアルバは機械の側面についていた出っ張りを押し込んだ。
直後、機械が大きな唸り声を上げて震えだした。
「わっ!」
「へっへ、驚くのはまだ早いぜ」
そう言いながら、アルバはいつの間にか手に持っていたものをメールに見せつけた。それは赤く、ちょうどハルモニア外の花畑で拾った風船にサイズも似ていた。
アルバはそれを機械の塊から伸びている管に差し込んだ。
すると、小さな風船は瞬く間に膨らみ、ちょうど部屋の天井に浮いている風船と同じくらいの大きさになった。
「うわー! すごーい!」
「おお、やっとるな」
メールが目の前で風船ができたことに興奮していると、後ろから年老いた男性が入ってきた。身につけているオーバーオールはところどころ油や土で汚れ、白髪も髭も肌も汚れ、人によっては近寄りがたい雰囲気かもしれない。しかし、孫のアルバをまっすぐ見つめる彼の瞳は優しく、一点の曇りもない。
「じーちゃん! 作業はもういいの?」
「ああ、一段落ついたよ。……おや、このお嬢ちゃんは? それと……この人は?」
アルバの祖父はメールと、それまで話の蚊帳の外にいた名無しに視線を向けた。
「この人は、手紙屋だよ。それと付き添いの子。メールっていうんだけど——」
アルバにとっては、ただの紹介のつもりだっただろう。しかし、
「手紙屋っ……!」
次の瞬間、老人の目の色が変わった。警戒の色だ。
「アルバ……、お前、よりによってなんて人間を連れてきたんじゃ!」
「え? 何? なんかあった?」
まったく状況が飲み込めないアルバに対して、爺は諦めたように呟いた。
「お前が手紙屋に手紙を預けることはあるとしても、まさかここに連れてくるとは思わず、油断していたな……。機械はな、所持することを禁止されているのだよ。国からな」
「え?」「えっ!?」
アルバが、そしてメールも驚きの声を上げた。
「じゃ、じゃあじーちゃんは……」
「機械を無断で所持していた犯罪者ということになるな。王国の遣いである手紙屋に見られては言い逃れできんて」
「そんな……!」
自分のしでかしたことに呆然とするアルバ。それを慰めながらも肩を落とすアルバの祖父。
しかしメールは、
(でも……名無しさんの『アレ』は)
真っ先に思い浮かべたのは、エルレ・ガーデンで名無しが見せてくれた、手のひらサイズの機械だった。名無し自身が、それを『機械』と明言していた。
(じゃあ、名無しさんも……犯罪者?)
しかも、手紙屋である分、アルバのおじいさんよりもタチが悪いことになってしまう。なにしろ、王国から派遣されているにもかかわらず、王国に背いていることになるのだから。
「……名無し、さん?」
メールはおそるおそる名無しの様子を確認するが、
「…………」
名無しは無言で踵を返し、出口の階段へを向かう。
「メール、ついてこい」
「え?」
「仕事だ。俺は手紙屋だ。まだハルモニアで一通も配ってない」
「(……いいんですか?)」
「…………」
名無しはメールの問いに答えず、家を出て行ってしまった。
「じーちゃん……、ごめん」
「いいんだよ。起きてしまったことは仕方ない……王国に報告されるかの」
「いえ、大丈夫だと思います」
メールははっきりと言い切った。
「名無しさんは何も言いませんでした。だからきっと誰にも言いませんよ」
「なぜ、そう言いきれる?」
老人が疑り深く訊いてきた。
「なんとなくです。でも絶対言わないですよ! だから安心してください」
ポカンとしているアルバと爺を残して、メールは急いで名無しの後を追いかけた。
* * *
メールが家の外に出ると、名無しは家の数歩前で待ってくれていた。
「…………」
その顔をじっと見つめた。
「……なんだ」
「……いーえ、なんでもないです」
「そうか。行くぞ」
「はーい」
仕事に向かう名無しの背中を、メールはぼんやりと眺める。
なんでもない訳ではない。でも、いつものことだとメールは諦めていた。
名無しは何かを隠している。所持を禁止されている機械をもっていること。隠し事は一つだけじゃない。シルメリアでも、エルレ・ガーデンでも、名無しはメールの知らない何かを知っているそぶりを見せていた。
でも何度訊いても名無しは答えない。無視したり、はぐらかしたりする。
メールは何もできない。名無しに両親の元へ届けてもらっている最中だから。
エルレ・ガーデンで姉のフーリエより名無しを選んだことを、メールは今も後悔していない。名無しはメールを守ってくれている。頼りになる人だと感じる。しかし、
(いつか、全部答えてくれますか? そんな日が来るって信じてもいいですか?)
頭にふっと浮かんだ質問は、口から出ることはなかった。




