花の都 ハルモニアへ
道中。メールたちを乗せた馬車は、次の町へあともう少しというところで急に停止した。
「え、どうしたんですか? 何かあったんですか」
メールは振動の止まった馬車の中で、困惑の声を上げ、
「…………」
名無しは無言で懐の銃を構える。
「いやいや手紙屋さん。大丈夫だ。魔物がいたわけじゃない。むしろ魔物なんてここらには一匹もいないよ」
外を見てごらん。馬車の人の言葉に従ってメールは馬車から顔を出した。そして目を見開く。
「すごい……。綺麗……」
メールは息をのんだ。進行方向の先には次の街が見える。そしてその周囲をぐるっと囲むように百花繚乱の花々が咲き乱れていた。
「ハルモニアに来る手紙屋さんや旅人さんにはぜひこの風景を堪能してほしくてね。さっきも言ったとおり、このあたりには魔物は絶対に出ない。このまま馬車で街へ行くのもよし、ここからは歩いてこの風景を味わうのもよしなんだが、どうする?」
「歩きます。歩きましょう、ね、名無しさん?」
メールが即答した。名無しは相変わらず無愛想だったが、黙って手元の手紙鞄を肩に掛けた。
「『花の都』ハルモニア。楽しんで行ってな」
馬車主はメールたちを降ろすと一足先に街へと向かっていった。
(ホントはただ楽しむだけじゃいけないんだけど……)
メールは両親のことを思い、少し胸がチクリと痛んだ。
* * *
赤、青、黄色、緑。色とりどりの花が視界いっぱいに広がっていた。
両側から花畑で挟まれた道を歩くメールと名無し。ちぎれた花弁が風に乗ってメールの髪をくすぐりながら飛んでいく。
風に操られ、花びらが描く不規則な軌道に目を奪われていたメールは、同じく風に乗って宙を舞う、一つのおかしなものを見つけた。
「名無しさん、『アレ』、なんでしょうか?」
メールは手招きしてから、『アレ』を指さす。
花びらは風の流れに従って縦横無尽にふわりふわりと舞っているのに対して、目に付いた物体は風に乗りながらも、ひたすら上昇しているような気がした。
「…………」
「気になりませんか?」
「別に」
「えー、でもあんなの周りにないですよ。私見たこともないですし」
「そんなに気になるなら……」
名無しが銃を構えて狙いを定める。メールは顔を歪め、とっさに両耳を塞ぐ。
直後、耳をつんざく銃声が辺りに響き渡った。
「い、いきなり銃を撃たないでください!」
メールの抗議を、名無しはしれっとした表情で聞き流し、
「落ちたぞ」
「え?」
空を見ると、確かにさっきまであった物体の姿はなかった。メールは目の前に広がる花園を一望する。本来ならこんな見事な光景に対して、感嘆の声を一つくらい漏らしたくもなるが、
「まさか、こんな色とりどりの花畑の中から『アレ』捜さないと行けないんですか……」
「お前が欲しがったから、やっただけだ。それとも何か? あの高い位置にあった『アレ』を、お前はジャンプで取れるのか?」
「にしたって、もうちょっとやり方があるでしょうに……」
ブツブツと文句を垂れ流しながら、メールは花畑に落ちた『アレ』を捜しはじめた。なんだかんだ言っても、気になるものは気になるのだ。
花や草の色に紛れて、非常に捜しにくかったが、メールはなんとか割れて落ちたものを見つけることができた。
「これは、なんでしょう?」
まず手でいじってみる。すると、『アレ』はグニグニと伸び縮みした。
「それに、手紙?」
先ほど手でいじったものに、糸で手紙がくくりつけられていたのだ。
「宛先も書いて——」
「こらーっ!!」
宛名を確認しようとしたメールの背後から大声が轟いた。メールの肩がびくりと震える。名無しの声ではない。もっと幼い少年の声だった。
「お前たちか、せっかくの風船を台無しにしたのは! 貴重なんだからなコレ!」
怒った声の主は少年だった。見た感じ、年は十歳ほどで、十三歳のメールよりは少し下だと感じた。シワだらけのシャツとズボンを身に纏っていて、少しばかりだらしなく感じた。
「フーセン?」
メールは手元の伸び縮みするものをもう一度見た。
「フーセンって、『コレ』のことですか?」
「……なんだお前、風船も知らないのか?」
「名無しさん、知ってますか?」
「…………」
俺に訊くな、とばかりに思いっきり眉間にしわを寄せて、そっぽを向く。
「あの、すみません。私たち『コレ』みるの初めてで。フーセンのこと教えてもらってもいいですか?」
しかし、少年はメールの言葉をまったく聞いていなかった。
少年の目は、名無しに釘付けになっていた。正確には、名無しが肩から下げている、手紙屋のマークが付いた鞄に。
「お前……、手紙屋なのか?」
「……だったらなんだ」
「お、おれの名前はアルバ。アルバ・トゥオーノっていうんだ」
突然の自己紹介。メールは面食らいながらも、自分たちの自己紹介を返した。
「頼みがあるんだ。この手紙を届けてほしい!」
アルバはメールが持っていた、風船に括り付けられた手紙を指差した。
「誰にだ」
名無しの簡潔な質問。少年アルバは、ほんの少しだけ返答をためらい、そして意を決したように告げた。
「……俺の母さんに。届けるのは、天国にいる、死んだ母さんにだよ!」




