姉と妹
「お姉ちゃん、もうすぐ晩ご飯の時間だよ。お料理、楽しみだね」
「…………」
「えと、今日ね、もうすぐ赤ちゃんが生まれる人たちに会ったんだよ。すごく幸せそうだった」
「…………」
「うう……お姉ちゃん、返事してよう!」
夜。ロウェナの高い建物も、空に浮かぶ月の高さには敵わない。
夕方にメールたちが宿屋に帰ってきたときから、フーリエは部屋の机に顔を突っ伏していじけていた。メールの言葉など気にも留めない。
たまりかねてメールはハイネに助け舟を要求する。
「ハイネさん、助けてくださいー」
「……つかすごい状況だな、妹が姉を宥めてるって。精神年齢はメールの方が上か?」
呆れていたハイネの顔面にフーリエのカバンが飛んできた。鼻を押さえながらハイネはため息をつく。
「つーか、お前ら。姉妹なのに全然似てないのな」
「そらそうよ。どうせあたしたちは本当の姉妹じゃないんだものー」
フーリエの爆弾発言に、ハイネは目を見開いた。大してメールはむっとした表情を向ける。
「お姉ちゃん。そういう言い方は嫌だって、いつも言ってたでしょ」
「へーい。ごめんなさーい」
「もう……」
そろってため息をついていたメールとフーリエに、ハイネは割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待て。だってフー姉の名字ってメールと同じじゃ——」
「エアハルトよ。フーリエ・エアハルト」
「私はイアハート。メール・イアハート。似てるけど、ちょっと違います」
何も言えずに口をパクパクさせていたハイネに、フーリエは机に突っ伏したまま語り続ける。
「あたしはね、ハイネ。拾われたのよ。あんたが尊敬している、メールの両親にね。んで故郷からリリアーヌに連れてこられた」
「じゃあ、メールだけが本当の……?」
ハイネの言葉にメールは頷く。
「うん。私は正真正銘、アランヤ・イアハートとシゼル・イアハートの娘だよ」
「どう、ハイネ? あたしが、かの有名なアランとシゼルの実の子じゃなくて、落胆した?」
ハイネは眉間に皺を寄せてフーリエに一歩近づき、仁王立ちで腕を組む。
「俺も見くびられたもんだな。確かにびっくりしたけどよ。生まれがどうとか、そんなの関係ないだろ。フー姉はアランさんとシゼルさんに育てられて、立派な手紙屋になっているじゃないか。大切なのは今だ。真実を知ったからって、俺はフー姉を軽蔑なんてしねーよ」
「……メールと同じこと言ってる」
フーリエはふふっと笑った。メールとハイネは顔を見合わせて笑い合った。
「あたしはそんなメールに、心から救われていたわ。あのときから今まで、ずっと。覚えてる? あたしとメールが初めて会ったときのこと」
「ああー……」
メールはどこか遠い目をして、曖昧な返事をした。
「十年くらい前のことよ。リリアーヌの家に連れてこられて、メールと顔合わせをした。『メール。この子が今日からあなたのお姉ちゃんよ』って紹介されて。そのときメール、どうしたと思う? ハイネ」
「いや……。喜びでもしたのか?」
「ブッブー、はずれ。その逆。メールは泣き出したのよ、突然」
「は?」
ハイネは横にいたメールの顔を見た。メールは居心地が悪そうにもじもじしている。
「なんで?」
「お、覚えてないですよー。たしか私、そのとき三歳だったんですから」
「まー理由はなんとなく分かるけど。そんくらいの小さな子に、いきなり、『新しい姉だ』なんて言われたらパニックになって泣いちゃうかもね」
フーリエはまたため息をつく。机から顔を上げて、メールたちと向き合った。
「でもおかしいと思わない? なんであんたが泣くのよと。泣きたいのはあたしのほうなのに。いきなりわけ分からん人たちに拾われて、故郷を離れて、わけ分からん場所に連れてこられて。終いにゃ、わけ分からん年下の子と姉妹になるなんて言われて。三歳のメールほどじゃないにせよ、こっちだってそれなりにパニック状態だったわよ。そんなときに目の前の女の子に泣かれちゃ、こっちだってもう我慢できないわよ。二人して大泣き。アランとシゼルがオロオロするのもお構いなし。二人で昼から晩まで抱き合って泣き続けたわ」
「でもそのおかげで、一気に仲良くなったよね。お姉ちゃんが私にピッタリくっついて。ずっと二人一緒に動いてたお姉ちゃん、九歳だったのに」
「し、仕方ないでしょー。知らない場所。知らない人たち。その中で、一晩泣き明かしたメールだけが、唯一信じられたんだから」
メールとフーリエが会話する中、それを聞いていたハイネがぼそっと一言。
「そのときから、メールのほうが精神的に大人だったのか」
「うっさいなあ!」
フーリエは椅子にかけていた自分のコートを丸めて、ハイネに投げつけた。
似た攻撃を二度も受けて怒るハイネと、それをあざ笑うフーリエ。そんなやりとりをみて微笑むメール。
いつの間にか、フーリエの機嫌は直っていた。




