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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第4話 ロウェナ編
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姉と妹

「お姉ちゃん、もうすぐ晩ご飯の時間だよ。お料理、楽しみだね」

「…………」

「えと、今日ね、もうすぐ赤ちゃんが生まれる人たちに会ったんだよ。すごく幸せそうだった」

「…………」

「うう……お姉ちゃん、返事してよう!」

 夜。ロウェナの高い建物も、空に浮かぶ月の高さには敵わない。

 夕方にメールたちが宿屋に帰ってきたときから、フーリエは部屋の机に顔を突っ伏していじけていた。メールの言葉など気にも留めない。

 たまりかねてメールはハイネに助け舟を要求する。

「ハイネさん、助けてくださいー」

「……つかすごい状況だな、妹が姉を宥めてるって。精神年齢はメールの方が上か?」

 呆れていたハイネの顔面にフーリエのカバンが飛んできた。鼻を押さえながらハイネはため息をつく。

「つーか、お前ら。姉妹なのに全然似てないのな」

「そらそうよ。どうせあたしたちは本当の姉妹じゃないんだものー」

 フーリエの爆弾発言に、ハイネは目を見開いた。大してメールはむっとした表情を向ける。

「お姉ちゃん。そういう言い方は嫌だって、いつも言ってたでしょ」

「へーい。ごめんなさーい」

「もう……」

 そろってため息をついていたメールとフーリエに、ハイネは割り込んできた。

「ちょ、ちょっと待て。だってフー姉の名字ってメールと同じじゃ——」

「エアハルトよ。フーリエ・エアハルト」

「私はイアハート。メール・イアハート。似てるけど、ちょっと違います」

 何も言えずに口をパクパクさせていたハイネに、フーリエは机に突っ伏したまま語り続ける。

「あたしはね、ハイネ。拾われたのよ。あんたが尊敬している、メールの両親にね。んで故郷からリリアーヌに連れてこられた」

「じゃあ、メールだけが本当の……?」

 ハイネの言葉にメールは頷く。

「うん。私は正真正銘、アランヤ・イアハートとシゼル・イアハートの娘だよ」

「どう、ハイネ? あたしが、かの有名なアランとシゼルの実の子じゃなくて、落胆した?」

 ハイネは眉間に皺を寄せてフーリエに一歩近づき、仁王立ちで腕を組む。

「俺も見くびられたもんだな。確かにびっくりしたけどよ。生まれがどうとか、そんなの関係ないだろ。フー姉はアランさんとシゼルさんに育てられて、立派な手紙屋になっているじゃないか。大切なのは今だ。真実を知ったからって、俺はフー姉を軽蔑なんてしねーよ」

「……メールと同じこと言ってる」

 フーリエはふふっと笑った。メールとハイネは顔を見合わせて笑い合った。

「あたしはそんなメールに、心から救われていたわ。あのときから今まで、ずっと。覚えてる? あたしとメールが初めて会ったときのこと」

「ああー……」

 メールはどこか遠い目をして、曖昧な返事をした。

「十年くらい前のことよ。リリアーヌの家に連れてこられて、メールと顔合わせをした。『メール。この子が今日からあなたのお姉ちゃんよ』って紹介されて。そのときメール、どうしたと思う? ハイネ」

「いや……。喜びでもしたのか?」

「ブッブー、はずれ。その逆。メールは泣き出したのよ、突然」

「は?」

 ハイネは横にいたメールの顔を見た。メールは居心地が悪そうにもじもじしている。

「なんで?」

「お、覚えてないですよー。たしか私、そのとき三歳だったんですから」

「まー理由はなんとなく分かるけど。そんくらいの小さな子に、いきなり、『新しい姉だ』なんて言われたらパニックになって泣いちゃうかもね」

 フーリエはまたため息をつく。机から顔を上げて、メールたちと向き合った。

「でもおかしいと思わない? なんであんたが泣くのよと。泣きたいのはあたしのほうなのに。いきなりわけ分からん人たちに拾われて、故郷を離れて、わけ分からん場所に連れてこられて。終いにゃ、わけ分からん年下の子と姉妹になるなんて言われて。三歳のメールほどじゃないにせよ、こっちだってそれなりにパニック状態だったわよ。そんなときに目の前の女の子に泣かれちゃ、こっちだってもう我慢できないわよ。二人して大泣き。アランとシゼルがオロオロするのもお構いなし。二人で昼から晩まで抱き合って泣き続けたわ」

「でもそのおかげで、一気に仲良くなったよね。お姉ちゃんが私にピッタリくっついて。ずっと二人一緒に動いてたお姉ちゃん、九歳だったのに」

「し、仕方ないでしょー。知らない場所。知らない人たち。その中で、一晩泣き明かしたメールだけが、唯一信じられたんだから」

 メールとフーリエが会話する中、それを聞いていたハイネがぼそっと一言。

「そのときから、メールのほうが精神的に大人だったのか」

「うっさいなあ!」

 フーリエは椅子にかけていた自分のコートを丸めて、ハイネに投げつけた。

 似た攻撃を二度も受けて怒るハイネと、それをあざ笑うフーリエ。そんなやりとりをみて微笑むメール。

 いつの間にか、フーリエの機嫌は直っていた。

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