ガキだろうと手紙屋
裏道は先ほどまでの活気が嘘のように静かで、薄暗かった。
メールは男性と一緒に眼鏡を探しながら裏道を進んでいった。しかし、どこにも見当たらない。
「見つかりませんね、眼鏡」
「いや、もう問題ないよ。目的のものは手には入ったから」
メールは顔を上げた。男性は後ろで手を組み、微笑を浮かべながら彼女を見下ろしていた。
「え、それはどういう——きゃあ!」
背後に立っていた男に両脇を抱えられ、身動きがとれない状態にされる。気づいたらメールは複数の男に囲まれていた。
「おじさん……何をするんですか!」
「いや、本当に助かったよ。こちらから言うまでもなく手伝ってくれたからね。優しい子だ」
その声色はさっきまでメールが耳にしていた穏やかなものではなく、心の底まで冷え切ったものだった。メールの背筋に悪寒が走る。
「見たところ十代前半だな。しかも女の子だ、これは高く売れるぞ」
売れる。その言葉にぞっとしたメールは拘束をふりほどこうともがいたが、大人の力にはかなわない。逆に男たちの一人に腹を殴られて悶絶してしまう。
「おいおい、傷つけるなよ、大切な『商品』だ」
周りが下卑た笑い声をあげる。メールは自分の無力感に打ちのめされ、すすり泣くことしかできなかった。
「……ったく、人目につかないところで誘拐と人身売買か。大したもんだな」
声とともにメールを拘束していた男が何かの衝撃で吹き飛ばされた。
「久しぶりだなメール。待ってろ、すぐ助けてやるから」
「ハイネさん!」
名前を呼ばれた少年は親指を立てて、メールをかばうように前に出た。
「やべえよこいつ、手紙屋だ!」
ハイネのバッグに刻まれた手紙屋のマークを見た男がわめいた。とたんに周囲がざわつき始める。
「ひるむな! 手紙屋だろうとガキであることに変わりはねえ。複数人でやっちまえ」
リーダー格がそう指示すると、周りの男が言われたとおり一斉にハイネに襲いかかる。
「じゃあ俺からもお前たちに言っとくな」
ハイネは武器であるブーメランを手に持ち、戦闘態勢をとる。
「ガキだろうと、手紙屋なんだよ」
彼より体格の大きい男を複数相手にしているにも関わらず、ハイネは瞬く間に一同を圧倒していった。
「くっ……こいつだけでも!」
メールを誘い出した男が彼女の手をつかみ、強引に連れ去ろうとする。
直後、聞き慣れた銃声が響き、男の手にオレンジの光の筋が走った。
男はぎゃっと悲鳴をあげ、手を抑えながら後ずさりする。
「はい失礼ー」
そして背後から頭を思いっきり殴られて、男は地面に沈んだ。
暗がりのせいで目の前に現れた二人の顔が一瞬はっきりと見えなかったが、どこか懐かしい感覚がメールの心をよぎった。
(お父さん? ……お母さん?)
「残りもさっさと片づけるぞ」名無しが言う。
「言われずともそのつもりよ!」フーリエが答えた。
浮き足だった残党はいつかの魔物の群れに遠く及ばず、一分もたたないうちに全滅した。
* * *
「な、名無しさん……。お姉ちゃあん」
ふらついた足取りで二人に手を伸ばす。そんなメールを受け止めたのはフーリエだった。優しく手つきで頭を撫でる。
「よしよし、怖かったでしょう。もう大丈夫だから」
奥ではハイネが倒された賊を拘束していた。
「それにしても——」
フーリエはそっとメールから離れて、振り返りざまに名無しの顔面めがけて正拳突きを放った。名無しは間一髪のところで首をひねり、それをかわす。
「何やってんのよあんた! メールをこんな危険な目にあわせて! もし万が一のことがあったらどうするつもりだったのよ!」
メールは慌てて、再び殴りかかろうとするフーリエの腕をつかみ、それを制す。
「違うの。私が悪かったの。名無しさんの忠告を聞かずに町に出ちゃったから。町の外じゃないから大丈夫だと思って、それで……」
「う……」
そう言われてしまってはさすがにフーリエとしても手が出しにくいようだ。中途半端な位置で止まり、行き場がなくなった拳は、ごく弱い力で名無しの胸にぶつけられた。
名無しはそっとメールの頭の上に手を置いた。手袋のざらついた感触が伝わってくる。
「アールザード王国は町が違うと治安もがらりと変わるんだよ。問題ないくらい治安がいい町もあれば、屋外に出ることすら危険なところもある」
犯人の拘束を終えたハイネが、こちらに来ながら名無しの言葉を継ぐ。
「特にロウェナは王国の中で唯一海外とつながっている港町だからな。さっきみたいに人を海外に売りさばこうって連中がたまにいるんだよ。どの町もリリアーヌみたいに安全なところじゃないんだ。」
知らなかった。リリアーヌでは人を盗もうなんて人がいるわけがなかった。その後のエルレ・ガーデンやシルメリアでも……。メールはしゅんと俯く。
「ごめんなさい……」
「まあ、メールは今までリリアーヌみたいに安全な町しか知らなかったんだろ? 無理もないって。無事だったんだし、次からは気を付けようってことで」
ハイネが励ますように背中を叩いてくれた。
「とりあえず宿に行きましょう。あんた、部屋取ってるんでしょう?」
フーリエのその提案に逆らう人はいなかった。




