The 3rd Day
「こりゃただの風邪ですよ、心配しなくても薬を飲めばすぐに治ります」
医者が診察をした後、こともなげに言った。意識を失ってぐったりとしていたメールを抱えて名無しがたどり着いたのは、シルメリアで一番大きい病院だった。
「しかしこの子の服装、かなり薄着ですね。外の町から来たようですが、さしつかえなければどこから?」
リリアーヌ、と答えると医者は納得したように首肯した。
「なるほどね、あの熱帯地域ならこの薄着も納得ですね。しかしいくらコートを着ているとはいえ、熱帯地方から離れたシルメリアへこんな服装で来るのは無謀ですよ。そりゃ風邪の一つや二つ引いてもしかたない」
しかもメールは同じく寒冷なエルレ・ガーデンでもずっとこの服装だった。途中からコートを着ていたとはいえ、メールがこうなるのは時間の問題だったのかもしれない。
(ここにフーリエがいなくてよかったな)
名無しは心の底からそう思った。もしもフーリエがついてきてたら間違いなく殺されている。
「とりあえず病室を確保して、入院の手配をしましょう。すぐにご案内します」
「ただの風邪なのに入院するのか?」
「ええ、このシルメリアの決まりでしてね。街の外から来た、いわゆる外来者は、たとえどんなに軽い症状でも必ず入院させるんですよ。万が一、シルメリアにない病原菌が原因だったら大変ですからね」
まあ心配しなくても明日には退院できますよ、医者はメールよりもむしろ名無しを励ますように告げた。
* * *
病院は五階建てで、一階が診察室や待合室、上の階が手術室や入院室となっている。
メールが割り当てられた病室は三階だったが、当然メールは歩けない状態なので、名無しがお姫様抱っこで運んでいく形となった。コートの袖や手袋の上からでも、彼女の異常な熱の高さが伝わってくる。それが気付いてやれなかった罪悪感をさらに強くした。
メールを落とさないようにしっかりと抱きかかえながら病室のドアを開けると、そこには患者用のベッドが二つ設置されていた。そして、片方のベッドには既に一人横たわっていた。人が入ってきたことにびっくりして体を起こした。
メールよりは大きい、十代後半くらいの女の子だった。
名無しは彼女に目であいさつをして――、しかし彼女には睨みつけられているようにしか見えなかったらしく体を縮めていた――、メールをベッドの上に寝かせた。
「……ありがとうございます、名無しさん」
「なんだ、起きてたのか」
いつもの元気はどこへやら、メールは消え入りそうな声でお礼を告げた。
「おとなしくしてろ、明日になったら退院できる」
メールのことも気にはなるが、手紙屋の仕事を怠るわけにはいかない。もう病院を出て行かなければならなかった。
荒い息を吐いているメールにくるりと背を向け、病室を後に、
「…………」
しようとしたのだが、できなかった。メールがコートの裾を引っ張っていたのだ。今の彼女は腕を自由に動かすことでさえもままならないだろうに。
メールはまるで子犬のような目で名無しを見つめていた。そして名無しと目があったことがわかると、ふるふると首を振る。
――行かないでください。そばにいてください。
そんな言葉が聞こえてきた気がして名無しは頭を掻いた。
全く知らない街で風邪を引いて一人ぼっち。きっと肉体的にも精神的にも辛いのだろう。
しかし、名無しには手紙屋としての言い分もあった。シルメリアはとても広い。できることなら少しでも手紙を配達しておきたかった。
名無しは表情を一切変えることなく数秒間、その場で固まり考えた。そして答えを出す。
コートを握りしめていたメールの手をそっと右手で取り、患者用ベッドの脇にある小さな椅子に腰かける。
「さっさと寝ろ、お前が寝るまではこうしておいてやる」
メールはぎこちなく微笑み、名無しの右手をしっかりと握りしめた。その口が小さく「ありがとうございます」と動いた。
* * *
何十分、何時間も同じ体制のままでいると、どうしても睡魔は襲ってくる。メールはとっくに夢の中だった。
(そういや、まともに寝るのはいつ以来だったかな)
エルレ・ガーデンでのメールの肩枕は、まともに寝たことになるのか考えながら、名無しの意識も落ちていった。




