水の都 シルメリア
体が熱く、どうしようもないくらい重かった。
メールは名無しについて行き、つい先ほど新しい街に入ったところだった。
『水の都』シルメリア。都の二つ名の通り、アールザード王国では王都に次いで大きい街の一つらしい。街全体を蜘蛛の巣のように水路が巡っており、その恵みのおかげでここまで発展することができたという。周囲からそんな話が聞こえてきた。
しかしメールはそれ以上の話など、ただの雑音にしか聞こえなかった。体の節々が痛み、足が重い。気を抜くとあっという間に倒れてしまいそうだった。
だからといって、メールは決して前を歩く名無しには言おうとせず、我慢していた。ふらついた体で気づかれないように、必死に普通に振舞おうとしている。自分のわがままでリリアーヌから連れ出してもらって、ずっと世話をしてもらっている彼に迷惑をかけたくないという思いが強かった。
そこそこ人通りの多い道で名無しを見失わないようについて行く。視界がぐにゃりと歪み、自分が正しく歩けているのかさえもわからない。頭は熱くてぽーっとしているのに、体の震えは止まらない。
「おいメール、どうかしたか?」
雑音が辺りを埋め尽くす中でその声ははっきりと届いた。気づいたら目と鼻の先に名無しの顔があった。
(名無しさん……)
身を屈めてこちらを覗き込んでいる名無しは、エルレ・ガーデンでサンタクロースからもらったコートを身にまとっていた。さんざん着ることを拒否していたが、なんだかんだ言って、最終的には着るようにしたのだ。
ずっと一緒にいたのに、随分と久しぶりに見たような気がして、心がほっとする。今まで張りつめていた緊張の糸が切れて、
そこで体の限界がきた。受け身もできずに石畳へ倒れこんだ。
ほんの少しの間、地面にべったりと貼りつき、道路のざらざらした感触を顔全体で感じていたが、すぐに離された。名無しが抱きかかえるように抱き上げてくれたのだ。
名無しの手がメールの額にそっと触れた。ひんやりしていて気持ちいい。
彼は何か語りかけているが、メールの耳には入ってこない。しかし、心配そうな表情から、何を言っているのかはなんとなく想像できる。
(心配、してくれるんだ)
フーリエは言っていた。名無しは無愛想な奴だと。何考えてるかわからない、どこまでも得体のしれない男だと。
(そんなことないよ、お姉ちゃん)
確かに普通の人と比べるとわかりにくいところもあるかもしれない。でも優しくしてくれるし、慰めてくれるし、今みたいに心配もしてくれる。
なんかこのあったかい感じ。メールは意識を失う直前に遠い昔の感情を思い出す。
(お父さんと一緒にいるみたい——)




